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改稿版

26.ジェラール視点

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エルザ嬢が、迷っている。

いつも即断即決で、仕事が早い彼女が迷う姿を見るのは初めてだ。

「すぐに決める必要はないんだよ。今のところ、ここは安全だ。僕も転移を覚えたから定期的に様子を見に来る。だから安心して」

優しく声をかけると、嬉しそうに微笑んでくれた。

「ありがとうございます。少し考えてみますわ。そんなにお待たせしません。明日には決めますので」

「締切なんてないんだから、じっくり考えて良いんだよ」

「ですが、貴族にならないのなら早めにきちんとお断りしませんと」

「……ああ、ごめんね。説明不足だった。叙爵しても公表するつもりはないんだ。いずれは公にしないといけないけど、最初は貴族達に通知するだけにするつもりだ。君の正体もシモンが落ち着くまでは隠しておく。勿論、叙爵を拒否しても誰も困らない。だから安心して」

エルザ嬢は今まで、シモンの為に頑張ってきた。

『彼女はシモン様の為に血の滲むような努力をなさっています。エルザ様はわたくしの目標なのですわ』

ナタリーはいつもエルザ嬢を褒めていた。

なんでも簡単にこなしてしまう彼女は我が国でも高い評価を得た。シモンと共に微笑む彼女は心底幸せそうだった。

だけど、ナタリーはエルザ嬢が無理をしていると気が付いていたんだ。エルザ嬢が心配だとナタリーが溢した事が一度だけあった。

あの時、僕はナタリーの言葉を重く受け止めなかった。シモンはエルザ嬢の事を大事にしているように見えたし、エルザ嬢も弱音を一切吐かなかった。多少の無理難題も、エルザ嬢は軽く対処してしまう。シモンに褒められれば、嬉しそうに微笑んでいた。……だから、エルザ嬢は元々賢くて、更にシモンの為に努力して、尽くして、無理難題も簡単にこなせるようになったんだと勘違いしていた。問題なく仕事を出来ているのだし、彼女も望んでいるのだから大丈夫。そんな頓珍漢な事をナタリーに言った。

そんな訳あるか。エルザは成人したばかりの女の子だぞ。友人になったマックスにそう言われて初めて気が付いた。エルザ嬢は、確かに賢い。でも、普通の15歳の女の子だ。

15歳の子が、10カ国語を操る。
15歳になっていない頃から、王族の仕事をする。
15歳の少女の睡眠時間が、3時間。

どれだけ異常な事なのか、マックスに指摘されるまで気が付いていなかった僕は……愚かだ。

15歳にならないと魔力の有無は分からない。最初の魔力検査は国にひとつしかない大型の装置を使わないといけない。装置に手を置いて体内の魔力を外に出す道を作るのだ。成人にならないと身体が耐えられない為、魔力検査は成人の儀式の代わりになった。魔力のない者は、様々な理由で魔力を外に出す道を作れない。体内に魔力があっても、取り出す道が作れなければ利用は出来ない。それで、魔力無しと判定されるのだ。だが、体内の魔力が様々な影響を及ぼし、特殊能力を開花させる者も存在する。

我が国では、魔力検査は将来進むべき道を探す儀式のひとつに過ぎない。魔力検査で魔力無しになれば特殊能力が無いか調べて、無ければ自分の向いている道を探し、進む。魔力無しとなる者の方が多いのだから、魔力があればラッキーくらいのものだ。

だから……僕はシモンの行動が理解出来なかった。

エルザ嬢は魔力が無かった。けど、そんなのどうでも良いじゃないか。僕なら、ナタリーが魔力無しでも気にしない。

けど、国が違えば常識も変わるんだよな。エルザ嬢は冷静だった。淡々とシモンと対峙し、美しく去って行った。僕があの時もっと理性的にシモンと対話していたら……エルザ嬢を国に連れて行く事くらい出来たのに。

結果的にマックスと出会ってエルザ嬢は幸せそうに笑って暮らしているが、一歩間違えば彼女はこの世に居なかった。貴族の令嬢が、誰の助けも借りず平民として暮らせるなんて夢物語だ。

彼女はしっかりしているが、花のように美しい。平民に紛れようとしても目立つ。マックスがこっそり認識阻害魔法をかけているから、街に溶け込めているのだ。でないと、よからぬ輩が次から次へと湧いて来るだろう。そしてきっと……彼女は……。

あの日、シモンと見たエルザ嬢の髪の毛を思い出し……ゾッとする。あの後、僕はシモンと一晩中泣いた。

その時、初めて自分の気持ちを自覚した。

また……大切な人を失ってしまった……。シモンには言えなかったけど、心の中でそう思っていた。

だから、彼女が生きていたと知って嬉しかった。自分の気持ちに蓋をする為に、シモンの元に戻る方が良いと考えてしまったが……それは間違いだった。

もう間違えない。
僕はエルザ嬢の幸せを全力でサポートする。

余計なお世話である事は分かっているが、彼女が望みそうな道は全て用意した。きっとどれかを選んでくれる筈だ。どれを選んでも、エルザ嬢は幸せになれる。マックスもエルザ嬢を好いている。彼は強く、賢く、優しい。

彼を選ぶ方が、エルザ嬢は幸せかもしれない。だけど……。

出来るなら、僕の手を取って欲しい。そんな邪な気持ちで彼女に声をかけようとすると、見透かしたかのようにマックスが帰って来た。
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