24 / 25
23.望まない戦い
しおりを挟む
「彼はジェレミー・ オーブリー ・ブリッジ。公爵家の当主さ。実は彼はとても強くてね。シルビア王女は婿を探しているのだろう? ジェレミーにもチャンスをあげてもらえないか? 素行調査もすると聞いているが、彼の素行は問題ないよ。彼には恋人も、婚約者もいない。もちろん妻もね。次期皇帝の私が保証する。平民が挑んでも良いのなら、公爵家当主のジェレミーが挑んでも問題ないだろう?」
「父が不在なので、すぐに返答できかねます」
慌てて止めようとしたフィリップだが、アレックスの方が一枚上手だった。
「おや、おかしいなぁ。シルビア王女の一存で決められるんじゃないの? ここに書いてあるよ? まさか、うちの有力貴族であるジェレミーに不満があるなんて言わないよね?」
アレックスの申し出を蔑ろにはできない。シルビアは覚悟を決めた。
「かしこまりました。お受けしますわ」
「じゃ、今すぐやろう」
「今すぐですか?!」
「ああ、今すぐだ」
「……その、観客を集める時間もいりますし」
なんとか引き延ばそうとするフィリップだが、アレックスはどんどん話を進めてしまう。
「そんなの要らないでしょ。非公開で充分だよ。見届け人なら、たくさんの貴族達がいるじゃないか。ここは広いし、ここでやればいいんじゃない?」
そう言って、簡易的な結界を展開するアレックス。
外からも見える簡易結界が床を作り上げ、透明なドームがシルビアとジェレミーだけを覆う。見た事のない術式と魔法。透明な結界など知らないカワード国の者達は驚くばかりだ。
数分後、会話も通じる透明な結界が完成した。ジェレミーが黙って結界に火炎魔法をぶつける。結界に触れた瞬間、魔法が無効化され消えた。結界の外にいるフィリップは、一切熱を感じなかった。
シルビアとジェレミーの動きに応じて移動する簡易結界。戦うには充分なスペースがあり、物を壊す心配もない。
見事な結界に、謁見に同席していた貴族達が感嘆の声を上げる。
「ここまでお膳立てして頂いたらお受けしないわけにはいきませんね」
「さっすがシルビア王女。勝つ自信があるんだ」
意地悪な笑みを浮かべるアレックスの思惑は分からない。
フィリップは穏やかにほほ笑んでいるが、ものすごく怒っている。フィリップの側近達は、王太子に怒りに触れないようそっと距離をとった。
シルビアの心も、晴れないままだ。だが、受けないわけにもいかない。
他国の王太子の申し出を無下にすれば、国際問題に発展してしまう。多くの貴族達も見ている。王家の信頼を損ねるわけにはいかない。
以前のシルビアなら、喜んで挑戦を受けただろう。
だが、今は違う。
ガンツと再会する前とは違う感情が心を支配しており、感情を隠すので精一杯。
目の前で微笑む挑戦者が大好きな人と同じ顔をしているのも気に入らない。
内心荒れ狂う心を隠して笑顔を作り、王女シルビアは優雅にほほ笑んだ。
「勝つ自信なんてありませんわ。まずは、やってみませんと」
「ふうん。謙虚だね。オンナノコはそのほうがいい」
にやにやと笑うアレックス。一瞬だけ、強い魔力が風のように流れた。
シルビアしか感じ取れないそれは、フィリップから発せられたもの。フィリップは必死に、怒りを収めようとしていた。
「お兄様、わたくしなら大丈夫です」
限界を迎えた兄をいさめるのは、いつだってシルビアの役目だ。ガンツは平民達からは認められているが、貴族の中には王女が平民と結婚するなんて許せないと思っている者達もいる。そんな貴族達にとっては、王女が帝国の公爵と結婚する方が良い。
アレックスが怖いからか、貴族達のプライドか。誰も戦いに異を唱える者はいなかった。
「では、始め!」
アレックスの掛け声で、ジェレミーとシルビアの戦いが始まった。
終始無言だったジェレミーは強く、貴族らしい美しい剣捌きで貴族達を圧倒させた。
過去のフィリップと同じような剣捌き。
懐かしくなったシルビアは、クスリと笑ってジェレミーに話しかけた。
「ジェレミー様はとてもお強いですね」
「ありがとうございます。シルビア王女もお強い。それに、美しい戦い方をなさる。誰に教わったのですか?」
探るようにシルビアを見つめるジェレミーは、ガンツとそっくりだ。
だが、違う。
戦っているうちに、シルビアはジェレミーとガンツが似ているのは見た目だけだと気が付いた。
ジェレミーの戦いは美しく優雅だが、つまらない。
シルビアへの問いかけも、動揺させて戦いを有利に進めようとする意図が透けて見える。実に貴族らしい。
そういえばあの時、ガンツ様は自分の過去を教えてくれた。ならきっと、この人は……。
ジェレミーとガンツの関係に察しがついたシルビアは、戦いながらジェレミーを観察し続けた。
優雅な動きと、余裕がある戦い方。
だが、何かを追い求める必死さを隠し持っている。
「わたくしの師匠は……」
シルビアが答えを言う前に、ジェレミーの動きが完全に止まった。
彼の眼は、シルビアではなく騎士服を纏ったガンツに注がれていた。
「父が不在なので、すぐに返答できかねます」
慌てて止めようとしたフィリップだが、アレックスの方が一枚上手だった。
「おや、おかしいなぁ。シルビア王女の一存で決められるんじゃないの? ここに書いてあるよ? まさか、うちの有力貴族であるジェレミーに不満があるなんて言わないよね?」
アレックスの申し出を蔑ろにはできない。シルビアは覚悟を決めた。
