上 下
14 / 25

13.嫉妬の代償

しおりを挟む
 ガンツが騎士になって、半年が過ぎた。
 ガンツは月に一度のペースでシルビアに挑んでいるが、未だに勝てない。

「あー……今日も負けてしまいましたか! 次こそは! またよろしくお願いします」

 爽やかな笑みを浮かべて去るガンツを止められないシルビアは、部屋に戻ると溜息を吐く。

「今日は、3時間も戦ったのに! 今日こそはと思ったのに! もう! どうして!」

「シルビア様、手を抜くという選択肢はありませんか?」

「あるわけないでしょう?! ガンツ様は手を抜いたら絶対に気付くわ!」

「なら、訓練をおやめになれば……」

「最高の状態でお迎えしないと失礼でしょう?! それに、ガンツ様は強くなったといつも褒めて下さるの!」

 両思いなんだからさっさと結婚しろよと誰もが思っている言葉を飲み込み、侍女のマリアはシルビアに氷の入った冷たい紅茶を差し出す。

「美味しいわ。ありがとうマリア」

 紅茶を飲み干したシルビアの部屋に、兄が現れた。

「シルビア! 大変だ!」

「どうなさったの?」

「ガンツが……ひとりで魔物の群れに……」

 息を切らしながら、フィリップが状況を手短に伝えるとシルビアの目がどんどん険しくなっていった。

 ガンツは騎士団で着々と力をつけていた。先日見習いを卒業し、正規の騎士となったばかりだ。

 ガンツの所属する部隊は実力主義の第三部隊。正確に言えば、ガンツが入ってからメキメキと力をつけて実力主義の部隊になったと言った方が正しい。

 しかし、有望な部下をよく思わない者もいる。

 ガンツが所属する部隊のリオン隊長は、有力貴族出身のエリート思考が強い男だ。

 彼はどんどん部下の信頼を勝ち得ていくガンツの事をよく思っていなかった。何度もシルビアに挑むくらい強いのだからと訳の分からない理由で、ひとりで魔物の討伐を命じた。

「ガンツ様はわたくしと戦って消耗しておられるのに。試験の時から嫌な目をしていましたけど……許せませんわ」

「第三騎士団の者達が心配して俺に報告に来たんだ。自分達は隊長の命令でガンツを手伝えない。推薦状を書いたのは俺だから、なんとかならないかって」

「……騎士は、上司の命令に絶対服従ですものね」

「そうなんだ。彼らはガンツの手助けをするなと命じられた。けど、俺に報告するなとは言われていないと来てくれてね」

「ひとりで魔物と戦えと命じられたのですか?」

「そうだ。命令を上書きできるのは父上だけ。だから今すぐ父上の元へ行こう」

「はいっ! マリア、あとは頼むわ!」

「承知しました」

 シルビアは兄と共に転移魔法で父の元に向かった。

「父上!」

「お父様! お願いがあります!」

「2人揃ってどうした?!」

「今すぐ第三騎士団のリオン隊長を呼んで……」

「それでは間に合いません。お父様、わたくしに命令書を書いて下さい。いついかなる時でも、誰の命令があろうともガンツ様のお仕事に関わって良いと書いて頂ければ、わたくしがガンツ様をお助けします」

 娘の真剣な眼差しに、緊急事態を感じ取った国王はすぐに動いた。

「詳しい話はフィリップから聞く。これを持って行けシルビア!」

 父はサラサラと命令書を書き、魔法印を押した。魔法印とは書類を書いた者を証明する魔法の印の事で、改ざんを防ぐ目的で使われる。カワード国外では商人の契約にも使われるほど浸透しているが、他国ではあまり利用されない。魔法印を刻む魔道具が他国にはあまりないからだ。

 国王の魔法印がある命令書があればガンツが命令違反で処罰を受けたりしない。今回の件で処罰されるのは、別の人物。

 父も半年でガンツの人柄や強さを理解しており、早く娘と結婚して欲しいと願っているひとりだった。

「ありがとうございますお父様!」

「場所は東の草原だ!」

 東の草原と言えば、この国ではたったひとつの場所を指す。定期的に魔物が溢れるので、騎士団で討伐している。

 今回の当番は第三騎士団だった。隊員全員で向かう討伐をひとりでさせようとするあたり、隊長がどれだけ腐った命令を出したか分かるというものだ。シルビア達の怒りはとっくに限界を越えていた。

「分かりました! 転移魔法で向かいます!」

「ガンツも転移魔法で向かったらしい! 全く、馬なら着く前に間に合ったのに」

「ガンツ様は一刻も早く仕事を終わらせようとなさったのですわ。相変わらず真面目で素敵なお方です」

「分かっている。早く行けシルビア! 俺はこの件の裏を調べて黒幕がいたら捕らえておく」

「ありがとうございます、お兄様」

「シルビア! 危なくなったら転移で戻れ! 約束だぞ!」

「分かりましたお父様。では、行って参ります」

 シルビアが消えた後、父と兄はリオン隊長を呼び出した。彼が隊長と呼ばれるのは、あと数時間であろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...