2 / 10
2 真実を聞く耳と闇を見る目と
しおりを挟む
聴蝶と観空が警察署で待っていた。聴蝶が飛びついてくる。亜麻色のつぶらな瞳を細めながら同色のロングヘアーと顎とを小刻みにふるわせ,忙しげに両手を動かしてみせては,片方の手の指先を左右の肩に交互につける。「大丈夫か」の手話だ。
聴蝶はろう者だ。5歳のときに聴力を失った。母親を亡くしたことから来るショックが原因ではないかと疑われた。
見様見真似で覚えた手話を繰り返す――大丈夫。心配ないから。
「全く――どうしておまえはこう事件に関係してしまうんだ? 俺たちまで巻きこまれて迷惑だよ」観空が気怠げに毒を吐いた。彼は聴蝶の双子の兄だ。切れ長の漆黒の瞳を漂わせ,廊下の照明を見あげる。大量の前髪を斜めに垂らした大胆なスタイルの頭が烏羽色に輝く。「夜だから車で来られた。昼だとどうする? 何かあっても俺たちは身動きとれないから」
観空は夜間だけ視力がきく。日中は視界から光を消滅させてしまう。何故そうなってしまったのか高名な医者たちにも分からない。恐らくこれも心的原因に依拠するものらしい。観空が明の世界を見なくなったのは20年前の高校時代に彼の恋人が自殺してからだ。
「おまえ……」観空が私を見た。焦点の定まらない瞳が芯をとりもどし,何かを摑みだす。「影が近づいてくる――おまえに近づいてくる」
びくりとする。背後から聴蝶に両肩を抱かれた。「ああ,ああ……」と声を絞りだす。
人差指をふり,どうしたのかと尋ねる。
聴蝶が手招きをしてから私を指さす。その指が推移して斜め上空を突く――あなたを呼んでる!
「誰が? 誰が呼んでいるの?」
親指を突きたてる――彼よ! 彼が呼んでる! あなたを呼んでる彼の声が聞こえるの!
「だから誰!」
中指の第2関節に親指をあて「K」を形づくると,右から左へ滑らせる。人差指と中指を密着させて縦に並べる。親指を立て人差指と中指を横むきにのばすと,右から左へ移動させる。ガウジ――指文字はそう伝えた。
聴蝶は真実を聞き,観空は闇を見る。それは到来する時の声を察知し,危機を洞察する力でもある。2人の聞いて見たことは現実のものとなるのだ。
聴蝶はろう者だ。5歳のときに聴力を失った。母親を亡くしたことから来るショックが原因ではないかと疑われた。
見様見真似で覚えた手話を繰り返す――大丈夫。心配ないから。
「全く――どうしておまえはこう事件に関係してしまうんだ? 俺たちまで巻きこまれて迷惑だよ」観空が気怠げに毒を吐いた。彼は聴蝶の双子の兄だ。切れ長の漆黒の瞳を漂わせ,廊下の照明を見あげる。大量の前髪を斜めに垂らした大胆なスタイルの頭が烏羽色に輝く。「夜だから車で来られた。昼だとどうする? 何かあっても俺たちは身動きとれないから」
観空は夜間だけ視力がきく。日中は視界から光を消滅させてしまう。何故そうなってしまったのか高名な医者たちにも分からない。恐らくこれも心的原因に依拠するものらしい。観空が明の世界を見なくなったのは20年前の高校時代に彼の恋人が自殺してからだ。
「おまえ……」観空が私を見た。焦点の定まらない瞳が芯をとりもどし,何かを摑みだす。「影が近づいてくる――おまえに近づいてくる」
びくりとする。背後から聴蝶に両肩を抱かれた。「ああ,ああ……」と声を絞りだす。
人差指をふり,どうしたのかと尋ねる。
聴蝶が手招きをしてから私を指さす。その指が推移して斜め上空を突く――あなたを呼んでる!
「誰が? 誰が呼んでいるの?」
親指を突きたてる――彼よ! 彼が呼んでる! あなたを呼んでる彼の声が聞こえるの!
「だから誰!」
中指の第2関節に親指をあて「K」を形づくると,右から左へ滑らせる。人差指と中指を密着させて縦に並べる。親指を立て人差指と中指を横むきにのばすと,右から左へ移動させる。ガウジ――指文字はそう伝えた。
聴蝶は真実を聞き,観空は闇を見る。それは到来する時の声を察知し,危機を洞察する力でもある。2人の聞いて見たことは現実のものとなるのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
virtual lover
空川億里
ミステリー
人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。
が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。
主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる