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36.都合がよすぎる

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 トムが城に戻ろうとすると、闇夜に紛れてフラフラと歩く女性を見つけた。ずいぶんやつれているが、歩いている女性はソフィアだった。ようやく見つけたソフィアを逃がすわけにいかない。トムは急いでソフィアに声を掛ける。

「こんなところでフラフラしていたら危ないですよ。お嬢様」

「あなた、だあれ?」

 トムを見つけたソフィアは、無邪気に微笑んだ。トムは礼儀正しく頭を下げ、ソフィアに挨拶をした。

「トーマスと申します。城で執事の仕事をしております」

 ソフィアの小説を一通り読んでいたトムは、ソフィアの描くヒーローのように優しく丁寧に振舞った。不安でいっぱいだったソフィアは、目の前の男性に縋りついた。

「トーマスさん、お願い。助けて!」

「誰かに追われているのですか?」

「そう、そうなの!」

 嘘を見破れないトムでも分かる、稚拙な嘘。しかしトムは、気付かない振りをしてソフィアに優しく微笑んだ。公爵子息になり、短期間とはいえ多くの勉強を重ねたトムは、貴族らしく優雅に振舞うことが出来るようになっていた。

 暗闇の中で温かく寄り添ってくれる男性に、夢見がちなソフィアが傾倒するまで、時間はかからなかった。

「とにかく、ここから離れましょう。どこか頼れる方はいらっしゃいますか?」

「いません……どうしよう……お父様もお母様も平民になったらしくて……見つかったら、また搾取されるわ」

「お嬢様は、ご両親に搾取されていたのですか?」

「そうなの。お父様もお母様も、わたくしが小説で稼いだお金を全部使ってしまって……」

 ソフィアはすっかり自分の世界に入り込んでしまい、自分は不幸でかわいそうな少女だと必死で訴える。

 トムの心は、すっかり冷めきっていた。目の前の少女は、自分が可哀そうだと訴えるだけで具体的にどうしたいか、どう助けてほしいかを言わない。助けを求めるにしても、一夜の宿が欲しいのか、金銭援助が欲しいのか、保護者や支援者に繋いで欲しいのか、さっぱり分からない。援助を求めれば、当然見返りが必要だと思うが、そんなものは一切提示しない。小説が書けるのなら、出版社を言えば身分証明は出来るだろう。無条件で助けるのも怪しまれると思ったトムは、ソフィアに問うた。

「お嬢様は小説を書かれるのですよね? 出版社にご案内しましょうか? 出版社なら、作家を守ってくれると思います」

「無理! 無理よ!」

「どうしてですか? 美しい男爵令嬢が小説を書いていると有名ですよ。貴方はソフィア・メディス様ですよね?」

「そうよ! でも、もう男爵令嬢じゃないの。わたくしはただのソフィアよ」

「それでも、ソフィア様の小説を大事にする出版社であれば……」

「知らないの!」

「知らない?」

「出版社の名前を知らないの!綺麗な貴族のお嬢様が、わたくしの小説を気に入ってくれたの。あとは全部彼女がやってくれたから知らない」

「綺麗なお嬢様ですか?」

「ええ。でも、酷いの。夜会の後すぐお嬢様に牢に閉じ込められちゃったの。正妃になるか、死ぬか決めなさいって言われて……」

「正妃か、死ですか。それは酷い」

「でしょ? 明日まで待つって言われて、お嬢様はいなくなったわ。どうしようもなくて泣いていたら、牢のカギが落ちていたと気付いて。アルフレッド殿下から貰った髪飾りがあったから何とか引き寄せて、脱出したの」

「大変でしたね。お嬢様の名前は分からないのですか?」

「分からないわ。でも、閉じ込められた理由は分かる。アルフレッド殿下がわたくしを正妃にするなんて言ったせいよね? 正妃なんて無理に決まっているのに、なんであんなこと言ったのか分からない。ミランダ様が正妃で、わたくしが側妃なら、楽に暮らせて幸せになれると思ったのに。ミランダ様は優しくて、仕事も出来る才女で、あの日だって優しくて、わたくしを認めてくれた! だから、側妃になろうと思ったのに。アルフレッド殿下が余計な事をしたせいよ!」

 トムは呆れたが内心を隠しソフィアに微笑み、彼女の望みそうな言葉をかけた。

「それは大変だったでしょう。私の主人なら、貴女を助けてくれると思います。行ってみませんか?」

「行くわ!」

 どうしてこんなに都合よくソフィアが現れたのか、閉じ込めていたお嬢様とは誰なのか。気になることは沢山あったがトムは笑顔を振りまきソフィアの機嫌を取り、エドガーの元にソフィアを連れて行った。
 エドガーはソフィアの自分勝手な言動に呆れていたが、首尾よく事情聴取をした。おいしい食事と美しい部屋に満足したソフィアは、豪華なベッドで眠っている。
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