枝を交はす

おとちん

文字の大きさ
上 下
1 / 1

第一話

しおりを挟む
 
 ドッカァアァァァァァァーン!

 大気をつんざく爆音が山間部に轟く。
 黒煙があがった。焔が立ち昇り天を焦がす。
 爆ぜたのは軽油を保管していたドラム缶である。
 どうやら誰かが無茶をしたようだ。
 坂の上からガランゴロンと蹴り転がしたドラム缶に、ライターで火を放ったらしい。
 轟っと熱波をまとい紅蓮が地を駆け抜ける。その様はまるで炎の大蛇が這っているかのよう。
 運悪く火の洗礼を浴びた者が、火だるまになりながら「ぎゃーっ!」
 生きながら焼かれ、苦しさのあまりのたうちまわるもので、さらに飛び火しては、被害が大きくなっていく。

 さらに拡大の一途をたどる村の喧騒。
 もはや理性は死んだ。
 倫理観なんぞはもとから希薄だ。
 そして村人ははなから純朴なんぞではない。小狡くしたたかで、ひと皮むけばそこいらの野生動物と似たり寄ったり。
 一見するとおとなしく従順そうな見た目に騙されてはいけない。
 じつは、めちゃくちゃ我が強かったりするし、沸点もわりと低い。マジでしょうもないことに腹を立てては延々と根に持ったりもする。
 そのあたりの見極めを誤ったのか? 数での劣勢もあり、アルカ・ファミリア財団側はいまひとつ攻め切れていない。
 そこへめくりさま関連がチャチャを入れるものだから、事態はより混迷の度合いを深めるばかり。

 もはや戦場と化しつつある村。
 それを横目に、僕たちは山の中をこそこそ移動する。
 タケさんほどこの一帯の山に詳しい人はいない。またヴァンパイアハンターとして、来たるべき決戦に備えて、あらかじめ経路を想定していた。熟練の老狩人の行動に迷いはない。
 僕たちは誰に見咎められることもなく、館の裏手までやってこれた。

  ◇

 暗闇のなかにそびえ立つ白亜の建物。
 新生・閑古鳥の館は静まりかえっており、明かりの類は点いていない。
 寝静まっているかのようだが違う。そもそもの話、夜目が利く吸血鬼にとって、屋内照明なんぞは必要ないのだ。
 ……にしてもなんという息苦しさであろうか、もの凄いプレッシャーだ。就職活動で体験した圧迫面接なんぞ目じゃないぞ。
 肌がひりつき、自然と顔が強張る。
 外からでもわかる異様な気配――奴はいる! 館の女主人が在宅中なのは確か。

「ねえ、タケさん。ここまできておいてなんだけど……、吸血鬼の女ボスを倒す算段って、ちゃんとあるんだよね?」
「……いちおう、あるにはある」
「なに、その含みのある言い方……。ちなみにだけど、どうやって倒すの?」
「……基本的には人の場合と同じだ。急所をズドンと潰す。ただし連中はしぶとい。何度でも蘇ってくる。だからひたすら殺す。
 殺して、殺して、殺して、殺して……相手の心が折れて、連中の魂が擦り切れて完全に無くなっちまうまで、とにかく殺りまくる」

 高い不死性を誇り、超人的な力を有し、さらには数々の異能をも駆使するようなボスキャラ相手に、たったのライフ1で挑んだあげくに、最後は我慢比べときたもんだ。
 聞くんじゃなかった……不安しかない。
 なんとなく流されるままについてきたけれども、僕は内心かなり後悔している。

 僕とタケさんは裏庭を横切り、建物沿いを慎重に進む。
 あいにくと勝手口にはしっかり施錠されていた。
 頑丈そうな扉にて強引に破るのは難しそう。ならば適当な窓を割って侵入しようと試みるも、一階の窓にはすべてハメ殺しの鉄格子がしてあった。こじ開けるのには工具類が必要だ。
 もう、こうなったら正面から堂々と乗り込むしかない。
 腹を括って僕たちは玄関の大扉の方へと向かうも――

 ジャリ……
  ジャリ……
   ジャリ……

 向こうから近づいてくる足音がある。
 すわ、番犬でも放していたか!
 タケさんはすぐに迎撃態勢をとった。僕もあたふた続く。なお僕の手には新たな散弾銃が握られている。タケさんはいざという時のために、周辺に備蓄だけでなく武器類も隠していたのだ。

 じきに庭園灯の明かりの向こう、暗がりの中にぼんやりと浮かび上がったのはひとつの青白い顔であった。
 あらわれた相手に、僕はほっとして銃口をさげる。
 誰かとおもえば衛であった。
 こいつも啓介と同じくサレスに心酔し傾倒しているようだが、執事として仕えていた姿からして、せいぜい傀儡にて。
 眷属だったら激戦必至だけれども傀儡はただの操り人形、基本スペックはそのまま。それに啓介は大柄で屈強な男であったが、衛の体格はしゅっとしている。これならば制圧するのはたやすい。
 いや、もしかしたら村の惨状を目の当たりにして、さすがに目が醒めたかも。
 ……なんぞと僕は期待していたのだけれども、それは甘かった。

