妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました

コトミ

文字の大きさ
上 下
6 / 17

第5話

しおりを挟む
 馬車に乗り込んだソフィアは驚きと、悲しみと、怒りと様々な感情で心臓が高鳴っていた。呼吸が乱れて、足の裏と、頬が痛む。そして目の前に座る青年はソフィアの顔を覗き込み、優しく微笑み、細く白い手を取った。

「僕は君の味方だよ」
「貴方はどなたなのですか。私は貴方様を存じ上げません」

 疲弊しきった黒い瞳にうつる青年は穏やかだった。

「自己紹介をしようか。僕はウィル・ケイルトン」
「ケイルトン様ですか。わたくしは、ソフィア・ハンプソンと申します。先ほどはありがとうございました」
「これは僕が勝手にやったことだから。気にしないで。それに謝るのは僕の方だ。かってに馬車に連れ込んでしまった。何の罪もないような、大人しそうな君が多勢に無勢に罵られているところを見て癪に障った」

 自らのために行動を起こしてくれる人間がソフィアの周りには今までいなかった。両親も完全にミアの味方になり、婚約者もとられて、場を支配された自分に味方なんていないとソフィアは感じていた。だからこそ驚きだった。まさか助けてくれる人間がいるとは。

「男が女に手を上げるなんてありえないな。痛いだろ」
「心配なさらないでください。大丈夫です」
「本気で殴られていたと思うのだけれども」
「そんなことありません。ちょっと高いヒールを履いていただけです」

 頬が痛いことを我慢しながら作り笑顔を浮かべるソフィアを心配そうに眺めて、ハンカチを取り出した。

「じゃあ、せめて足だけでも」

 土と血でまみれる足に手を伸ばすウィルをみて、ソフィアは足をドレスの中にひっこめてしまった。

「汚れていますし、醜いですから。そのようなことはおやめください」
「菌が入って悪化してしまう。足をお出しなさい」
「そんなお手が汚れます」
「自分でもドレスで足の汚れを落とせないだろう。さあ、足を出して」

 しばらくドレスの中に足を引っ込めて抵抗をしていたソフィアだったけれども、せっかくの親切心を無下にすることも心苦しく、顔を赤くして、白く細い足を差し出した。今まで感じたことのない羞恥心に襲われた。

「それでよろしい」

 白くキメの細かいのは足も同じだった。けれども薄く血がその肌を流れ落ちていく。冷たいソフィアの手に温かい手が添えられて、ハンカチで汚れをぬぐった。

「も、申し訳ございません」
「謝ることじゃない。傷に汚れが入ってしまったら、大変だ。屋敷へ行ったら、しっかり水で洗い流そう」
「お屋敷ですか」

 キョトンとしたようにソフィアが聞いた。

「嫌なら君の屋敷に戻ろう。拉致のようになってしまったから、ソフィアの意思に反して連れて行ってしまったら本当に拉致だ。僕は犯罪者にはなりたくないから」
「ご迷惑ではありませんか?」
「僕は今一人暮らしだからね。迷惑なんてことは無いよ。人がいればにぎやかになるだろうし。古い洋館だから」

 それを聞いてまたソフィアは困惑した。

「失礼を承知でお聞きしますが、おいくつですが」

 ソフィアの目にはウィルは自分と同じぐらいか、それより下に見えている。堂顔な上に艶やかな髪色、それに身長もそこまで高くない。ソフィアと同じぐらいだ。

「よく間違えられるんだよね。僕二十二だよ」

 四歳も年上だったことに驚きソフィアは「お若く見えます」と思わず口にした。確かに若そうな割には落ち着き、冷静だ。

「チビだし、こどもっぽい顔してるから。よく間違えられるよ。十六とか、十五とか。おかげで若い少女に囲まれるけど、僕大人っぽい人好きだし」

 ということはまだまだ自分は子供だろうかとソフィアは考えた。

「それで、あのケイルトン様はなぜ舞踏会にいらっしゃっていたのですか?顔見知りであったら申し訳ないのですが、わたくし、初めてお会い気がしましたので」
「そう、初めてだよ。なんせ僕隣国に住んでいたからね。ここには最近越してきて、とある舞踏会へ出向いたとき、ミアちゃんに舞踏会の招待状を貰ったの。誰でも来ていいってことだから行ってみただけ。本当に興味本位。そしたら修羅場になって逃げた君を追いかけたってわけ」
「そうでしたか。なぜこちらへ引っ越してきたのですか?」
「僕こう見えていろいろと会社を経営していてね。それでこの国のこの地域がちょうどよかったから引っ越してきただけ。それ以上の話は屋敷でしようか」

