強すぎる王女様は、強い夫をご所望です

編端みどり

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23.望まない戦い

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「彼はジェレミー・ オーブリー ・ブリッジ。公爵家の当主さ。実は彼はとても強くてね。シルビア王女は婿を探しているのだろう? ジェレミーにもチャンスをあげてもらえないか? 素行調査もすると聞いているが、彼の素行は問題ないよ。彼には恋人も、婚約者もいない。もちろん妻もね。次期皇帝の私が保証する。平民が挑んでも良いのなら、公爵家当主のジェレミーが挑んでも問題ないだろう?」

「父が不在なので、すぐに返答できかねます」

 慌てて止めようとしたフィリップだが、アレックスの方が一枚上手だった。

「おや、おかしいなぁ。シルビア王女の一存で決められるんじゃないの? ここに書いてあるよ? まさか、うちの有力貴族であるジェレミーに不満があるなんて言わないよね?」

 アレックスの申し出を蔑ろにはできない。シルビアは覚悟を決めた。

「かしこまりました。お受けしますわ」

「じゃ、今すぐやろう」

「今すぐですか?!」

「ああ、今すぐだ」

「……その、観客を集める時間もいりますし」

 なんとか引き延ばそうとするフィリップだが、アレックスはどんどん話を進めてしまう。

「そんなの要らないでしょ。非公開で充分だよ。見届け人なら、たくさんの貴族達がいるじゃないか。ここは広いし、ここでやればいいんじゃない?」

 そう言って、簡易的な結界を展開するアレックス。
 外からも見える簡易結界が床を作り上げ、透明なドームがシルビアとジェレミーだけを覆う。見た事のない術式と魔法。透明な結界など知らないカワード国の者達は驚くばかりだ。

 数分後、会話も通じる透明な結界が完成した。ジェレミーが黙って結界に火炎魔法をぶつける。結界に触れた瞬間、魔法が無効化され消えた。結界の外にいるフィリップは、一切熱を感じなかった。

 シルビアとジェレミーの動きに応じて移動する簡易結界。戦うには充分なスペースがあり、物を壊す心配もない。

 見事な結界に、謁見に同席していた貴族達が感嘆の声を上げる。

「ここまでお膳立てして頂いたらお受けしないわけにはいきませんね」

「さっすがシルビア王女。勝つ自信があるんだ」

 意地悪な笑みを浮かべるアレックスの思惑は分からない。
 フィリップは穏やかにほほ笑んでいるが、ものすごく怒っている。フィリップの側近達は、王太子に怒りに触れないようそっと距離をとった。

 シルビアの心も、晴れないままだ。だが、受けないわけにもいかない。
 他国の王太子の申し出を無下にすれば、国際問題に発展してしまう。多くの貴族達も見ている。王家の信頼を損ねるわけにはいかない。

 以前のシルビアなら、喜んで挑戦を受けただろう。

 だが、今は違う。
 ガンツと再会する前とは違う感情が心を支配しており、感情を隠すので精一杯。

 目の前で微笑む挑戦者が大好きな人と同じ顔をしているのも気に入らない。

 内心荒れ狂う心を隠して笑顔を作り、王女シルビアは優雅にほほ笑んだ。

「勝つ自信なんてありませんわ。まずは、やってみませんと」

「ふうん。謙虚だね。オンナノコはそのほうがいい」

 にやにやと笑うアレックス。一瞬だけ、強い魔力が風のように流れた。
 シルビアしか感じ取れないそれは、フィリップから発せられたもの。フィリップは必死に、怒りを収めようとしていた。

「お兄様、わたくしなら大丈夫です」

 限界を迎えた兄をいさめるのは、いつだってシルビアの役目だ。ガンツは平民達からは認められているが、貴族の中には王女が平民と結婚するなんて許せないと思っている者達もいる。そんな貴族達にとっては、王女が帝国の公爵と結婚する方が良い。

 アレックスが怖いからか、貴族達のプライドか。誰も戦いに異を唱える者はいなかった。

「では、始め!」

 アレックスの掛け声で、ジェレミーとシルビアの戦いが始まった。
 終始無言だったジェレミーは強く、貴族らしい美しい剣捌きで貴族達を圧倒させた。

 過去のフィリップと同じような剣捌き。
 懐かしくなったシルビアは、クスリと笑ってジェレミーに話しかけた。

「ジェレミー様はとてもお強いですね」

「ありがとうございます。シルビア王女もお強い。それに、美しい戦い方をなさる。誰に教わったのですか?」

 探るようにシルビアを見つめるジェレミーは、ガンツとそっくりだ。
 だが、違う。

 戦っているうちに、シルビアはジェレミーとガンツが似ているのは見た目だけだと気が付いた。

 ジェレミーの戦いは美しく優雅だが、つまらない。
 シルビアへの問いかけも、動揺させて戦いを有利に進めようとする意図が透けて見える。実に貴族らしい。

 そういえばあの時、ガンツ様は自分の過去を教えてくれた。ならきっと、この人は……。
 ジェレミーとガンツの関係に察しがついたシルビアは、戦いながらジェレミーを観察し続けた。

 優雅な動きと、余裕がある戦い方。
 だが、何かを追い求める必死さを隠し持っている。

「わたくしの師匠は……」

 シルビアが答えを言う前に、ジェレミーの動きが完全に止まった。
 彼の眼は、シルビアではなく騎士服を纏ったガンツに注がれていた。
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