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7 愛と愛
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電話のむこう側にラブソングが流れた。観空の店に偶に顔を出すミュージシャンの掠れ声だ。
街の中心部に建つデパートの屋上を振り仰いだ。いつもなら電光で飾られた観覧車が回っているが,今は何も見えない。ミュージシャンは観覧車前に設けられた憩いの広場を拠点としている。
デパートにむかって走りだす――
「何か言って! 禹錫,聞いているの!」
「君に噓はつけない。これ以上何も話せない」
「切らないで! まだ切らないで!」
「君が分かってくれただけでいい。僕がガウジでいい」
「警察に行って事情を話そう!」
「警察は敵ばかりだ。行けば勾留中に殺される。ガウジに仕立てられたまま息の根をとめられる」
「力になりたい! あんたを助けたい!」
「同情はいらない――欲しいのは愛だ。僕が出頭するなら君は愛してくれるの」
「愛ってそれは……」
「……正直な反応だね。ねぇ,君の愛を得られるまでは生きていたいよ」
「聞いて――愛にも色々あるよ。一緒に食べて飲んで歌ってバカ騒ぎして意味もなく大笑いする。世間や嫌いな人間を躊躇なく罵倒して心の憂さを吐きだせる関係――そんな関係に私たちはなれると思う」
「僕の望む愛とは違う――」
「え……」
「不自然に短い髪を僕は撫でたい。誰とも視線をあわせない瞳を僕は覗きたい。始終嚙みしめて血の滲む荒れた唇を僕は癒やしたい。何度も何度も何度も何度も繰り返し何度も。僕がそばにいるから,しなやかな髪を梳かし,長い睫毛をあげて澄んだ瞳を輝かせ,情熱的な唇に紅をさす――そうしたいと君の思う関係に僕はなりたい」
デパート店内への侵入を遮断するエントランスホールのガラス張りの果てに,屋上へとのぼるエレベーターがある。近づけば扉があく。何故だろう,一歩が踏みだせない。
「結良!――」ホールと道路を隔てた市内電車のホームに観空が立っている。柵を乗り越え,車列の隙間を縫って道路を横断する。クラクションがけたたましく連打される。白い息を吐きながらあっという間にエレベーターまで達するとネクタイを緩め,上着をもどかしげに脱いだ。「捜したぞ!――聴蝶はおまえに連絡がつかないって言うし――」一瞥を投げてから目色をかえて改めて見なおす。「行くな――」腕を摑まれた。
抱きかかえた花束が落下して弾けて八方へ飛び散ると同時に,手にした携帯が音もなく粉砕され,風化するみたいに消失した。
メールの着信音が鳴る。観空がじわりと腕を離し,自分の携帯を確かめるなり表情を一変させた。「どうしよう,聴蝶が……」
観空の携帯を奪いとった。
結良を呼んでる声のほうへ行ってみる。
屋上へ移動中だよ。
聴蝶のメッセージだった。
即座にメッセージを送信するが,返信がない! エレベーターのボタンを押す。先刻は独りでにあいた扉が一向に動かない――どうして早く! 繰り返しボタンを押した。
「おまえはここにいろ。俺が見てくるから」
「ふざけんな!」観空の胸を突き飛ばし,携帯を投げて返した。
ああ,まだあかない! 早くしろ,このポンコツが!――たまらず扉を蹴ればようやくひらいた。
人の気も知らないで機械はスローペースに浮上していく。
電気の復旧した街は一面の銀世界。一切をのみこみ無に帰そうとするかのように雪はしんしんと降り続けた。
街の中心部に建つデパートの屋上を振り仰いだ。いつもなら電光で飾られた観覧車が回っているが,今は何も見えない。ミュージシャンは観覧車前に設けられた憩いの広場を拠点としている。
デパートにむかって走りだす――
「何か言って! 禹錫,聞いているの!」
「君に噓はつけない。これ以上何も話せない」
「切らないで! まだ切らないで!」
「君が分かってくれただけでいい。僕がガウジでいい」
「警察に行って事情を話そう!」
「警察は敵ばかりだ。行けば勾留中に殺される。ガウジに仕立てられたまま息の根をとめられる」
「力になりたい! あんたを助けたい!」
「同情はいらない――欲しいのは愛だ。僕が出頭するなら君は愛してくれるの」
「愛ってそれは……」
「……正直な反応だね。ねぇ,君の愛を得られるまでは生きていたいよ」
「聞いて――愛にも色々あるよ。一緒に食べて飲んで歌ってバカ騒ぎして意味もなく大笑いする。世間や嫌いな人間を躊躇なく罵倒して心の憂さを吐きだせる関係――そんな関係に私たちはなれると思う」
「僕の望む愛とは違う――」
「え……」
「不自然に短い髪を僕は撫でたい。誰とも視線をあわせない瞳を僕は覗きたい。始終嚙みしめて血の滲む荒れた唇を僕は癒やしたい。何度も何度も何度も何度も繰り返し何度も。僕がそばにいるから,しなやかな髪を梳かし,長い睫毛をあげて澄んだ瞳を輝かせ,情熱的な唇に紅をさす――そうしたいと君の思う関係に僕はなりたい」
デパート店内への侵入を遮断するエントランスホールのガラス張りの果てに,屋上へとのぼるエレベーターがある。近づけば扉があく。何故だろう,一歩が踏みだせない。
「結良!――」ホールと道路を隔てた市内電車のホームに観空が立っている。柵を乗り越え,車列の隙間を縫って道路を横断する。クラクションがけたたましく連打される。白い息を吐きながらあっという間にエレベーターまで達するとネクタイを緩め,上着をもどかしげに脱いだ。「捜したぞ!――聴蝶はおまえに連絡がつかないって言うし――」一瞥を投げてから目色をかえて改めて見なおす。「行くな――」腕を摑まれた。
抱きかかえた花束が落下して弾けて八方へ飛び散ると同時に,手にした携帯が音もなく粉砕され,風化するみたいに消失した。
メールの着信音が鳴る。観空がじわりと腕を離し,自分の携帯を確かめるなり表情を一変させた。「どうしよう,聴蝶が……」
観空の携帯を奪いとった。
結良を呼んでる声のほうへ行ってみる。
屋上へ移動中だよ。
聴蝶のメッセージだった。
即座にメッセージを送信するが,返信がない! エレベーターのボタンを押す。先刻は独りでにあいた扉が一向に動かない――どうして早く! 繰り返しボタンを押した。
「おまえはここにいろ。俺が見てくるから」
「ふざけんな!」観空の胸を突き飛ばし,携帯を投げて返した。
ああ,まだあかない! 早くしろ,このポンコツが!――たまらず扉を蹴ればようやくひらいた。
人の気も知らないで機械はスローペースに浮上していく。
電気の復旧した街は一面の銀世界。一切をのみこみ無に帰そうとするかのように雪はしんしんと降り続けた。
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