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38.ニコラスの絶望
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「トーマスさん、ニコラス様がお呼びよ」
「かしこまりました」
平静を装い、指示された部屋に行く。そこは、トムが最初にニコラスに見つかった場所のすぐ近くだった。
「お待たせいたしました。ご用件を伺います」
「上手く化けたものだね。本名はトムだっけ? お前の目的はなんだ?」
余裕のないニコラスのイラついた様子を見て、トムは主人の作戦成功を確信した。
「目的ですか?」
「質問は許さない」
「そうは言われましても、なんのことだか分かりません」
「お前の正体は分かっている! お前の名前はトム・サンダースだな!」
「違います」
今は公爵家の養子になったので、トムの名前はトム・サンダースではない。トムが嘘を吐いていないと分かったニコラスは混乱した。
「ニコラス様は私の事をお調べになったのでしょう?」
「調べたさ! お前が渡した手紙をすぐ検閲しなかったせいで、全てが台無しだ」
ニコラスが手紙を読んだのは、トムがエドガーにアルフレッドの行方を知らせてから丸一日経過してからだった。手紙を読んだニコラスは慌ててアルフレッドの所に行ったが、アルフレッドは行方不明になってしまった。エドガーが、すぐに人を手配してアルフレッドを連れ出していたのだ。アルフレッドの不在はすぐに国王に報告され、国王は弟を呼び出した。兄から詰問されても、エドガーは変わらない笑みを浮かべていた。ニコラスがなんとか手掛かりを探ろうと動き、トムにたどり着くまで一週間かかった。
「台無しとは?」
「もう、アルフレッドが王になれる未来はない」
「彼は王太子でしょう?」
「再教育中に抜け出す王族は、裁定者が認めない! いっそ閉じ込めてしまえば、良かった!」
「どうして、アルフレッド殿下をきちんと幽閉しなかったのですか?」
「裁定者から手紙が来たからだ! 閉じ込めてしまえば、それだけの器しかないと見做されアルフレッドは消されてしまう!あれが、最後のチャンスだった。アルフレッドが改心すれば……」
「改心なんて、しませんよ。そんなに焦っておられるなんて、国王の下に裁定者から最終警告でも来ましたか?」
トムがニヤリと笑うと、ニコラスはがっくりと肩を落とした。
「その通りだ。お前、嘘は吐いていないよな?」
「嘘を見破れる人の前で嘘を吐くほど、考えなしではありませんよ」
「そうか……アルフレッドが王になる日を待ち望んでいたのに……」
「ミランダ様を犠牲にするような男が国をまとめられると思っておられるのですか?」
「……ミランダ様には申し訳ないと思っていた。だけど、アルフレッドを支えられるのは彼女しかいなかった。エドガー様は、厳しいお方だ。国王陛下と年齢が離れておられるから、エドガー様の治世は長く続くだろう。お子はエドガー様に似て優秀だから、アルフレッドが後を継ぐ未来は確実にない。あの方が王になれば、今までやってきた仕事が無駄になる」
「元々無駄な仕事だったのですよ。不要な仕事は無くせばいい」
「効率主義の権化のようなあの方なら間違いなくそうする! だが、それでどれだけの者が仕事を失うと思う? 無駄に思える仕事にも、多くの人々の生活が懸かっている!」
「だから……アルフレッド殿下に王になって欲しかったのですね?」
「そうだ! アルフレッドは怠け者だが、愚かではない! 我々が支え、上手く導いてやれば、立派な王になった筈だ!」
「その為にミランダ様の人生をあんな馬鹿に捧げろと?」
トムの殺気を浴びたニコラスが、笑いだした。
「はは……そうか、お前はミランダ様と繋がりがあったのだな?」
「ええ、俺はミランダ様の幼馴染です。王家が余計な事をしなければ、ミランダ様があんなに苦しむことはなかった。俺は、アルフレッド殿下を許せない。ミランダ様が苦しんでいると知っていても見て見ぬふりをした貴方も、役人たちも、国王も王妃も許せない」
「エドガー様だって、同じだろう!」
「同じじゃないです。エドガー様は、いつもアルフレッド殿下を諫めていた。国王が言わないことを、何度も言っていた。それで動かなかったのはアルフレッド殿下の落ち度だ! 王家に振り回されたミランダの幸せを全力でバックアップすると言ってくれたのはエドガー様だけです。ニコラス様は、ミランダ様の幸せを考えた事がありますか?」
ニコラスは無言になり、トムはニコラスを睨み続けた。長い沈黙が場を支配し続けた。どのくらい時間が経過したか分からなくなった頃、ニコラスがため息を吐いた。
「ないな。こうなった責任は、我々にもある……か。アルフレッドに……ミランダ様を大事にしないと裁定者が動くと言えばよかった……」
「裁定者はそんなに甘くありませんよ。そんなハリボテ、見破るに決まっている」
「……まさか、お前が裁定者か?」
「いいえ。俺は裁定者じゃありません。でも分かります。裁定者も怒っています」
「そう、か。アルフレッド……いや、我々は……間違えたのだな。今から五年で挽回するのは無理だ」
「おめでたいですね。警告はとっくの昔に来ていましたよ。もう、タイムリミットです。貴方が庇おうとしている男は、長年仕え続けた貴女の忠告を無視して初対面で甘い言葉を言う俺を信じました。王の器ではない」
