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4.決別と決意

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「そんなの無理よ。結婚式は1ヶ月後だもの。今更破棄なんて出来ないわ」

「では、あのクズと添い遂げるおつもりですか?」

「絶対に、嫌よ」

ツンと顔を背けるクリステルに、ジョゼが紅茶を差し出す。

『この香りは、わたくしが一番好きな紅茶だわ。添えられた軽食は、家族との食事では決して出されないけれど、わたくしの好物ばかり。ジョゼは、わたくしを心配してくれているのよね』

クリステルは軽食を口に運び、微笑む。食べ終わるまでジョゼはピタリと側に寄り添い続けた。食事が終わると紅茶のおかわりを差し出し、優しくクリステルに声をかける。

「お嬢様は逆境に強いお方です。こんな状況でも絶望せず、最善を尽くされます」

「勿論よ。ジョゼ、紙とペンを渡しなさい」

絶望しているだけじゃ何も始まらないし、終わらない。流れに身を任せるなんて許されない。クリステルは貴族なのだから自分で考え、動く必要がある。

その為に多額の費用をかけて贅沢をさせてもらい、高度な教育を受けさせて貰えるのだから。そう教えてくれたのはジョゼだ。

過去のクリステルは生意気で、拗ねているだけの何も出来ない子どもだった。ジョゼの指導でクリステルは変わった。

『わたくしが立ち止まれば、育ててくれたジョゼの期待を裏切る事になる。それだけは……嫌』

クリステルは、この家がどうなろうとどうでもいい。でも、この歳まで養育された恩は返す必要がある。その為の結婚だ。だが、結婚はしたくない。なら、別の方法を考えれば良いだけだと決意した。

「結婚によってもたらされるものは何?」

「イオネスコ侯爵家との事業提携ですね。お嬢様の結婚が破談となってもイオネスコ侯爵家との事業提携が残れば旦那様はご満足ではないかと」

「……けど、跡取りはクリスだから……」

「俺だったら、結婚前に婚約者を裏切るような息子を跡取りにはしませんね。優秀な弟も居ますし、即刻追い出しますよ。俺なら、ですけどね」

「そうか! ステファンが居るわ!」

クリスの弟のステファンは、15歳。婚約者のマリアベルとの仲は良好。ステファンは騎士で身を立てると騎士団に入っている。いずれ結婚したら家を出て、2人で暮らすと決まっていた。ステファンは優秀なので、自分の立場を分かっている。兄夫婦の邪魔をしないように家を出るとあちこちに宣言していた。

「……けど、ステファンはあんなに努力して騎士になったのに……」

「ステファン様なら、騎士と侯爵家当主を兼任出来ますよ。マリアベル様が優秀ですからね。おふたりが継ぐ方が、イオネスコ侯爵家は発展するのではありませんか? ステファン様は正義感が強いので、貴族にありがちな臭い物に蓋をするような行為はなさらないでしょう。マリアベル様と一緒に今回の件を相談する事をお勧めしますよ」

「そうね。出来るだけ早く、だけど不自然でないタイミングでステファンとマリアベルに会える日はある?」

「マリアベル様は週に一度、ステファン様とお会いになります。次のご予定は明後日の午後。場所はマリアベル様のお屋敷です」

「マリアベルに先触れを出して頂戴。時間はそうね……ステファンが訪ねる1時間前にして。結婚式でクリスにサプライズを仕掛けたいから相談したいと伝えて」

「かしこまりました。では、私はすぐにマリアベル様の元へ参ります。私が戻るまで誰も入らないように言い含めておきますが、念のためお部屋に鍵をお掛けしておきます」

「……ありがとう、ジョゼ」

「今はお辛いでしょうが、今だけです。いずれ、あんな男と結婚しなくて良かったと思う日が来ます。俺はお嬢様の執事です。どんな事があってもお嬢様を守ります」

ドアが音もなく閉まり、静かに鍵がかかる。クリステルの部屋の鍵を持っているのはジョゼだけ。本来なら執事長が全ての部屋を開けられる鍵束を持っているのだが、クリステルの部屋の鍵だけは執事長の鍵束では開かない。

屋敷の者達を信用出来ないクリステルが安心出来る場を作りたいと、ジョゼが黙って部屋の鍵を改造したのだ。

これで、ジョゼが戻るまで誰も部屋に来ない。

クリステルはひとりで、涙を流し続けた。
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