 よくよく見てみると、衛の顔の位置がずいぶんと低い。
 それこそ僕の腰ぐらいの高さしかない。
 まるで四つん這いになっているよう。
 いいや、事実、衛は地面に這っていた。
 ただし、四つん這いではなくて、腕が四本に足が四本だから――八つん這いっ!
 でも蜘蛛とは違って、体はドーベルマンっぽいから、やっぱり番犬で正しいのか?
 動くたびに、体表に細かいヒビが入り、ポロポロと欠片が剥がれ落ちていく。

 眷属の成り損ない――屍食鬼。

 顔以外はすっかり見る影もなく浅ましい姿に成り果てた、かつての同級生に、僕は顎がはずれんばかりに驚いた。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

座頭軍師ー花巻城の夜討ちー

不来方久遠
歴史・時代
 関ヶ原の合戦のさなかに起こった覇権を画策するラスボス伊達政宗による南部への侵攻で、花巻城を舞台に敵兵500対手勢わずか12人の戦いが勃発した。  圧倒的な戦力差で攻める敵と少数ながらも城を守る南部の柔よく剛を制す知恵比べによる一夜の攻防戦。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

漆黒の碁盤

渡岳
歴史・時代
正倉院の宝物の一つに木画紫檀棊局という碁盤がある。史実を探ると信長がこの碁盤を借用したという記録が残っている。果して信長はこの碁盤をどのように用いたのか。同時代を生き、本因坊家の始祖である算砂の視点で物語が展開する。

尾張名古屋の夢をみる

神尾 宥人
歴史・時代
天正十三年、日の本を突如襲った巨大地震によって、飛州白川帰雲城は山津波に呑まれ、大名内ヶ島家は一夜にして滅びた。家老山下時慶の子・半三郎氏勝は荻町城にあり難を逃れたが、主家金森家の裏切りによって父を殺され、自身も雪の中に姿を消す。 そして時は流れて天正十八年、半三郎の身は伊豆国・山中城、太閤秀吉による北条征伐の陣中にあった。心に乾いた風の吹き抜ける荒野を抱えたまま。おのれが何のために生きているのかもわからぬまま。その道行きの先に運命の出会いと、波乱に満ちた生涯が待ち受けていることなど露とも知らずに。 家康の九男・義直の傅役(もりやく)として辣腕を揮い、尾張徳川家二百六十年の礎を築き、また新府・名古屋建設を主導した男、山下大和守氏勝。歴史に埋もれた哀しき才人の、煌めくばかりに幸福な生涯を描く、長編歴史小説。

白狼 白起伝

松井暁彦
歴史・時代
時は戦国時代。 秦・魏・韓・趙・斉・楚・燕の七国が幾星霜の戦乱を乗り越え、大国と化し、互いに喰らう混沌の世。 一条の光も地上に降り注がない戦乱の世に、一人の勇者が生まれ落ちる。 彼の名は白起《はくき》。後に趙との大戦ー。長平の戦いで二十四万もの人間を生き埋めにし、中国史上、非道の限りを尽くした称される男である。 しかし、天下の極悪人、白起には知られざる一面が隠されている。彼は秦の将として、誰よりも泰平の世を渇望した。史実では語られなかった、魔将白起の物語が紡がれる。   イラスト提供 mist様      

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

春嵐に黄金の花咲く

ささゆき細雪
歴史・時代
 ――戦国の世に、聖母マリアの黄金(マリーゴールド)の花が咲く。  永禄十二年、春。  キリスト教の布教と引き換えに、通訳の才能を持つ金髪碧眼の亡国の姫君、大内カレンデュラ帆南(はんな)は養父である豊後国の大友宗麟の企みによってときの覇王、織田信長の元に渡された。  信長はその異相ゆえ宣教師たちに育てられ宗麟が側室にしようか悩んだほど美しく成長した少女の名を帆波(ほなみ)と改めさせ、自分の娘、冬姫の侍女とする。  十一歳の冬姫には元服を迎えたばかりの忠三郎という許婚者がいた。信長の人質でありながら小姓として働く彼は冬姫の侍女となった帆波を間諜だと言いがかりをつけてはなにかと喧嘩をふっかけ、彼女を辟易とさせていた。  が、初夏に当時の同朋、ルイスが帆波を必要だと岐阜城を訪れたことで、ふたりの関係に変化が――?  これは、春の嵐のような戦乱の世で花開いた、黄金(きん)色の花のような少女が織りなす恋の軌跡(ものがたり)。

流浪の太刀

石崎楢
歴史・時代
戦国、安土桃山時代を主君を変えながら生き残った一人の侍、高師直の末裔を自称する高師影。高屋又兵衛と名を変えて晩年、油問屋の御隠居となり孫たちに昔話を語る毎日。その口から語られる戦国の世の物語です。

処理中です...