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17 試練のとき

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 沈杜の山はいつまでも赤と黒との明滅を繰りかえしていた。
 でも,それだけだ……。
「何故だ? 何故噴火が起きない? 何故何も起きない?」升蛾が山や空を見渡す。「土着神が暴れて神力を使いはたしたときに我が神をお迎えせねばならぬのに――この地を我が神の知らしめすところとせねばならぬのに――」
 升蛾は,地に膝をつき肩を落とす假戯に詰めよった。「聖なる心に,願いごとを己の血で書いたのだろうな!」
「教わったとおりにしました……」假戯が力なく答える。「もらった黒い板に,左胸を傷つけた血でしっかり書きました――光太祐先生や黄昏さんを押さえてトップマジシャンになるって――」
「不敬な!」升蛾が假戯を殴打した。「黒い板とは何だ! 聖なる心と呼べ! 愚か者めが!――」再び手をあげる。
「思いどおりにならないからといって,假戯さんにあたるのはやめてください」僕は2人に近づくなり,彼らの足もとの土中から“聖なる心”とやらを摑みだした。
 升蛾や配下の男たちが仰けぞった。
「怒りをぶつける相手が違います。何もかも思いどおりに運ばなかったのは僕のせいです。この穢れた木片は3枚揃って効果を発揮するのですね。だから3枚それぞれを神社の要所3箇所に埋めて,神社を,ついては沈杜村全体を汚そうとした。でも悪巧みは断念することです。ほかの2枚の木片は既に処理しました。正確に言えば,沈杜の神さまの御加護のもとに,僕が穢れを戴いたのです」木片を頭上に掲げる。「我が身に宿りたまえ。一切を頂戴いたします」
 木片が膨張し肉塊と化すなり律動的な収縮運動をはじめた。これまで処理した二つより遥かに巨大な心臓だ。心臓から億万の太い血管がのび,猛烈な勢いで僕の腕や顔や胸や腹や足に襲いかかる。
 頸部に吸着した無数の血管は絡みあいつつ一本の鉄鋼ケーブルみたいになった。それが皮膚をやぶり肉をさいて頸骨まで達すると,骨に巻きつき粉砕しようと絞めつける。
「斎薔薇!――」伽藍堂が駆けよってくる。
「来ないでください! この仕事は僕の領域だ!」
 一帯の孟宗竹が血塗れの僕を包囲するように組みあって一斉に薙ぎたおされる。誰も近づけない結界に護られた試練の場だ!
 端座して合掌する。
 来い。ついに修行の成果の試されるときが来た。至上幸福の瞬間が今訪れる――「我が魂を以て贖いたまえ」
 腕を摑まれた。伽藍堂だ。竹と竹との隙間に指の欠けた手をねじこんでいる……
 僕たちは炎につつまれた。目を焼かれ,もう何も見えない。無心にならなければいけなかった。しかし伽藍堂の身の安全がどうしても気にかかる。伽藍堂だけはどうぞお救いください!
 身命を賭してお誓い申しあげます! あなたさまの穢れを頂戴いたします!
「斎薔薇の魂も命もぜってぇやらねぇ……斎薔薇は誰の穢れも受けねぇ……」伽藍堂が言いかえした。
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