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32.兄とミランダ

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「ミランダ、寂しくないかい?」

 ぼんやりと窓を眺めていたミランダに話しかけてきたのは、兄のヒースだった。ミランダとヒースはマリアの実家に避難していた。父と母は、別の場所にいる。

「寂しいわ。不思議ね、今までは何とも思わなかったのに」

 ミランダは窓を眺めながらため息を吐いた。兄はミランダの好物のクルミを差し出した。

「これでも食べて、元気を出してくれ」

「ありがとうお兄様。こんなおやつを食べるのも久しぶりだわ」

 王妃になる者として食事制限されていたミランダは、素朴なナッツすら滅多に口にできなかった。茶会で出されるデザートも、ミランダは人に勧めるばかりで一口しか口にできない。食べ過ぎると、王妃の厳しいチェックが入るからだ。

「あの王妃はミランダの食事をコントロールして何がしたかったのだろうな?」

「王妃になるのだからスタイルが良くないといけないと言われて。わたくしは海で養殖のお手伝いをしていたから日に焼けていたし、よく食べていたから」

「だが、養殖はうちの唯一かつ最大の産業だ。上に立つ者が現場を知るのは当然だろう。ミランダはいつも領民と共に汗を流していた。それは、正しい貴族の姿だ。王家だって当然把握していた筈だ。そんなミランダが良いと言ったのは王家だろう」

「わたくしも、アルフレッド殿下の婚約者になるまではそう思っていたわ。けどね、お兄様みたいな貴族は珍しいの。それこそ、辺境伯くらいね」

「辺境伯?」

「ええ、辺境伯様は領民の誰よりも強く逞しいわ」

「それは、当然だろう」

「そう思える貴族も、少ないの。自分の領地の事を知っていても、現場に出て農民や漁師と汗を流したり、狩りをしたり、兵士と共に訓練をする貴族はあまりいないわ」

「そうなのか?」

「そうよ。お兄様は社交もあまりなさらないものね。マリア姉様がお兄様と婚約してくれて良かったわ」

「マリアとの出会いは、まさに運命だったな」

「本当にね。マリア姉様以外の方がお兄様についていけるとも思えないもの」

「その言い草は酷いな。けど、その通りだから仕方ないか。マリアのお陰で、なんとか社交界を渡り歩けるようにはなったが、女性がまつわりついてくるのだけは慣れん」

「ソフィア様みたいな人ね」

「あれは酷かったな。ただ、俺は実験台にされていただけだと思うぞ」

「実験台?」

「ああ、彼女が俺に纏わりついていたのは、ずいぶん前の話なのだ。おそらく、彼女が社交デビューしてすぐ位だ。小説を書いている美しい男爵令嬢がいると話題になっていた」

「そうだったのね。じゃあ、わたくしが手紙を書いた時にはソフィアさんはお兄様に近寄ったりしていなかったの?」

「ああ、こそこそアルフレッド殿下と会っていたようだ。ミランダの目を盗んで」

「正直、あんまりアルフレッド殿下に興味があったわけじゃないから、姿を消してくれれば面倒なお世話をしなくてもいいからラッキーと思っていたのよね。まさか、ソフィア様と浮気しているとは思わなかったわ。うーんでも、浮気っていうほどアルフレッド殿下と親しくはなかったけど」

「婚約者がいる身で別の女性に心を奪われるのは浮気だと思うぞ。ミランダはトムを好いていたようだが、自覚したのは婚約破棄計画書を読んでからだろう?」

「ええ、そうよ。もしトムが好きだと気付いていたら、アルフレッド殿下と婚約しなかったわ。お父様やお兄様なら、わたくしが嫌がる婚約を勧めたりしないでしょう?」

「しないな。いいな、以前のミランダらしくなってきたじゃないか。ここにトムがいないのが残念だ」

「そうね。トムと一緒にいると、心がポカポカして幸せな気持ちになるの。アルフレッド殿下と婚約していた時は、必死で夢中で、余裕なんてなかった」

「王族と婚約すれば、余裕がないのは当然だな。普通は、王族が婚約者になった令嬢を支えるものだ」

「支え……ねぇ。そんなのなかったわ。要求や、命令ばかりだった」

「婚約者や伴侶を大切にし、支えるべきなのに」
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