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3 テロリストの元ヤクザ
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雨音に紛れて整理整頓をしていた。座敷から一番遠く離れた東南の部屋に移るつもりでいた。ゴミ袋の補充をするために廊下へ出たところで来客の存在に気づく。
ずぶ濡れの刑事たちと賀之歌が玄関で立ち話をしている。
「こっちは暇じゃねぇんだ。ったく,なんで,あんな奴らの話なんかきかせてやんなきゃいけねぇのか――」
刑事たちが平身低頭して詫びつつ協力を求めた。
「死んでからも大迷惑かけられるなんて思ってもみませんでしたよ。俺らみてぇなヤベェのが出入りするようになったんで,この家の人間に嫌がらせできなくなった。その結果,鬱憤が爆発して今回の事件に結びついたっていう簡単な話でしょう」
隣人の発達障害を有する少年と祖父との口論から家族を巻きこむ暴力沙汰へと発展し,ついには互いをめった刺しにして全員が亡くなってしまったという。
「そもそも夏山が隣人家族の嫌がらせを相談した際,民事不介入とかで対処もしねぇで,村を出ていくよう勧めた警察の対応に問題があったんですよ。最初からきちっと対処してれば,今回みてぇな事件は起こらなかったんですからね」
刑事たちが尤もだと相槌を打ち,夏山家の住人構成とそれぞれの職業を尋ねた。
「なんだと?――なんで隣の迷惑家族が事件を起こしたせいで俺らのプライバシーまで侵害されなきゃなんねぇんだよ――何か? 俺ら疑われてんの?」
周辺住民全員にきいていると刑事が愛想笑いを浮かべた。
「病人とその介護人だよ。病人は当然無職だ。俺は休職中で,宅配サービスのバイトをしてる……ああ?……本職は何かって? ロシュギャンルーレットの社員さ」
刑事たちの表情が強張った。
「そうだよ,例の傭兵組織さ。世間じゃテロリスト集団とか言ってっけどよ,合法的な傭兵派遣会社だぜ――ああ,やっぱテロリストかな? 某国の原子炉を破壊したのがうちの傭兵とかで,国連が大騒ぎしてるぐれぇだから。そのせいで会社は営業停止を食らっちまったよ――これ,迷惑隣人の事件と関係ある?」
長身でがたいのよい賀之歌が1人の刑事を見おろし,もう1人の肩を叩いた。「もう引きとってくれねぇか。署長に宜しくな――ヤクザ時代に色々あった仲だ」
刑事といれかわりに医者が遣ってきた。入院の話が出たが,弟が断固拒否した。自宅で息を引き取りたいと言うのだ。
医者から週に2度の訪問を受ける在宅医療が決まり,病院にいたときと同様に輸液の処置も施された。
弟は日増しに美しくなっていった。透過するような肌に際立つ真紅の唇をうっすらあけて虚ろな瞳を上向けるさまや,中性的な細い手指の微妙な動かし方も,計算し尽くされたみたいに艶めかしく見えた。
しかし逆にどんどん無口になった。賀之歌が話しかけても眼中にないようにぼんやり虚空を眺めたまま,いつまでも押し黙っている時間が増えた。
賀之歌の苛立ちを募らせる胸中が傍目にも知れた。
キッチンにいるとき金属製の物質の転倒する音が響いた。また座敷で揉めている。わっと火のついたみたいな泣き声があがる。弟の声だ。小さな子供の駄々を捏ねるような泣き方をする。
賀之歌がシャツをズボンにいれながらキッチンへ来て水道の栓を捻るとコップもつかわず水流から直線飲んだ。
食べかけの皿を置いたまま出ていこうとすれば,すぐに座敷へ戻るので食事を続けろとぞんざいな口をきかれる。共同生活をはじめた時分は弟の前でだけ敬語を使っていたが,今ではそれもない。弟より5歳,私より15歳も年下のくせして――生活を支えてもらっているのだから当然かもしれないが。
「何,何――意識しちゃってんの? ない,ない,ない,ぜってぇないから,あんたみたくクソ女。ハルに相手にされねぇからって誰でもいいってわけじゃねぇよ」
弟の泣き声がやんだ。
キッチンのスリッパを脱いで廊下へ出ようとした。
「怒ったのかよ。ハルに告げ口すんなよ」声を潜める。「姉貴なんだしよ,あんたからも諭しちゃくれねぇか? 口をひらけば,死にてぇ死にてぇ――その一点張りなんだ。ハルには調子のいいこと言ってけどよ,あいつが死んだら,あんたの面倒なんか見ねぇぜ。あんたもそれじゃ困るだろ。だからハルが長生きしてぇって思うようにさせてくれよ」
今の話をぶちまけてやる!――
「……ヤベェ……あんた,言いつけるつもりかよ。そんなことしてみろ,ハルの体に障るぞ」ズボンのポケットをまさぐり,抜き出した紙幣を突きつける。「ほい――」
一体なんの真似だ?……
「足んねぇのかよ」舌打ちする。「姉弟揃って欲ぶけぇな……」2枚付け足し,眼前でひらひらさせる。「喋んなよ」
