触穢の代償――デッフェコレクション2――

せとかぜ染鞠

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2 成功報酬もお気に召すまま

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 事件の翌日,デッフェの社長伽藍堂がらんどう百覚おさは光太祐の訪問を受けた。マスコミに対する情報漏洩の警戒要請と成婚に関する催促が訪問の目的だ。
 伽藍堂は告げた――会員各位への事情説明以外では事件について他言はしないし,デッフェ内において知りえた情報は家族であろうと漏らしてはならないという規約で会員のプライバシーは厳重に守られていることを。そしてデッフェ側からも会場の清掃費及び改装費並びに事件によって生ずる風評被害の賠償を求めた。それら一切の精神的・金銭的補填はマジックの失敗を原因として必要になったのだから当然光太祐に請求するのが筋である。それが伽藍堂の言い分だ。
 幸いスタッフ松峰まつみねノブの迅速になした懇切丁寧な対応のおかげで今のところ風評被害なるものは起きていなかった。
 一癖も二癖もある会員のなかには今回のパーティーに参加しなかったことを残念がり,会場見学を申しでる者もいるぐらいで,ギロチンマジックショーの惨劇はむしろデッフェの宣伝となったと言ってよかった。
「御理解いただけますか……」伽藍堂が山荒らしの針を想わせる後方へ毛羽だつ大量の髪を搔きつつ,尖った両眼を細めた。
 光太祐はソファのクッションに埋まる身を起こし立ちあがると,独特なフォームで踵を打ちならし窓際に近づいた。  
「気色悪い歩き方だぜ――」伽藍堂が僕に顔を寄せ,声を潜めた。「どうしてあんなに腰をくねくね曲げなきゃなんねぇわけ?」
「直接,理由を聞いてみればどうですか」
 伽藍堂は,先へ行くほど痩せぼそりして第一関節あたりから消失する人差し指を,薄い唇に押しあてシッーと息を漏らした。
「僕の身長は小さいでしょう?」光太祐はカールのかかる茶髪を払うように顔を振りむけた。「小さいでしょう?」これでもかと言わんばかりの,ねっとりした視線を送り,答えを要求する。
「……」
 光太祐の小顔が真っ赤になっていく。
「いーやいやいや,日本男児の平均的な背丈じゃありませんか」伽藍堂が愛想笑いを浮かべた。
「こ,これでも160センチはあるんですよ」ターンしてポーズを決めてみせる。「でもショーにおいてはね,できるだけ大きく見られたほうが有利なんですよ。何せ見世物でしょ,目をひくほうがいいに決まってる。だから,こうしてねっ,ねっ?――こうして歩いたほうが,身長も高く見えるでしょう!」のびあがりながら腰を振って歩いてくる。
 伽藍堂の舌うちが小さく聞こえた。
「僕に足りないのは身長だけなんです!」弾みをつけてソファーに座れば,一瞬にして全身がクッションにのまれていく。「御覧のとおり非の打ちどころのない容貌してるでしょう! ハリウッドスターのリョファー・カザーランチュジンに似てると言われます」
「リョファー・カザーランチュジンというより,デパートで見たミルク飲み人形に似てい……」全てを言いおわらないうちに,僕は伽藍堂の背後に押しこめられた。
「ははは……かわいらしいっていう意味ですよ」岩盤みたいな感触の背中で人をぐいぐい押しつけながら乾いた笑い声をたてる。
「ディスアドバンテージをフォローしてください」テーブルのむこう側から光太祐が顔面を突きつける。「いつも言ってることだが,成婚に漕ぎつけてくれるなら,金に糸目はつけない」目が血走り,鼻息は荒く,上下の歯もぎしぎし擦れあっていた。
「要するに?……」伽藍堂が語尾をあげて問うた。
「ええ,ええ,お安い御用ですとも」光太祐は目尻に皺を集めた。「清掃費も改装費も賠償金も御要望どおりに。いや,提示された2倍の金額を払いましょう」即座に小切手をきって握手を求める。「勿論,成功報酬もお気に召すまま――」
 伽藍堂は健全な手指の2本しかない右手を見せて,失礼にあたるからと握手を辞退し,小切手だけを受けとった。
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