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第1話

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 カレンダーを見つめて手に持っていた赤いペンで、1週間後の日付に赤丸をつけた。いつもはこんなことしないけれども、この日だけは特別。
 赤く囲まれたその日はソフィアと伯爵家のオリバー・フェルメールとの結婚式。その日がソフィアと妹ミアとの決別の日でもある。

 着々と式の準備は進み、ウエディングドレスも選び終わり、式場も抑えてある。山場は今日。今日はソフィアの誕生日であり、成人の18歳になったために屋敷で大々的に舞踏会が行われる。そんな祝いの日だというのにソフィアの顔色は暗い。

「何も起こらないと良いけど」

 ため息を吐きながら赤ペンんを仕舞い、窓を見た。昼を少し過ぎたあたりだというのに、もうすでに人は集まり始めている。それもこれも両親の友人や知り合い、ミアの友人達、ソフィアは友達を誰一人として呼ばなかった。ソフィアには予感があった。何か悪い事が起こるという予感。
 今までミアと舞踏会というセットはとにかく相性が良く、ミアはいつも以上に騒ぎまくり、悪ふざけにも拍車がかかる。ソフィアはそのミアの悪ふざけが自分に降りかかってくることを恐れている。

 部屋の扉をノックされて、返事をすると入ってきたのはミアだった。目を細めるソフィアに対し、ミアは可愛らしい表情でにっこりと笑っている。派手なウエーブのかかったブロンドヘア、みどりの瞳。ソフィアは母親譲りの茶色の直毛に、灰色がかった黒い瞳。二人が並べば姉妹なんて思わないだろう。顔の形は似ていながら、その2つが全く違うせいでそれぞれ全く違う性格を生み出している。

「みんな到着し始めたし、そろそろ着替えて下へ降りてきたらどうなの?」
「ええ、そうね」
「オリバー様も来たわよ」
「そうなのね」

 色のない口角を上げただけの笑みを浮かべながらそっけない返答をするソフィアを見て、ミアはつまらなそうにして「さっさと来てよね」と言い捨てて部屋から出て行った。
 ドレスルームの中から紺色のドレスを取り出したのは良いものの、着替えを手伝ってくれるメイドが一人もいない。皆わがままなミアと、舞踏会準備で忙しいのだから当然。

「一人で着替えるか」

 一人で着替えることはかなり労力がいることだったけれどもソフィアはどうにか着替え終わり、髪を結う人もいないので自らで三つ編みのハーフアップにして、青色の薔薇の髪飾りをつけた。
 1階へ降りる途中でオリバーが階段を上ってきた。

「ソフィア、やっと降りてくるのか」
「ドレスを着るのに少し時間がかかってしまっただけ」
「もうみんな待ってるよ」

 ソフィアはオリバーが手を取ってくれると思った。エスコートしてくれると思っていた。けれどもオリバーはソフィアの手を握ることなく、手すりにつかまったまま階段を上がっていった。

「どこへ行くの?」
「何でもないよ」

 そう笑って言って平然と階段を一段一段上っていく。何でもないわけがなかった。普通なら、普通の婚約者ならばフィアンセの手を取って、一階までエスコートするものだというのに、オリバーはそれをせず二階へ上がっていった。用事があるなら仕方がないが、その用事もはっきりしない。
 ドレスの裾を持ち上げながら一階へ降りると、もうすでにあふれんばかりの人がいた。夕方になればもっと人が増えることになる。
 そしてひと際女性が集まっている場所があった。人垣ができ、若い女性達がたかっている。その中心にいたのはストロベリーブロンドという珍しい髪色をした若い青年だった。金髪と赤毛が混じったような明るい髪色をしていた。彼がソフィアの視線に気づき、二人は目が合った。一瞬二人とも硬直し、会釈だけして視線はすぐに離れた。ミアの友人か何かだろう。

「ソフィア、遅いわよ。さ、皆さんにご挨拶して」

 母にそうせかされて一人一人と握手をしながら軽い挨拶を交わした。皆両親の友人ばかりで、ミアの友人は誰一人としてソフィアに近づこうとしない。それよりかソフィアを睨みつけたり、視線を送りながらこそこそと笑いあっている者までいる。
 無視を決め込んでとにかく大人たちとの挨拶だけに集中した。それでもそれらの声は一際ソフィアの耳に入り、ただ無心になるしか他なかった。

「知ってる?ソフィアさんって浪費家なんですって」
「ミアがいつもそれで我慢させられてるって」
「ミア可哀そう」
「それと、ミアが最近婚約を破棄したって言ってたでしょ?」
「噂だとソフィアさんが体を売ったんじゃないかって」
「それじゃあ、オリバー様までお可哀そう」
「あんな落ち着いた方なのに、裏ってあるものなのね」

 ミアが友人たちにソフィアのことを言っているかソフィアは良く知っていた。自らを可憐で可愛そうな美少女にするために、悪役を作った。その悪役がソフィアであり、ミアが上手くいかないのはソフィアのせいということになっている。
 それを訂正したところで、ミアへの信頼が厚いことをソフィアは良く分かっている。ミアには大きなコミュニケーション能力と、カリスマ性がある。

「ソフィア、なんだか変な噂が立てられてない?」
「そうみたいですね」
「そうみたいですねってちょっとは反論したらどうなの?今日は貴方の舞踏会なのよ。追い出すことだってできるんだから」

 母親も父親も、これがミアへの悪質な噂であったら、自分で動いただろう。けれどもソフィアなら助言をするだけ。そういうものなのだ。
 ソフィアは心の奥底で両手を握りしめながら、懇願していた。

 早く終われ、早く終われ、お願いだから早く時間よ過ぎて!

 
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