 ウィルが窓の外を見たので、ソフィアもそれにつられて外を眺めた。そこには高い塀があり、広い庭があり、その中心にレンガ造りの洋館が佇んでいた。ツタの絡まった哀愁あふれる西洋建築の建物。それが見えて、ソフィアは両手を握りしめた。まさか自分がこんなところに連れてこられるだなんて全く思っていなかったのだ。

「趣のある洋館ですね」
「安かったから買い取ったんだ。僕自身あまり住むところに拘りはないし。住むためだけに屋敷を立てるっていうのも気が進まないから」

 屋敷の庭の間を馬車で通っていき、噴水のある玄関前で馬車は止まった。ソフィアは足をつこうとしたけれどもそれを阻害された。

「お馬鹿さん。せっかく拭いたのに」
「すみません。ですがお手を煩わせるわけにはいきませんし」
「僕の肩に手を回して」

 言われた通りに右手を回すと、ウィルはソフィアのひざ下、背中に手を置いて、そのまま横抱きした。まさか抱き上げられるとは思わなかったソフィアは落ちることを恐れて抱き着いた。

「若い女性に抱き着かれるというのも悪くないね」
「すみません。力持ちですね」
「君は軽いよ」
「そうでしょうか」

 そのままお屋敷の中に入り、客間でソフィアは降ろされた。

「よし、手当をするから。そこで待ってて」

 ウィルが部屋から居なくなるとソフィアは周りを見渡した。絵画、アンティーク調の家具たち。まるで夢の中に居るようで、体から無駄な力が抜けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】双子の妹にはめられて力を失った廃棄予定の聖女は、王太子殿下に求婚される~聖女から王妃への転職はありでしょうか?~

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
 聖女イリーナ、聖女エレーネ。  二人の双子の姉妹は王都を守護する聖女として仕えてきた。  しかし王都に厄災が降り注ぎ、守りの大魔方陣を使わなくてはいけないことに。  この大魔方陣を使えば自身の魔力は尽きてしまう。  そのため、もう二度と聖女には戻れない。  その役割に選ばれたのは妹のエレーネだった。  ただエレーネは魔力こそ多いものの体が弱く、とても耐えられないと姉に懇願する。  するとイリーナは妹を不憫に思い、自らが変わり出る。  力のないイリーナは厄災の前線で傷つきながらもその力を発動する。  ボロボロになったイリーナを見下げ、ただエレーネは微笑んだ。  自ら滅びてくれてありがとうと――  この物語はフィクションであり、ご都合主義な場合がございます。  完結マークがついているものは、完結済ですので安心してお読みください。  また、高評価いただけましたら長編に切り替える場合もございます。  その際は本編追加等にて、告知させていただきますのでその際はよろしくお願いいたします。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

公爵令嬢が王太子に婚約破棄され、妹を溺愛する聖騎士の兄が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

泣きたいくらい幸せよ

仏白目
恋愛
アーリング王国の第一王女リディアは、幼い頃に国と国の繋がりの為に、シュバルツ王国のアインリヒ王太子と婚約者になった   お互い絵姿しか見た事がない関係、婚約者同士の手紙のやり取りも季節の挨拶程度、シュバルツ王国側から送られて来る手紙やプレゼントは代理の者がいるのだろう それはアーリング王国側もそうであったからだ  2年前にシュバルツ王国の国王は崩御して、アインリヒが国王になった 現在、リディア王女は15歳になったが、婚約者からの結婚の打診が無い 父のアーリング国王がシュバルツ王国にそろそろ進めないかと、持ちかけたがツレない返事が返ってきた  シュバルツ王国との縁を作りたいアーリング国王はリディアの美しさを武器に籠絡して来いと王命をだす。 『一度でも会えば私の虜になるはず!』と自信満々なリディア王女はシュバルツ王国に向かう事になった、私の美しさを引き立てる妹チェルシーを連れて・・・ *作者ご都合主義の世界観でのフィクションです。 **アインリヒsideも少しずつ書いてます

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

いつもわたくしから奪うお姉様。仕方ないので差し上げます。……え、後悔している? 泣いてももう遅いですよ

夜桜
恋愛
 幼少の頃からローザは、恋した男性をケレスお姉様に奪われていた。年頃になって婚約しても奪われた。何度も何度も奪われ、うんざりしていたローザはある計画を立てた。姉への復讐を誓い、そして……ケレスは意外な事実を知る――。

処理中です...