真実を聞く耳と闇を見る目と―― 富総館結良シリーズ①――

せとかぜ染鞠

文字の大きさ
上 下
9 / 10

9 兄と弟

しおりを挟む
瑛炎えいえん,もうやめろ」禹錫が私の前に立ち,自分よりやや細面な相似形に対峙した。
 男がナイフを折りたたみ,革ジャケットの懐にしまった。
「復讐は十分だ」
「十分ですって? 十分なわけがないでしょう。帝野みかどの一派を全滅させるまでは何も終わらない! 帝野の血を一滴でも引く人間は生かしちゃおかない。奴らに加担する者どもも虱潰しに抹殺してやる」
「おまえの憎む者たちの血族が,今も何処かで産声をあげているだろう。それを世界の果てまで追っていき始末すると言うのか。自分の素性すら知らぬまま毎日を生きのびることに必死な人々まで」
 帝野――四国に本部を置く製薬会社「帝王ファーマシー」の創業者一族だ。数箇月前の会社主催のパーティーにおいて,会長から子会社の社員やその家族に至るまで,出席者は尽くガウジの犠牲となった。その後会社とは無縁と思しきホームレスや戦争難民まで惨殺されたために世間の人々は無差別殺人ではないかと戦々恐々としていたのだった。
「誰であろうと,帝野の関係者は許さない。帝野一派であることを後悔させ,戦慄させてやる」
「そんなことをしても母さんは帰ってこない」
「そうさ! 帰ってこない! 帰ってこないから,母さんの苦しみの万分の一でも,奴らに与えてやるのさ! 新薬の治験に協力させられたせいで想定外の不調に陥り,食事も水も喉を通らず,呼吸も儘ならない。体はどんどん痩せ細っていくくせに心臓だけは日を追って肥大して胸部は今にも破裂しそうだった。七転八倒しながら殺してくれと絶叫し,とうとう自分の胸を刺した――母さんはモルモットにされた挙げ句,殺されたんじゃないか!」
「奴らを殺して少しは気が晴れたのか。自分の父親の胸まで切りさいて一瞬でも満足できたのか」
「……お,怒っているんですか。あの男は母さんを帝野にさしだした人間ですよ。自分の研究と出世のために妻を献上した。その上,同じ日本人の妻をもち,母さんや俺たちを平然と騙していた――母さんが苦しんでいるときも,それよりずっと前から! 母さんの体の変調を観察した後で何事もなかったようにあたたかな家庭に帰っていく――そんな残忍な男を父親というだけで許せますか!」
「許せないよ――彼も,彼と同類のおまえも」
「俺が……あいつと同類……」
「おまえのしていることは,彼の血を引いていることの証明だ。騙されていると知りつつも自らの命さえ捧げる母さんの血を汚す所業だ」
「俺は……俺はどうしたら……」降り積もる雪の上に崩れ落ちた。
 禹錫が近づき腰を屈めると,瑛炎の肩に手を置いた。「村に帰ろう。僕たちの掟でおまえは裁かれることになる」
 瑛炎が怯えた目をあげた。
「心配するな」瑛炎の頭を撫でる。「双子の兄さんも一緒に罰を受けてやるから。命だけは救ってもらえるよう僕が長老を説得してみせる」
「兄さん……」瑛炎が禹錫の胸にとりすがって泣いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

磯村家の呪いと愛しのグランパ

しまおか
ミステリー
資産運用専門会社への就職希望の須藤大貴は、大学の同じクラスの山内楓と目黒絵美の会話を耳にし、楓が資産家である母方の祖母から十三歳の時に多額の遺産を受け取ったと知り興味を持つ。一人娘の母が亡くなり、代襲相続したからだ。そこで話に入り詳細を聞いた所、血の繋がりは無いけれど幼い頃から彼女を育てた、二人目の祖父が失踪していると聞く。また不仲な父と再婚相手に遺産を使わせないよう、祖母の遺言で楓が成人するまで祖父が弁護士を通じ遺産管理しているという。さらに祖父は、田舎の家の建物部分と一千万の現金だけ受け取り、残りは楓に渡した上で姻族終了届を出して死後離婚し、姿を消したと言うのだ。彼女は大学に無事入学したのを機に、愛しのグランパを探したいと考えていた。そこでかつて住んでいたN県の村に秘密があると思い、同じ県出身でしかも近い場所に実家がある絵美に相談していたのだ。また祖父を見つけるだけでなく、何故失踪までしたかを探らなければ解決できないと考えていた。四十年近く前に十年で磯村家とその親族が八人亡くなり、一人失踪しているという。内訳は五人が病死、三人が事故死だ。祖母の最初の夫の真之介が滑落死、その弟の光二朗も滑落死、二人の前に光二朗の妻が幼子を残し、事故死していた。複雑な経緯を聞いた大貴は、専門家に調査依頼することを提案。そこで泊という調査員に、彼女の祖父の居場所を突き止めて貰った。すると彼は多額の借金を抱え、三か所で働いていると判明。まだ過去の謎が明らかになっていない為、大貴達と泊で調査を勧めつつ様々な問題を解決しようと動く。そこから驚くべき事実が発覚する。楓とグランパの関係はどうなっていくのか!?

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

処理中です...