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29.政略結婚の指南書
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「あら、この本をご存じ?」
「ええ、母が結婚の時に持たせてくれましたの。こちらが原書のようですね。母が持っていたのは翻訳版だったようです」
「これはね、この国の貴族令嬢の教科書なんです。内容が不謹慎だからと、王家と神殿の怒りを買って発禁になってしまったのですわ。作者は国外追放されたと聞いております。だけどこの本は多くの女性を救いました。だから、表紙を変えてこっそりと母から娘に受け継がれているのです。母や祖母、ご先祖様の書き込みもたくさんありますわ。男には絶対見せない。それがこの国の約束事なんですの。だから、父もこの本の存在を知りません。母親がいない貴族令嬢には、親戚や友人など誰かしらが写本を渡しているのです」
「そういえば……母の祖母がラーアントの出身でしたわ」
「じゃあきっと、そちらから受け継がれたのね。この本を読みました?」
「ええ。読みました」
「上手く男を立てて、手のひらで転がしなさいって書いてありますよね」
「え? そんなことが書いてあります?」
「翻訳版だと違うのかしら? 読んでみます?」
読ませて頂くと、わたくしの知っている本とほぼ同じ内容が書かれている。あれ? でも手のひらで転がせなんて書かれてないわ……。
「もしかして、マリア様はこちらしか読んでおられないのではなくて?」
この本は、選択肢に沿ってページを飛ばして読み進めていくタイプの本だ。わたくしは選択肢に沿って読み進めたので、読み飛ばしたページもたくさんある。リリアン様が指さした選択肢は、【夫が好きですか】こんなの、イエスに決まってるじゃない。
「確かに、35ページから読み進めましたわ」
「だからなのね。わたくしは全部読んだの。この本は、夫が好きか嫌いかで180度違う事が書かれているのです」
「そうなんですか?!」
リリアン様にお借りして読んでみると、確かに全く違う事が書かれていた。夫が嫌いなら、上手く夫を転がしていい気分にさせて、実権は握りなさいって書かれているし、夫が好きなら共に支えあいなさいって書かれている。だからエイダが本を取り上げようとしたのね。
「35ページからはあまり傷んでないでしょう? うちの国で夫を心から愛している貴族はお母様くらいではないかしら。探せば少しはいるかもしれないけど、わたくしは存じませんわ」
「なるほど……母は父を愛しておりません。この本を参考に生きてきたのですね」
読み進めれば読み進めるほど、気持ちが落ち込んでいく。いつも堂々としていたお母様の抱えていたものは、どれほどだったのだろう。
わたくしが生まれた時、お父様は女なのかとため息を吐いたと聞いている。お父様に可愛がられた記憶は一切ない。
もし……ロバート様が父のような態度だったらロバート様を愛せただろうか。きっと、無理だわ。
「リリアン様。この本を読ませて頂いてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。わたくしは疲れたので少し眠りますわ。寂しいので、良ければ側にいてくださいまし。そちらの椅子をお使いになって」
「お気遣いありがとうございます」
「あら、わたくしは疲れたから眠るだけ。わがままを言ってるのはわたくしよ。それじゃ、おやすみなさい」
お母様がどんな気持ちでこの本を持たせてくれたのか、ようやく分かった。全てが終わったら、お母様に手紙を書きましょう。
「ええ、母が結婚の時に持たせてくれましたの。こちらが原書のようですね。母が持っていたのは翻訳版だったようです」
「これはね、この国の貴族令嬢の教科書なんです。内容が不謹慎だからと、王家と神殿の怒りを買って発禁になってしまったのですわ。作者は国外追放されたと聞いております。だけどこの本は多くの女性を救いました。だから、表紙を変えてこっそりと母から娘に受け継がれているのです。母や祖母、ご先祖様の書き込みもたくさんありますわ。男には絶対見せない。それがこの国の約束事なんですの。だから、父もこの本の存在を知りません。母親がいない貴族令嬢には、親戚や友人など誰かしらが写本を渡しているのです」
「そういえば……母の祖母がラーアントの出身でしたわ」
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「ええ。読みました」
「上手く男を立てて、手のひらで転がしなさいって書いてありますよね」
「え? そんなことが書いてあります?」
「翻訳版だと違うのかしら? 読んでみます?」
読ませて頂くと、わたくしの知っている本とほぼ同じ内容が書かれている。あれ? でも手のひらで転がせなんて書かれてないわ……。
「もしかして、マリア様はこちらしか読んでおられないのではなくて?」
この本は、選択肢に沿ってページを飛ばして読み進めていくタイプの本だ。わたくしは選択肢に沿って読み進めたので、読み飛ばしたページもたくさんある。リリアン様が指さした選択肢は、【夫が好きですか】こんなの、イエスに決まってるじゃない。
「確かに、35ページから読み進めましたわ」
「だからなのね。わたくしは全部読んだの。この本は、夫が好きか嫌いかで180度違う事が書かれているのです」
「そうなんですか?!」
リリアン様にお借りして読んでみると、確かに全く違う事が書かれていた。夫が嫌いなら、上手く夫を転がしていい気分にさせて、実権は握りなさいって書かれているし、夫が好きなら共に支えあいなさいって書かれている。だからエイダが本を取り上げようとしたのね。
「35ページからはあまり傷んでないでしょう? うちの国で夫を心から愛している貴族はお母様くらいではないかしら。探せば少しはいるかもしれないけど、わたくしは存じませんわ」
「なるほど……母は父を愛しておりません。この本を参考に生きてきたのですね」
読み進めれば読み進めるほど、気持ちが落ち込んでいく。いつも堂々としていたお母様の抱えていたものは、どれほどだったのだろう。
わたくしが生まれた時、お父様は女なのかとため息を吐いたと聞いている。お父様に可愛がられた記憶は一切ない。
もし……ロバート様が父のような態度だったらロバート様を愛せただろうか。きっと、無理だわ。
「リリアン様。この本を読ませて頂いてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。わたくしは疲れたので少し眠りますわ。寂しいので、良ければ側にいてくださいまし。そちらの椅子をお使いになって」
「お気遣いありがとうございます」
「あら、わたくしは疲れたから眠るだけ。わがままを言ってるのはわたくしよ。それじゃ、おやすみなさい」
お母様がどんな気持ちでこの本を持たせてくれたのか、ようやく分かった。全てが終わったら、お母様に手紙を書きましょう。
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