ニコラスは絶望して気付いた。ミランダも同じ、いや、もっと深い絶望を味わったのだと。
「かしこまりました」
平静を装い、指示された部屋に行く。そこは、トムが最初にニコラスに見つかった場所のすぐ近くだった。
「お待たせいたしました。ご用件を伺います」
「上手く化けたものだね。本名はトムだっけ? お前の目的はなんだ?」
余裕のないニコラスのイラついた様子を見て、トムは主人の作戦成功を確信した。
「目的ですか?」
「質問は許さない」
「そうは言われましても、なんのことだか分かりません」
「お前の正体は分かっている! お前の名前はトム・サンダースだな!」
「違います」
今は公爵家の養子になったので、トムの名前はトム・サンダースではない。トムが嘘を吐いていないと分かったニコラスは混乱した。
「ニコラス様は私の事をお調べになったのでしょう?」
「調べたさ! お前が渡した手紙をすぐ検閲しなかったせいで、全てが台無しだ」
ニコラスが手紙を読んだのは、トムがエドガーにアルフレッドの行方を知らせてから丸一日経過してからだった。手紙を読んだニコラスは慌ててアルフレッドの所に行ったが、アルフレッドは行方不明になってしまった。エドガーが、すぐに人を手配してアルフレッドを連れ出していたのだ。アルフレッドの不在はすぐに国王に報告され、国王は弟を呼び出した。兄から詰問されても、エドガーは変わらない笑みを浮かべていた。ニコラスがなんとか手掛かりを探ろうと動き、トムにたどり着くまで一週間かかった。
「台無しとは?」
「もう、アルフレッドが王になれる未来はない」
「彼は王太子でしょう?」
「再教育中に抜け出す王族は、裁定者が認めない! いっそ閉じ込めてしまえば、良かった!」
「どうして、アルフレッド殿下をきちんと幽閉しなかったのですか?」
「裁定者から手紙が来たからだ! 閉じ込めてしまえば、それだけの器しかないと見做されアルフレッドは消されてしまう!あれが、最後のチャンスだった。アルフレッドが改心すれば……」
「改心なんて、しませんよ。そんなに焦っておられるなんて、国王の下に裁定者から最終警告でも来ましたか?」
トムがニヤリと笑うと、ニコラスはがっくりと肩を落とした。
「その通りだ。お前、嘘は吐いていないよな?」
「嘘を見破れる人の前で嘘を吐くほど、考えなしではありませんよ」
「そうか……アルフレッドが王になる日を待ち望んでいたのに……」
「ミランダ様を犠牲にするような男が国をまとめられると思っておられるのですか?」
「……ミランダ様には申し訳ないと思っていた。だけど、アルフレッドを支えられるのは彼女しかいなかった。エドガー様は、厳しいお方だ。国王陛下と年齢が離れておられるから、エドガー様の治世は長く続くだろう。お子はエドガー様に似て優秀だから、アルフレッドが後を継ぐ未来は確実にない。あの方が王になれば、今までやってきた仕事が無駄になる」
「元々無駄な仕事だったのですよ。不要な仕事は無くせばいい」
「効率主義の権化のようなあの方なら間違いなくそうする! だが、それでどれだけの者が仕事を失うと思う? 無駄に思える仕事にも、多くの人々の生活が懸かっている!」
「だから……アルフレッド殿下に王になって欲しかったのですね?」
「そうだ! アルフレッドは怠け者だが、愚かではない! 我々が支え、上手く導いてやれば、立派な王になった筈だ!」
「その為にミランダ様の人生をあんな馬鹿に捧げろと?」
トムの殺気を浴びたニコラスが、笑いだした。
「はは……そうか、お前はミランダ様と繋がりがあったのだな?」
「ええ、俺はミランダ様の幼馴染です。王家が余計な事をしなければ、ミランダ様があんなに苦しむことはなかった。俺は、アルフレッド殿下を許せない。ミランダ様が苦しんでいると知っていても見て見ぬふりをした貴方も、役人たちも、国王も王妃も許せない」
「エドガー様だって、同じだろう!」
「同じじゃないです。エドガー様は、いつもアルフレッド殿下を諫めていた。国王が言わないことを、何度も言っていた。それで動かなかったのはアルフレッド殿下の落ち度だ! 王家に振り回されたミランダの幸せを全力でバックアップすると言ってくれたのはエドガー様だけです。ニコラス様は、ミランダ様の幸せを考えた事がありますか?」
ニコラスは無言になり、トムはニコラスを睨み続けた。長い沈黙が場を支配し続けた。どのくらい時間が経過したか分からなくなった頃、ニコラスがため息を吐いた。
「ないな。こうなった責任は、我々にもある……か。アルフレッドに……ミランダ様を大事にしないと裁定者が動くと言えばよかった……」
「裁定者はそんなに甘くありませんよ。そんなハリボテ、見破るに決まっている」
「……まさか、お前が裁定者か?」
「いいえ。俺は裁定者じゃありません。でも分かります。裁定者も怒っています」
「そう、か。アルフレッド……いや、我々は……間違えたのだな。今から五年で挽回するのは無理だ」
「おめでたいですね。警告はとっくの昔に来ていましたよ。もう、タイムリミットです。貴方が庇おうとしている男は、長年仕え続けた貴女の忠告を無視して初対面で甘い言葉を言う俺を信じました。王の器ではない」
ニコラスは絶望して気付いた。ミランダも同じ、いや、もっと深い絶望を味わったのだと。
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