「かしこまりました。お受けしますわ」
「じゃ、今すぐやろう」
「今すぐですか?!」
「ああ、今すぐだ」
「……その、観客を集める時間もいりますし」
なんとか引き延ばそうとするフィリップだが、アレックスはどんどん話を進めてしまう。
「そんなの要らないでしょ。非公開で充分だよ。見届け人なら、たくさんの貴族達がいるじゃないか。ここは広いし、ここでやればいいんじゃない?」
そう言って、簡易的な結界を展開するアレックス。
外からも見える簡易結界が床を作り上げ、透明なドームがシルビアとジェレミーだけを覆う。見た事のない術式と魔法。透明な結界など知らないカワード国の者達は驚くばかりだ。
数分後、会話も通じる透明な結界が完成した。ジェレミーが黙って結界に火炎魔法をぶつける。結界に触れた瞬間、魔法が無効化され消えた。結界の外にいるフィリップは、一切熱を感じなかった。
シルビアとジェレミーの動きに応じて移動する簡易結界。戦うには充分なスペースがあり、物を壊す心配もない。
見事な結界に、謁見に同席していた貴族達が感嘆の声を上げる。
「ここまでお膳立てして頂いたらお受けしないわけにはいきませんね」
「さっすがシルビア王女。勝つ自信があるんだ」
意地悪な笑みを浮かべるアレックスの思惑は分からない。
フィリップは穏やかにほほ笑んでいるが、ものすごく怒っている。フィリップの側近達は、王太子に怒りに触れないようそっと距離をとった。
シルビアの心も、晴れないままだ。だが、受けないわけにもいかない。
他国の王太子の申し出を無下にすれば、国際問題に発展してしまう。多くの貴族達も見ている。王家の信頼を損ねるわけにはいかない。
以前のシルビアなら、喜んで挑戦を受けただろう。
だが、今は違う。
ガンツと再会する前とは違う感情が心を支配しており、感情を隠すので精一杯。
目の前で微笑む挑戦者が大好きな人と同じ顔をしているのも気に入らない。
内心荒れ狂う心を隠して笑顔を作り、王女シルビアは優雅にほほ笑んだ。
「勝つ自信なんてありませんわ。まずは、やってみませんと」
「ふうん。謙虚だね。オンナノコはそのほうがいい」
にやにやと笑うアレックス。一瞬だけ、強い魔力が風のように流れた。
シルビアしか感じ取れないそれは、フィリップから発せられたもの。フィリップは必死に、怒りを収めようとしていた。
「お兄様、わたくしなら大丈夫です」
限界を迎えた兄をいさめるのは、いつだってシルビアの役目だ。ガンツは平民達からは認められているが、貴族の中には王女が平民と結婚するなんて許せないと思っている者達もいる。そんな貴族達にとっては、王女が帝国の公爵と結婚する方が良い。
アレックスが怖いからか、貴族達のプライドか。誰も戦いに異を唱える者はいなかった。
「では、始め!」
アレックスの掛け声で、ジェレミーとシルビアの戦いが始まった。
終始無言だったジェレミーは強く、貴族らしい美しい剣捌きで貴族達を圧倒させた。
過去のフィリップと同じような剣捌き。
懐かしくなったシルビアは、クスリと笑ってジェレミーに話しかけた。
「ジェレミー様はとてもお強いですね」
「ありがとうございます。シルビア王女もお強い。それに、美しい戦い方をなさる。誰に教わったのですか?」
探るようにシルビアを見つめるジェレミーは、ガンツとそっくりだ。
だが、違う。
戦っているうちに、シルビアはジェレミーとガンツが似ているのは見た目だけだと気が付いた。
ジェレミーの戦いは美しく優雅だが、つまらない。
シルビアへの問いかけも、動揺させて戦いを有利に進めようとする意図が透けて見える。実に貴族らしい。
そういえばあの時、ガンツ様は自分の過去を教えてくれた。ならきっと、この人は……。
ジェレミーとガンツの関係に察しがついたシルビアは、戦いながらジェレミーを観察し続けた。
優雅な動きと、余裕がある戦い方。
だが、何かを追い求める必死さを隠し持っている。
「わたくしの師匠は……」
シルビアが答えを言う前に、ジェレミーの動きが完全に止まった。
彼の眼は、シルビアではなく騎士服を纏ったガンツに注がれていた。
8
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?
キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。
戸籍上の妻と仕事上の妻。
私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。
見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。
一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。
だけどある時ふと思ってしまったのだ。
妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣)
モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。
アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。
あとは自己責任でどうぞ♡
小説家になろうさんにも時差投稿します。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる