上 下
2 / 21

2.見たくなかった

しおりを挟む
クリステルは、優雅な同い年の執事に絶大な信頼を寄せていた。ジョゼとクリステルは学園の淑女科と執事科を共に主席で卒業したばかりだった。ジョゼは優秀さが国王の目に止まり、王城に仕える事も可能だった。だが誘いを蹴り、今まで通りクリステルに仕える道を選んだ。

ジョゼは、婚姻してからもクリステルに付いて行く事を許された。

国王が勧誘した優秀な人材を雇えると嫁ぎ先のイオネスコ侯爵が歓迎したからだ。

「あら? あの馬車は……」

アリーゼの自宅の前まで来て引き返そうとしたクリステルだが、見覚えのある馬車に気が付き足を止めた。

「イオネスコ侯爵家の紋章がありますね。おや? あれはアリーゼ様ですね。随分と派手な格好でございますね。男に媚びる下品な衣装です」

「もう! そんな言い方しないでよ!」

「失礼致しました。お嬢様の親友……ですものね」

「あの馬車は……クリス専用の馬車の筈なのに……」

クリステルの不安は的中した。
馬車から出て来たのは愛しい婚約者。隠す素振りすらなく幸せそうに口付けを交わした相手が自分の親友だと理解したクリステルは、急いで身を隠した。

「アリーゼ、久しぶり」

「久しぶりね! 会いたかったわ! ずっと会ってくれないから、もう私の事なんて忘れてしまったのかと思っていたわ」

「そんな訳ないだろう。当主の勉強が佳境だから忙しかったんだ。もうすぐ侯爵を継ぐからね」

『勉強ねぇ。散々逃げ回ってるくせにカッコつけちゃって。おかげで、わたくしがクリスの分も学んだのよ。ジョゼが手伝ってくれたけど、とっても大変だったのに』

「もうお勉強は良いの?」

「母上に合格点を頂けたからね。侯爵家を継ぐ準備は完璧さ」

合格点を貰ったのはクリステルだけだ。クリステルの努力をまるで自分の手柄のように報告する婚約者に、クリステルの心が悲鳴を上げ始めた。

「そうか、もうすぐ結婚式だものね。こうして会えるのもあと少しね。寂しいわ」

「泣かないで。結婚してもクリステルを抱くつもりはない。子ができなければクリステルの立場はなくなる。3年、待ってくれ。その頃には確実に僕が当主だ。アリーゼを迎える準備を整えておくよ。まだ屋敷に僕の味方は少ない。けど、当主になればみんな僕に従う。誰にも文句を言わせない」

「嬉しいっ! でも、クリステルに申し訳ないわ……!」

「あの女は、優しい振りをしてアリーゼを影で虐めていたんだろう? そんな悪女に心を動かされるもんか。離婚は出来ないから、あの女を働かせて僕達は優雅に暮らそう」

「そんな……クリステルに悪いわ……」

「ああ、なんで優しいんだ……アリーゼ、愛してる」

再び熱い口付けを交わしたふたりは、扉の奥に消えた。クリステルは目の前の光景が信じられず呆然と立ち尽くしていた。

ジョゼはいつものように優しくクリステルを労わり、屋敷に連れて帰った。目の焦点が合わなくなっているクリステルを介抱しながら、ジョゼの心は怒りと悲しみに満たされていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

婚約者と親友に裏切られたので、大声で叫んでみました

鈴宮(すずみや)
恋愛
 公爵令嬢ポラリスはある日、婚約者である王太子シリウスと、親友スピカの浮気現場を目撃してしまう。信じていた二人からの裏切りにショックを受け、その場から逃げ出すポラリス。思いの丈を叫んでいると、その現場をクラスメイトで留学生のバベルに目撃されてしまった。  その後、開き直ったように、人前でイチャイチャするようになったシリウスとスピカ。当然、婚約は破棄されるものと思っていたポラリスだったが、シリウスが口にしたのはあまりにも身勝手な要求だった――――。

処理中です...