6 / 10
6 雪と花の夜
しおりを挟む
「約束したよね――電話すると」
「東帝大学をやめても,別の大学で学問を続けたんだね」
一時の間が流れた。
「ほかにすることがなかったから。僕はスパイ活動の容疑をかけられて半ば追放されるように大学をやめた。君は人間関係に悩んでやめたと言っていたね」
「そう――私,難しい性格だから人とあわないんだ」
「教授に靡かなかったから嫌がらせを受けた」
「全部調査済みか」
「あいつを後悔させてやろう。僕が抹殺してあげる」
「心臓を抉りだして殺す?」
「僕の方法は違う。一生じわじわ苦しめてやるのさ。つまり社会的に抹殺してやる」
「つまらないことに時間を使うのはやめて」
「つまらないこと? 君をアンラッキーな気分にさせた相手さ。僕は許せない」
「本当にやめてよ。後味悪くてもっとアンラッキーになる――でもありがとう。親身になってくれて。どうしてそんなに優しくしてくれるの。境遇の似た者同士,1度話して励ましあっただけなのに」
「君は運命の人だから」
「……話が見えない」
「君は木札を拾ってくれたよね」
大学に退学届を出したあの日,吹き抜けの渡り廊下から日本庭園へ何かを投げようとするが,なかなか思いきれず,結局は自分の足もとにぽとりと小さな木片を落とす男を認めた。アクション映画の一齣から抜けだしたような,胸板が厚く長身で彫りの深い顔だちの男がちまちました行為をするありさまに,どん底の心境なのに噴きだした――
「笑っているの?」
「ごめん,何でもない」
「あれはね,僕のお守りなのさ。中国の村を発つとき,卜占師から貰ったものだ。彼は僕に告げた――木札が運命の人と巡り会わせてくれる。1度会ったきりなら天運に身を任せろ。再度会ったなら絶対にその人を逃すなと。10年もの間,木石のように心を凍らせて君を待ち続けた。そしてようやく再会することができたのさ。君を決して諦めない。運命の愛のためなら僕は何でもする――」
行き過ぎる人々がどよめいた。
あたりが真っ暗だ。街灯もネオンサインも尽く消えている。停電のようだ。
星明かり一つない天から牡丹雪が落ちた。はじめはゆっくり,次第に激しさを増しながら結晶と結晶とが結びあい,全てを浄化していく。白の世界に黒より濃い真紅のユラメキが大量に降り,気高い香りが押し寄せる。薔薇の花びらよ――歓喜のため息は連鎖して無数の時間を同一の異次元へと昇華させつつ降り頻る花弁と雪との綯い交ぜがただ街を埋め尽くした。
「禹錫――あんたはガウジじゃない」
「東帝大学をやめても,別の大学で学問を続けたんだね」
一時の間が流れた。
「ほかにすることがなかったから。僕はスパイ活動の容疑をかけられて半ば追放されるように大学をやめた。君は人間関係に悩んでやめたと言っていたね」
「そう――私,難しい性格だから人とあわないんだ」
「教授に靡かなかったから嫌がらせを受けた」
「全部調査済みか」
「あいつを後悔させてやろう。僕が抹殺してあげる」
「心臓を抉りだして殺す?」
「僕の方法は違う。一生じわじわ苦しめてやるのさ。つまり社会的に抹殺してやる」
「つまらないことに時間を使うのはやめて」
「つまらないこと? 君をアンラッキーな気分にさせた相手さ。僕は許せない」
「本当にやめてよ。後味悪くてもっとアンラッキーになる――でもありがとう。親身になってくれて。どうしてそんなに優しくしてくれるの。境遇の似た者同士,1度話して励ましあっただけなのに」
「君は運命の人だから」
「……話が見えない」
「君は木札を拾ってくれたよね」
大学に退学届を出したあの日,吹き抜けの渡り廊下から日本庭園へ何かを投げようとするが,なかなか思いきれず,結局は自分の足もとにぽとりと小さな木片を落とす男を認めた。アクション映画の一齣から抜けだしたような,胸板が厚く長身で彫りの深い顔だちの男がちまちました行為をするありさまに,どん底の心境なのに噴きだした――
「笑っているの?」
「ごめん,何でもない」
「あれはね,僕のお守りなのさ。中国の村を発つとき,卜占師から貰ったものだ。彼は僕に告げた――木札が運命の人と巡り会わせてくれる。1度会ったきりなら天運に身を任せろ。再度会ったなら絶対にその人を逃すなと。10年もの間,木石のように心を凍らせて君を待ち続けた。そしてようやく再会することができたのさ。君を決して諦めない。運命の愛のためなら僕は何でもする――」
行き過ぎる人々がどよめいた。
あたりが真っ暗だ。街灯もネオンサインも尽く消えている。停電のようだ。
星明かり一つない天から牡丹雪が落ちた。はじめはゆっくり,次第に激しさを増しながら結晶と結晶とが結びあい,全てを浄化していく。白の世界に黒より濃い真紅のユラメキが大量に降り,気高い香りが押し寄せる。薔薇の花びらよ――歓喜のため息は連鎖して無数の時間を同一の異次元へと昇華させつつ降り頻る花弁と雪との綯い交ぜがただ街を埋め尽くした。
「禹錫――あんたはガウジじゃない」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ロクさんの遠めがね ~我等口多美術館館長には不思議な力がある~
黒星★チーコ
ミステリー
近所のおせっかいおばあちゃんとして認知されているロクさん。
彼女には不思議な力がある。チラシや新聞紙を丸めて作った「遠めがね」で見ると、何でもわかってしまうのだ。
また今日も桜の木の下で出会った男におせっかいを焼くのだが……。
※基本ほのぼの進行。血など流れず全年齢対象のお話ですが、事件物ですので途中で少しだけ荒っぽいシーンがあります。
※主人公、ロクさんの名前と能力の原案者:海堂直也様(https://mypage.syosetu.com/2058863/)です。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
シグナルグリーンの天使たち
聖
ミステリー
一階は喫茶店。二階は大きな温室の園芸店。隣には一棟のアパート。
店主やアルバイトを中心に起こる、ゆるりとしたミステリィ。
※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました
応援ありがとうございました!
全話統合PDFはこちら
https://ashikamosei.booth.pm/items/5369613
長い話ですのでこちらの方が読みやすいかも
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる