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9 救世主?
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客室に入った。乗客たちにうまく溶けこむつもりが,正装した人々にまじり,ジーンズとウインドブレーカーの中年短髪女が歩いていては甚だ人目をひいてしまう。外国紳士たちは冷たい視線を浴びせるでもなく,にこやかに会釈をしてくれる――洗練された彼らと違い阿呆な日本男児がいる。ああ,恥ずかしい。おまえは日本の恥だ。ネクタイを頭に蝶々結びするのはよしてくれ。その目張りの入ったみたいな両眼と平たい小鼻のひくつく顔面を力任せに殴ったろか……
自分の目を疑った――
舞台の上に10メートル四方のスクリーンが設置されている。スクリーンには大御所女性演歌歌手の桜吹雪に佇む姿が映し出される。それを背景してスタンドマイクに口を寄せ,花弁の乱舞するさまでも表現しているつもりなのか,両手で空を搔きまぜながら音程の狂った歌を披露するお間抜けボーイは紛れもなく山田なのだ。
舞台下にはイスラム圏の男性たちが群れて大喜びしている。彼らのアイドルが何かするたびに,身に纏うトーブと,イガールで頭に固定するシュマッグがひらひら翻った。
山田に気づかれないように姿勢を低めて前進する。舞台によじのぼり,垂れさがる幾重ものカーテンに隠れつつ,スクリーンへと接近していく。
突然音痴な歌がやんだ。「聴蝶さん?――」
え?……
「聴蝶さんじゃありませんか!」山田が歓喜の声をあげる――
客室の出入口に聴蝶が突っ立っている。
乗客たちの視線が集中するなり,聴蝶は絞り出すような言葉を発した。それは私だけに分かる私の名だ。
舞台を滑りおり,聴蝶のもとへ走り寄る。
「えっ,えっ,富総館さん? 富総館さんと聴蝶さん? どういうことよ? 何よ,これ――」マイクを通して素っ頓狂な声が木霊する。
「全部ばれた!――乙が刺された!」聴蝶は自分の首を突き刺してみせる。「結良がすぐ戻らないと,乙の作動装置をとめてしまうって――」そう手話で伝えて泣き崩れてしまう。
「分かった――爆弾のコードを切ったらすぐ戻るから――」両手を慌ただしく動かした。
ぎゃああっと発狂したみたいに聴蝶が頭を搔き毟る。その体を強く揺さ振り,無理やり顔面をあげさせる。「落ち着いて――」指先を近づけた両掌を下むけて胸から腹へとおろしていく。
激しく肩を上下しながら,聴蝶は震える指で状況を伝えた――あいつ,すぐそこにいる。客室のすぐ外に。あたしと結良が戻らないと即刻,乙――殺される。「ああっうああっう……」がたがた震えて悲鳴をあげる。
「分かった,すぐ戻ろう!――」
聴蝶を抱いて客室を出る間際に手話で伝えた――浄党聖署の権名頭に連絡しろ。瀬戸内海域に不審船舶。上空の飛行船に爆破の陰謀あり。
山田の読みとり力に望みをかけた。
自分の目を疑った――
舞台の上に10メートル四方のスクリーンが設置されている。スクリーンには大御所女性演歌歌手の桜吹雪に佇む姿が映し出される。それを背景してスタンドマイクに口を寄せ,花弁の乱舞するさまでも表現しているつもりなのか,両手で空を搔きまぜながら音程の狂った歌を披露するお間抜けボーイは紛れもなく山田なのだ。
舞台下にはイスラム圏の男性たちが群れて大喜びしている。彼らのアイドルが何かするたびに,身に纏うトーブと,イガールで頭に固定するシュマッグがひらひら翻った。
山田に気づかれないように姿勢を低めて前進する。舞台によじのぼり,垂れさがる幾重ものカーテンに隠れつつ,スクリーンへと接近していく。
突然音痴な歌がやんだ。「聴蝶さん?――」
え?……
「聴蝶さんじゃありませんか!」山田が歓喜の声をあげる――
客室の出入口に聴蝶が突っ立っている。
乗客たちの視線が集中するなり,聴蝶は絞り出すような言葉を発した。それは私だけに分かる私の名だ。
舞台を滑りおり,聴蝶のもとへ走り寄る。
「えっ,えっ,富総館さん? 富総館さんと聴蝶さん? どういうことよ? 何よ,これ――」マイクを通して素っ頓狂な声が木霊する。
「全部ばれた!――乙が刺された!」聴蝶は自分の首を突き刺してみせる。「結良がすぐ戻らないと,乙の作動装置をとめてしまうって――」そう手話で伝えて泣き崩れてしまう。
「分かった――爆弾のコードを切ったらすぐ戻るから――」両手を慌ただしく動かした。
ぎゃああっと発狂したみたいに聴蝶が頭を搔き毟る。その体を強く揺さ振り,無理やり顔面をあげさせる。「落ち着いて――」指先を近づけた両掌を下むけて胸から腹へとおろしていく。
激しく肩を上下しながら,聴蝶は震える指で状況を伝えた――あいつ,すぐそこにいる。客室のすぐ外に。あたしと結良が戻らないと即刻,乙――殺される。「ああっうああっう……」がたがた震えて悲鳴をあげる。
「分かった,すぐ戻ろう!――」
聴蝶を抱いて客室を出る間際に手話で伝えた――浄党聖署の権名頭に連絡しろ。瀬戸内海域に不審船舶。上空の飛行船に爆破の陰謀あり。
山田の読みとり力に望みをかけた。
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