口止め料というわけなのだ。プライドのある人間ならば,そんなものは受け取らない。でも――
「それでいい」にやりと笑う賀之歌の足もとを横目で見ながら収得物をしまって,弟専用のスリッパを指差した。「キッチンでは履いてもらえませんか」
ずぶ濡れの刑事たちと賀之歌が玄関で立ち話をしている。
「こっちは暇じゃねぇんだ。ったく,なんで,あんな奴らの話なんかきかせてやんなきゃいけねぇのか――」
刑事たちが平身低頭して詫びつつ協力を求めた。
「死んでからも大迷惑かけられるなんて思ってもみませんでしたよ。俺らみてぇなヤベェのが出入りするようになったんで,この家の人間に嫌がらせできなくなった。その結果,鬱憤が爆発して今回の事件に結びついたっていう簡単な話でしょう」
隣人の発達障害を有する少年と祖父との口論から家族を巻きこむ暴力沙汰へと発展し,ついには互いをめった刺しにして全員が亡くなってしまったという。
「そもそも夏山が隣人家族の嫌がらせを相談した際,民事不介入とかで対処もしねぇで,村を出ていくよう勧めた警察の対応に問題があったんですよ。最初からきちっと対処してれば,今回みてぇな事件は起こらなかったんですからね」
刑事たちが尤もだと相槌を打ち,夏山家の住人構成とそれぞれの職業を尋ねた。
「なんだと?――なんで隣の迷惑家族が事件を起こしたせいで俺らのプライバシーまで侵害されなきゃなんねぇんだよ――何か? 俺ら疑われてんの?」
周辺住民全員にきいていると刑事が愛想笑いを浮かべた。
「病人とその介護人だよ。病人は当然無職だ。俺は休職中で,宅配サービスのバイトをしてる……ああ?……本職は何かって? ロシュギャンルーレットの社員さ」
刑事たちの表情が強張った。
「そうだよ,例の傭兵組織さ。世間じゃテロリスト集団とか言ってっけどよ,合法的な傭兵派遣会社だぜ――ああ,やっぱテロリストかな? 某国の原子炉を破壊したのがうちの傭兵とかで,国連が大騒ぎしてるぐれぇだから。そのせいで会社は営業停止を食らっちまったよ――これ,迷惑隣人の事件と関係ある?」
長身でがたいのよい賀之歌が1人の刑事を見おろし,もう1人の肩を叩いた。「もう引きとってくれねぇか。署長に宜しくな――ヤクザ時代に色々あった仲だ」
刑事といれかわりに医者が遣ってきた。入院の話が出たが,弟が断固拒否した。自宅で息を引き取りたいと言うのだ。
医者から週に2度の訪問を受ける在宅医療が決まり,病院にいたときと同様に輸液の処置も施された。
弟は日増しに美しくなっていった。透過するような肌に際立つ真紅の唇をうっすらあけて虚ろな瞳を上向けるさまや,中性的な細い手指の微妙な動かし方も,計算し尽くされたみたいに艶めかしく見えた。
しかし逆にどんどん無口になった。賀之歌が話しかけても眼中にないようにぼんやり虚空を眺めたまま,いつまでも押し黙っている時間が増えた。
賀之歌の苛立ちを募らせる胸中が傍目にも知れた。
キッチンにいるとき金属製の物質の転倒する音が響いた。また座敷で揉めている。わっと火のついたみたいな泣き声があがる。弟の声だ。小さな子供の駄々を捏ねるような泣き方をする。
賀之歌がシャツをズボンにいれながらキッチンへ来て水道の栓を捻るとコップもつかわず水流から直線飲んだ。
食べかけの皿を置いたまま出ていこうとすれば,すぐに座敷へ戻るので食事を続けろとぞんざいな口をきかれる。共同生活をはじめた時分は弟の前でだけ敬語を使っていたが,今ではそれもない。弟より5歳,私より15歳も年下のくせして――生活を支えてもらっているのだから当然かもしれないが。
「何,何――意識しちゃってんの? ない,ない,ない,ぜってぇないから,あんたみたくクソ女。ハルに相手にされねぇからって誰でもいいってわけじゃねぇよ」
弟の泣き声がやんだ。
キッチンのスリッパを脱いで廊下へ出ようとした。
「怒ったのかよ。ハルに告げ口すんなよ」声を潜める。「姉貴なんだしよ,あんたからも諭しちゃくれねぇか? 口をひらけば,死にてぇ死にてぇ――その一点張りなんだ。ハルには調子のいいこと言ってけどよ,あいつが死んだら,あんたの面倒なんか見ねぇぜ。あんたもそれじゃ困るだろ。だからハルが長生きしてぇって思うようにさせてくれよ」
今の話をぶちまけてやる!――
「……ヤベェ……あんた,言いつけるつもりかよ。そんなことしてみろ,ハルの体に障るぞ」ズボンのポケットをまさぐり,抜き出した紙幣を突きつける。「ほい――」
一体なんの真似だ?……
「足んねぇのかよ」舌打ちする。「姉弟揃って欲ぶけぇな……」2枚付け足し,眼前でひらひらさせる。「喋んなよ」
口止め料というわけなのだ。プライドのある人間ならば,そんなものは受け取らない。でも――
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