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23 愛する人
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竹林の去り際に5枚の絵馬を見つけた。光太祐と黄昏と死んだ3人のアシスタントの絵馬だ。假戯は光太祐らと忌避すべき時間帯に竹林へ来てはいなかったという推論に至った。その推論は僕たちをいっそう寡黙にさせた。重い雰囲気を背負ったまま帰途についていた。コンバーチブルの滑りもいつもより重く,精彩を欠いているように感じる。高速道路を避けて一般道路を走っているせいなのかもしれない。どうして伽藍堂は高速に入らなかったのだろう。疾走するのが好きなのに……。事故を起こすことを危惧したのだろうか。それくらい疲れているのだろうか。僕もひどく疲弊していた。こんなに疲労困憊している状態で車を運転するのは甚だ大変だろう。伽藍堂1人に運転を任しているとは申し訳ない。帰ったら運転免許を取得するために教習所へ通う手続きをとろう。
「なあ,斎薔薇……」
「……はい,何ですか」
「俺……俺さあ……」
僕が視線を移せば,伽藍堂は目を瞬かせた。
「疲れているのでしょう? 免許がないせいで運転をかわれず済みません。すぐに教習所に通いますから。事故にでも遭ったらいけませんので何処かで休憩しましょう。それとも代理運転を頼みますか?」
伽藍堂がふきだした。
「どうしたのですか?」
「……いや,ちげぇし……黒魔術のバケモンと渡りあったおめぇが人の心配してんのマジうけるわ」カーブをきってスピードをあげる。「俺,サティスファクションてのを訪ねてみるよ。あの黒魔術集団を――」真剣な眼差しだった。
「そうですか。伽藍堂さんのかつての御主人さまが,假戯さんの地面に埋めたハート形の黒い木片と同じものを所持していたという話でしたね」
「うん……多分,彼女は今あの集団のなかにいる」
彼女という言葉の響きから胸の張りさけそうな切なさが伝わった。伽藍堂は彼女を愛しているのだ。そして憶測に過ぎないが,きっと彼女も伽藍堂を深く愛している。だからこそ伽藍堂に人殺しをやめさせるために彼を突きはなしたのだ。
僕は――僕は愛する人から生死を賭けた戦いを挑まれ,争いを拒んで自ら死を望んだ。
「斎薔薇……」伽藍堂が急ブレーキをかけた。「おまえ,泣いてんのかよ」
「まさか泣くはず――」ルームミラーに映る妙に白い顔の男が頰を濡らしている。
人前で涙を見せたことなど何年ぶりだろう。いや,独りでいるときだって,いつ泣いたか思いだせない。
「泣け,泣け,泣け――男も泣いていい時代なんだよ」アクセルを踏みしめるなり坂道をのぼりつめ,一気に高速に乗る。
後部座席がぎしりと軋んだ。まるで誰かが乗っていて,スピードに負けて姿勢を崩さないように座りなおしたみたいな感じだった。来るときにはいて,帰るときにはいない彼の霊魂が乗っているのだろうか。
……気のせいだろう。彼は愛する人のそばで眠ることを選んだのだから。
沈杜村のある方角の空に,噴煙だろうか,濃灰の綿状の群れむれが流動している。その一群を抉じあけて赤光が照射する。赤く染まる天の領域は忽ち押しひろがって心做し人の姿が象られていくみたいだ。沈杜の神が領巾を振っているようにも見えた。
「なあ,斎薔薇……」
「……はい,何ですか」
「俺……俺さあ……」
僕が視線を移せば,伽藍堂は目を瞬かせた。
「疲れているのでしょう? 免許がないせいで運転をかわれず済みません。すぐに教習所に通いますから。事故にでも遭ったらいけませんので何処かで休憩しましょう。それとも代理運転を頼みますか?」
伽藍堂がふきだした。
「どうしたのですか?」
「……いや,ちげぇし……黒魔術のバケモンと渡りあったおめぇが人の心配してんのマジうけるわ」カーブをきってスピードをあげる。「俺,サティスファクションてのを訪ねてみるよ。あの黒魔術集団を――」真剣な眼差しだった。
「そうですか。伽藍堂さんのかつての御主人さまが,假戯さんの地面に埋めたハート形の黒い木片と同じものを所持していたという話でしたね」
「うん……多分,彼女は今あの集団のなかにいる」
彼女という言葉の響きから胸の張りさけそうな切なさが伝わった。伽藍堂は彼女を愛しているのだ。そして憶測に過ぎないが,きっと彼女も伽藍堂を深く愛している。だからこそ伽藍堂に人殺しをやめさせるために彼を突きはなしたのだ。
僕は――僕は愛する人から生死を賭けた戦いを挑まれ,争いを拒んで自ら死を望んだ。
「斎薔薇……」伽藍堂が急ブレーキをかけた。「おまえ,泣いてんのかよ」
「まさか泣くはず――」ルームミラーに映る妙に白い顔の男が頰を濡らしている。
人前で涙を見せたことなど何年ぶりだろう。いや,独りでいるときだって,いつ泣いたか思いだせない。
「泣け,泣け,泣け――男も泣いていい時代なんだよ」アクセルを踏みしめるなり坂道をのぼりつめ,一気に高速に乗る。
後部座席がぎしりと軋んだ。まるで誰かが乗っていて,スピードに負けて姿勢を崩さないように座りなおしたみたいな感じだった。来るときにはいて,帰るときにはいない彼の霊魂が乗っているのだろうか。
……気のせいだろう。彼は愛する人のそばで眠ることを選んだのだから。
沈杜村のある方角の空に,噴煙だろうか,濃灰の綿状の群れむれが流動している。その一群を抉じあけて赤光が照射する。赤く染まる天の領域は忽ち押しひろがって心做し人の姿が象られていくみたいだ。沈杜の神が領巾を振っているようにも見えた。
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