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10 忌まわしい僕
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熊が光太祐の頭を狙って腕を空振りさせた。腕が何か見えないものに弾かれたようにも感じられた。
光太祐は恐怖のあまり失禁した。その鼻先で歯軋りする熊が,不意に僕と目をあわすなり,二の足を踏むみたいに前進と後退とを繰りかえす。
「光太祐さん,沈杜神社で何かしたのではないですか」僕は尋ねた。「神さまのお怒りに触れるような行いをした覚えはありませんか」
光太祐は凝りかたまったまま反応できない様子だった。
熊が喉のさけるぐらいに大口をあけて怒号を発する。
「したんだよ」伽藍堂が言った。
「僕も沈杜神社に同行しましたが,これと言って思いあたることはありません」假戯が口添えした。
「本人らは気づかねぇでも,しちゃなんねぇことを仕でかしてるって可能性もあんだろ?」伽藍堂が僕に頷いてみせる。「沈杜神社に行くしかねぇな」
「はい。伺って,穢れの正体を突きとめ,きちんとお詫びしなければいけません――光太祐さん,構いませんね?」
「恐いよぉお!」光太祐がフロアに這いつくばった。「僕はいやぁだあ! 行きたくなぁい!」
「沈杜貴子さんとの御成婚を望まれるなら伺わないではいられません。お相手の御実家ですよ」
光太祐がしきりに首を横に振り,死にたくない死にたくないと呟いた。
「もし結婚できたら一生つきあうことになる家なんだぜ」伽藍堂が身を屈め,光太祐の肩を揺さぶった。「男なら逃げちゃなんねぇ正念場だろうが」
光太祐の心境に,変化の生じる気配はなかった。
「僕は行きます――」假戯が伏し目がちの瞳をあげた。「このまま,おびえながら生活するなんて,いやです」
「必ずお詫びに参ります。ですからお心をお鎮めください」僕は手をあわせ,熊へ近づこうとした。
熊が背を返すなり,掃きだし窓に突進し,ガラスを割って戸外へ逃走する――
「マジ?……何で?……」伽藍堂が次第に遠くかすんでいく熊の背中と僕とを見た。
「いつものことです」僕は答えた。「いつも嫌われるのです。幼い子供や猫や犬や,猪や虎にまで。哺乳類だけではありません。雀蜂や毒蜘蛛,蠍やコブラ,鰐や鮫までみんなが僕を避けるのです。動物園や水族館へ行っても,生きものは巣のなかに閉じこもってしまって,楽しめた例など1度もありません」
己の忌まわしさを複数の人間に目撃されて辛かった。それで却って明け透けな態度を示すことで強がってみせたのかもしれない。
「すっげぇ! マジおっもしれぇーわ!」伽藍堂が腹を抱えた。
肩の力が抜けた。
伽藍堂は笑いを堪えながら,フロアに落ちたスマホを拾い,熊の捕獲要請と周辺住民への注意喚起に関する手配を済ませた。
光太祐は恐怖のあまり失禁した。その鼻先で歯軋りする熊が,不意に僕と目をあわすなり,二の足を踏むみたいに前進と後退とを繰りかえす。
「光太祐さん,沈杜神社で何かしたのではないですか」僕は尋ねた。「神さまのお怒りに触れるような行いをした覚えはありませんか」
光太祐は凝りかたまったまま反応できない様子だった。
熊が喉のさけるぐらいに大口をあけて怒号を発する。
「したんだよ」伽藍堂が言った。
「僕も沈杜神社に同行しましたが,これと言って思いあたることはありません」假戯が口添えした。
「本人らは気づかねぇでも,しちゃなんねぇことを仕でかしてるって可能性もあんだろ?」伽藍堂が僕に頷いてみせる。「沈杜神社に行くしかねぇな」
「はい。伺って,穢れの正体を突きとめ,きちんとお詫びしなければいけません――光太祐さん,構いませんね?」
「恐いよぉお!」光太祐がフロアに這いつくばった。「僕はいやぁだあ! 行きたくなぁい!」
「沈杜貴子さんとの御成婚を望まれるなら伺わないではいられません。お相手の御実家ですよ」
光太祐がしきりに首を横に振り,死にたくない死にたくないと呟いた。
「もし結婚できたら一生つきあうことになる家なんだぜ」伽藍堂が身を屈め,光太祐の肩を揺さぶった。「男なら逃げちゃなんねぇ正念場だろうが」
光太祐の心境に,変化の生じる気配はなかった。
「僕は行きます――」假戯が伏し目がちの瞳をあげた。「このまま,おびえながら生活するなんて,いやです」
「必ずお詫びに参ります。ですからお心をお鎮めください」僕は手をあわせ,熊へ近づこうとした。
熊が背を返すなり,掃きだし窓に突進し,ガラスを割って戸外へ逃走する――
「マジ?……何で?……」伽藍堂が次第に遠くかすんでいく熊の背中と僕とを見た。
「いつものことです」僕は答えた。「いつも嫌われるのです。幼い子供や猫や犬や,猪や虎にまで。哺乳類だけではありません。雀蜂や毒蜘蛛,蠍やコブラ,鰐や鮫までみんなが僕を避けるのです。動物園や水族館へ行っても,生きものは巣のなかに閉じこもってしまって,楽しめた例など1度もありません」
己の忌まわしさを複数の人間に目撃されて辛かった。それで却って明け透けな態度を示すことで強がってみせたのかもしれない。
「すっげぇ! マジおっもしれぇーわ!」伽藍堂が腹を抱えた。
肩の力が抜けた。
伽藍堂は笑いを堪えながら,フロアに落ちたスマホを拾い,熊の捕獲要請と周辺住民への注意喚起に関する手配を済ませた。
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