真実を聞く耳と闇を見る目と―― 富総館結良シリーズ①――

せとかぜ染鞠

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 いつになく金回りがよかった。
 調査を請け負った失踪者は結局ガウジの餌食となっていたが,それでも行方をつきとめてくれたのだからと遺族は相当の謝礼金を払ってくれた。それに加え,ガウジの本名をリークして警察からも褒美を貰った。
 素直に喜べなかった。汚い金のように思えた。
 観空の務めるホストクラブへ行ってボトルを何本も空ける。美少年やセクシーオジに誉めそやされ上機嫌に舞いあがる振りにも疲れ果てていた。
「今夜はおひらきだ――」白いスーツで装って神々しささえ覚える観空が隣に座る。ホストたちが異口同音に口惜しげな文句を並べたてテーブルから散っていく。
「生活費にとっておけよ」
「あんたに貢いでいるんだろうが。今月も売り上げ1位だ!――感謝しろ!」
「うっせえよ――どうせ金に困ったら,うちに転がりこむくせに」
「はーい,はい,感謝していますよ。毎度済みません。聴蝶ちゃんの卵焼きは最高! 観空ちゃんのお味噌汁も最高! あたいは2人がいなけりゃ生きていけません! 2人ともだ~い好きよ!」観空の肩に頭を押しつけた。
「結良――」真面目な声だった。「以前にも言ったけど,聴蝶には普通の結婚をして普通の家庭をもって普通に生きてほしいんだよ」
 グラスを一気に呷り,ボトルに手をのばす。既に空だった。
「おまえにだって幸せになる権利はあるけど,どうにもしてやれねぇって言うかさ,つまり――」
「観空――」彼の言葉を遮った。「分かっているから。あんたの考えは正しい。そして私もあんたと同じ考えだ。更に言えば,あんたにだってもっと普通に生きてほしいよ」
「どういう意味だよ」
「そろそろ誰かを好きになっても彼女は許してくれるよ。それともまだ彼女を忘れられない? 私が彼女なら,あんたが素敵な女性ひとと幸せになることを望むと思う」
 絶望的な表情をする。
「悪い。余計なことを言ったね」
「あのとき決めたから――一生,彼女を背負ってくって」
「そうか,お互い切ないね」立ちあがる。
「結良――」
「何?」
「俺,さっきから何も見ないようにしてる――また,おまえの闇を見てしまいそうで――」
「何だ,今夜は殊勝じゃないか――そんなのらしくないよ」ボーイを呼びとめ,カードを渡す。ホストたちの見送ろうとするのを素に戻り真顔で固辞する。カードを受けとり,逃げるように歓楽街の通りへと出た。
「年が明けたら,おふくろさんの命日だろ。法事に行けよ」背後から言葉をかけられる。「戻ろうと思えば戻れる家が,おまえにはあるんだから」
 4人の兄と姉は全てエリートで立派な家庭を築き,子供ももう大きい。片や末っ子の不良娘は4年も留年した大学を退学し,ニート生活を経て数年前に中年家出したきり幼馴染みを頼りつつ,やさぐれた生活を送っている。そうした状態だから,敷居が高く正面から家に出入りできる身分にない。ただ観空の言うように,自分が恥を忍び周囲に謙虚であれば,戻れない場所ではなかった。
 しかし聴蝶と観空には今の居場所しかない。峰橋みねはしの実家には母親の違う兄弟や姉妹が大勢いるし,親族たちは昔から聴蝶と観空の味方ではなかった。祖父母や小姑たちは2人のことを「偽障害」などと嘲ったし,障害をもったばかりの観空が聴蝶をつれて家を出ると言った際,実の父親さえ安堵したような言動をした。
 2人が実家を出て問題物件の襤褸アパートに住みはじめた夜,私は大量に買いこんだジャンクフードをもちこみ,朝まで歌い続けた。パーティーでもないのに……
 パープルやピンクのネオンに染められながらスーツの色を七変化させる観空が店先に立っていた。群がるギャルたちの誘いを躱しつつ心配げな顔つきでこちらを見ている。
 肩をいからせ胸前で両拳をふるわせてから,両手で屋根をつくり,そのなかに人差指をいれる――寒いから入れと手話で伝える。
 手話を遊びで使うな――いつもならそう怒るのだ。しかし,むかいあわせた2本の人差指を回転させ,縦に並べた両手を前後に振ってから,甲を上むけて水平に置いた左手を右の手刀で切る――手話を覚えてくれてありがとう。
 今夜の観空は変だ。背後から来る視線にいたたまれず,普段は使わない脇道に逸れた。
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