二口男に転生したらハイスペ従者に溺愛されてた

鑽孔さんこう

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モーニン!

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「ジリリン、ジリリリン」

競技場のレーンへ順番に立つ。
走り出す場所は自分で決める。

歩測でスタート地点を決めたら、その場にコーンを置く。
助走が多く必要な僕は、それでも皆から離れた場所に置きたくなくて、ミニコーンの大群の後ろ辺りにグリーンのそれを隠した。

何とは無しに目線を観客席へ向ける。

大容量の青色水筒を片手に、隣の子に話し掛けるあの人が居た。


意識が浮上し、胸から酸っぱい吐き気が込み上げてくる。
眠い目をこじ開け、視力の悪い目で錆色の目覚まし時計を探した。
視認して1秒で黙らせる。
目覚まし時計早押し大会があるなら参加タイムは満たしている自信がある。
馬鹿な考えだが。

寝起きは何故か焦っているから、それを収めるという暗示のもとに眼鏡を掛ける。
下半分がリムレスである円い茶縁ちゃぶちの眼鏡は、皆に似合っていると褒められるお気に入りの逸品である。

「っふぅ…はぁ…」

ゆっくりと深呼吸をして、脈の速い心臓をクールダウンさせる。

今は5時半。
陸上部の朝練があるから早寝早起きを余儀なくされている。
冬が近付くこの頃、起きても夜のような外の暗さで意気消沈しそうだ。
だが、心が折れたら最後だと部屋の電気を勢い良く点け、パジャマからインナーに早着替えする。
部活のズボンとジャケットを着て、朝ごはんを食べる。
品数を多めにしてあるので、食べるのに少し時間がかかる。

その間にあの人とメールし合うのが日課なのだ。

案の定スマホが鳴って、ロック画面に胸焼けしそうなほどテンションの高いメッセージが表示された。

『おはよー!起きてる?今日の三城送ってー!』

陸上部の幅跳び仲間である藤郷 執ふじさと しゅうは、遅刻しがちな僕の目覚まし係を勝手にしている。
高校2年生でクラスが同じになったことで、陽キャイケメンお断りの僕にことあるごとに話し掛けてきた。

『おはよ』

挨拶を素っ気なく返して、食べかけの朝ご飯の写真を送ってやる。
瞬きする間もなく返信が送られてきた。

『えー顔じゃないんかよー(泣)チョーぜつ美人な責哉せきやちゃんのお顔見せてー!』
『朝練で見られるから。あと美人じゃない』

藤郷はどのくらいの速さで文字を打ち込んでいるのだろう。
随分な長文を一部の間違いも無く、えげつない速度で返してくる様に謎は深まるばかりだ。
それにしても毎日顔写真を要求される。
要求されすぎて断る事に慣れてきた。

『ご飯をもぐもぐしてるところが見たいのー!』
『写真で咀嚼はしないだろ』
『自撮りプリーズ!』
『家に撮りに来れば良いじゃん』
『家知らない!』
『おつ』

今日は随分食い下がってくるな。
こういう時は悪いことがあるものだと警戒していると、スマホが電話画面に変わった。
勿論相手は藤郷だ。
朝ご飯は食べ終わったし、家をもうそろそろ出発しなければいけないから、通話することを暫し躊躇う。
逡巡して、結局通話ボタンを押した。

「もしもし」
「良かったー!電話出た!ねね、朝練まで待てないからビデオ通話で顔見せて。お願い!」

顔の前で両手を合わせる藤郷が頭に浮かんで、思わず笑ってしまう。

「朝練までぐらい待て。外周走る時に一緒に居たげるから」

してあげる、なんて上から目線の発言をしたことに自嘲したが、相手の声のボリュームで現実に引き戻された。

「え、まじ?!えっ、どうしよ、待とっかな…でもなぁ…責哉ちゃんのお顔見たいしなぁ…ねーお願い!ちょっと見してくれるだけで良いから!お願いー!!」
「うるさい」
「冷たいよぅシクシク…っ!」

一言返すと、黙らせるためにビデオ通話に切り替えた。
藤郷が一瞬で気付いて、大喜びしている。

「やばぁ!画面越しでも美人とか天才かよ」

陽キャ特有の謎理論で感想を述べられる。
藤郷だってイケメンだろ、と返事をしようとした時。
のどかな朝に不似合いな音が間近で聞こえた。

「バキバキバキッ、グシャッ、ビシギシッバリッ」

朝焼けが爆音とともに隠されていく。
音の方へ目線を向ける。
窓枠が弓なりに歪む。
座っているリビングチェアーがケタケタと笑うように震える。

大きな影がカーテン越しに見える。

トラックだろう。恐らく家の前にある工場に留まっていたもの。

近すぎる。
ベランダは潰されたようだ。

エンジン音が聞こえる。

まだ、進んでる。

「いやだっ、助けて!」

椅子から弾かれたように飛び降りる。
前傾姿勢のまま手足を前へ動かす。
通話中のスマホが手に貼り付いたように離れない。
パニック状態で家の奥へ走った。
リビングに置いてある机の脚に右足が引っかかる。
転けそうになるが、火事場の馬鹿力で跳ね起きた。
奥の部屋に飛び込み、窓を開けて更に遠くへ逃げようとした。

背後で壁が崩れて、自分の体がめしゃりと音を立てた。
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