強すぎる王女様は、強い夫をご所望です

編端みどり

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5.修行

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 シルビアとフィリップは、変装して冒険者の男を訪ねた。男は野営をしながら、のんびりと武器の手入れをしていた。

「待ってたぜ坊主」

 大事な妹を男扱いする冒険者にイラッとしたフィリップだが、頭を下げて礼を尽くす。

「い……弟を助けてくれてありがとうございます。俺は……」

「あー、名乗らなくていい。オレも名乗らないから。そっちの方がお前らも都合が良いだろ?」

「恩人に名乗らず、挨拶もしないなんておかしいですよ」

「恩人のオレが良いって言ってんだから良いんだよ。兄貴を連れて来たんだから坊主の家出はおしまいで良いんだよな?」

「はい。わ……俺はこれからも兄を支えて生きていきます。だから約束通り、強くなる方法を教えて下さい」

「俺にも教えて下さい。俺はもっと強くならないといけないんだ」

「良いぜ」

 凶悪な笑みを浮かべた男は、様々な戦い方を兄妹に教えた。

 次々と繰り出される魔法。華麗な身のこなし、見た事のない武器の使い方にフィリップが叫ぶ。

「ちょ! なんですかこの魔法の使い方は!」

「兄貴はお上品だなぁ。もっと思い切っていかねぇと、オレらみてぇな荒くれ者が襲ってきたら大事な人を守れねぇぞ。ほら、こんなふうに」

 シルビアに襲いかかる男。カッとなったフィリップが男につかみかかろうとする。
 その瞬間、冒険者の男が風魔法で15メートルほど吹っ飛んだ。

「うお! 坊主すげえな!」

 シルビアは、じっと兄と冒険者の戦いを見つめ続けていた。冒険者の男がシルビアに襲いかかった瞬間がチャンスだと判断し、思い切り攻撃魔法を放った。

 冒険者の男は飛ばされながら体勢を立て直し、シルビアの魔法をあっさり弾き飛ばした。

「本気でやったのに」

 不満気に頬を膨らませるシルビアに、男の目が怪しく輝いた。獣のような獰猛な輝きを放つ瞳に、シルビアは魅せられた。

「ははっ、お前マジで強くなるぜ。おら、これでどうよ!」

「凄い! 凄い! 凄い! あはは、すっごく楽しい!」

 目にも留まらぬ速さで戦うふたりは心底戦いを楽しんでいた。

 常識外れの強さを誇るSランク冒険者と戦う妹は、見た事のない笑みを浮かべていた。フィリップは妹の笑顔を見て、瞬時に悟った。

「……こんなの……勝てるわけないや……ははっ、やっぱりシルビアは凄いな……」

 フィリップの独り言は、戦いの喧騒に紛れて誰の耳にも届かなかった。

 数分後、シルビアの息が上がり戦いは終わった。

「はー……、はー……もう無理」

「体力ねぇなぁ。けど、このまま修行すりゃあ坊主はオレより強くなるぜ」

「本当?! お兄さんに全然敵わなかったのに?!」

「実践経験はあるか?」

「あるわけないじゃない! 人と戦ったのは今日が初めてだよ」

「やっぱりな。オレが坊主に勝てたのは、経験の差だ。それがなきゃ、オレは坊主に瞬殺されてた。お前、すげぇなぁ!」

「ほんと? ならもっと教えてよ!」

「いいぜ」

 溌剌とした笑みを浮かべるシルビアとは裏腹に、寂しそうにしているフィリップに気づいた男はフィリップに問いかけた。

「兄貴は攻撃魔法には向いてねぇな。けどお前、精霊に好かれるだろ? 周りにすげえいっぱい精霊がいるぜ」

「う……うん」

「お兄様は凄いんだよ! 精霊はいつもお兄様に寄って行くんだ」

「そうか。なら兄貴が当主決定だな」

「そうなのか?」

 強い方が良いと思っていたというフィリップの言葉を、男はあっさり否定した。

「弟は跡を継ぐ気なんてねえんだとよ。兄貴が継ぐつもりなら今のままでいいだろ。それに精霊に好かれてる兄貴の方が当主に向いてるぜ。お前らの身分は聞かねえが、身分が高ければ高いほど精霊の加護は大事にした方が良い。オレの兄貴は精霊に嫌われてよ、色々あって国外追放されたんだと。弟が家を継いだらしいぜ。オレは死んだフリして家を出てたから知らなかったんだけどよ。全部精霊が教えてくれた」

「お兄さんに会いたい?」

 シルビアは、冒険者の男の弱々しい声が気になり恐る恐る問いかけた。

「会いたいけど、会いたくねぇな」

 ポツリと呟く男は、静かに夜空に輝く月を眺めた。男の横顔が寂しそうに見えたシルビアは、明るい声で男に話しかけた。

「ねぇ、もっと色々教えてよ! 師匠!」

「そうですよ! 俺は攻撃魔法は苦手ですけど、補助魔法はシ……弟よりできるんですよ。俺にもできる戦い方も教えて下さいよ! 師匠!」

「師匠なんてガラじゃねぇよ」

 笑いながら、男はたくさんの事をシルビアとフィリップに教えた。フィリップは精霊との接し方を学び、シルビアは強くなる方法をたくさん学んだ。

 最高の教育を受けている賢い兄妹は、冒険者の生きた知識を得て一晩で大きく成長した。

 あっという間に時が過ぎ、別れの時間が訪れた。

「兄貴が精霊に好かれるのは、人柄だな。精霊に好かれる人間は間違いなく善人だ。精霊が離れていったら、自分を省みろ」

「はい!」

「坊主は1年後が楽しみだな。ちゃんと訓練しろよ」

 頭を撫でられたシルビアは、真っ赤な顔で俯いたがすぐに顔を上げ、冒険者の男に微笑んだ。

「絶対お兄さんより強くなるよ。強くなって、お兄様を守るんだ」

 シルビアの本心に気が付いたのは、兄だけだった。

 名前も知らない冒険者との出会いは、年若い兄妹の絆を結んだ。その後、フィリップは精霊の力を借りてどんどん力をつけていった。

 シルビアは堂々と訓練を続け、いつしか国中で1番強くなっていた。
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