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辺境伯夫人は頑張ります

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「彼は、変わったよ。すっかり真面目になって、深夜まで勉強してる。怪我も治ったし、元気にしてるそうだ」

「そうなのね。わたくしはお会いしてないから、気になってたのよね。元気になられたなら良かったわ」

「ハンス様に会いたい?」

「お元気ならそれで良いわ。あ、もしかしてお会いしないといけないの? 今ではハンス様は英雄ですものね。辺境伯夫人として交流した方が良いかしら?」

「大丈夫! そんな事しなくて良い! ハンス様を英雄視する声はあるけど、彼は今後は目立つ事をしないよ。平和に国が分割されたら自分の役目は終わりだと姿を隠されている。混乱期には、カリスマのあるリーダーが必要だからな。自分が英雄視されるなんておこがましいって言っておられたけど、王太子殿下が説得して表に立って頂いたんだ。外部の人間に出来る事は限られてるからね。美しい容姿の方が傷だらけで必死に訴えたら、かなり効果的だったよ。正直、オレはあまりハンス様を信用してなかったんだが……失礼だったな」

「今までの事を考えると、すぐには信用出来ないわよね。それはお互い様よ。ハンス様は本来はお優しい方なのでしょうね」

「そうだな。何度かお会いしたが、まるで別人のようだった。穏やかになっておられたし、シャーリーへの発言も無礼だったと謝罪してくれた。今まであんな態度を取っていた事が恥ずかしいと、ずっと謝っておられたよ」

「わたくしもそうだったけど、自分で考える事が出来るようになるとなんであんなに必死で言う事を聞いていたのかしらって馬鹿馬鹿しくなるのよね。わたくしは先生に会って、エリザベスと仲良くなって世界が広がったら急に家族の言う事がおかしいって分かるようになったの。それまでは、無条件で両親や姉の言う事を聞いていたんだけど……今思えば馬鹿馬鹿しいわ。先生に相談したら、今まで通り言う事を聞くフリをして自分の意志を通す方法をたくさん教えてくれたの。だからフレッドと結婚する時も上手く言いくるめられたわ!」

「あの時か。姉の為だと言って結婚を認めさせたものな」

「ふふっ、エリザベスやクリストファー様の口添えもあったけどね」

「本当に、シャーリーと結婚出来て良かったよ」

「わたくしもよ! 愛してるわ!」

そう言って口付けを交わすと、とっても幸せな気持ちになる。

「そうだ! このブレスレット、お返しするわ。もう安全よね?」

「そのままシャーリーが持っててくれ」

「え?! 駄目よ! 大事な宝物なんだから!」

「父上も母上も、親族達も皆賛成してる。ただし、シャーリーが嫌がらない事って条件は付いてるけどね。カールなんか、持ってないと危ないから持たせておけって譲らなかったよ。それにね、ハンス様の国に残っていた宝物が売りに出されたんだ。同じような効果のある魔道具がいくつか手に入ったから、問題ない。そのブレスレットはシャーリーの持ち物にしてくれ」

「待って! これって辺境伯に伝わる宝物よね?!」

「そうだよ。でも、あくまでも大事なのは魔道具の効果だから。同じような効果のある魔道具があればそれで良い。俺達は国を守る為に色んな準備をしてるよね。そのブレスレットも単なる防具だ。他の物で代用出来るなら、シャーリーに渡して構わない。それにね、シャーリーが危険に晒されたらとっても困るんだよ」

「そ、そうなの?」

「そうだよ。シャーリーに何かあれば、まずエリザベス様が怒るだろ?」

「確かに、そうね」

「それだけじゃない。オレ達だって冷静でいられる自信はない。今回だって、記録玉をふたつも同時に起動するなんて無茶をして……魔力、ギリギリだっただろう? 魔力切れを起こしたら気絶するんだぞ。敵の前で無防備に倒れるところだったじゃないか。なんであんな無茶をした」

録画魔法は同時にふたつの魔法玉に保存すると、かなりの魔力を消費する。ひとつだけなら1日中保存する事も可能だが、ふたつは厳しい。

だから、ハンス様も記録玉をふたつ保存しているなんて疑ったりしなかった。記録玉を出せば、複製しない限りひとつだけしかない。そう思うのが当然だ。フレッドだけは、気が付いていたけれど。だから、帰ったらすぐに叱られてしまったわ。

「大丈夫よ。1時間以内にフレッドが来ると思ってたから、魔力は保つと計算してたわ」

「なんで1時間?」

「操られた王太子殿下に連れられて行く時、王太子殿下の手前、フレッドには連絡するなって言ったの。でも、みんなは絶対フレッドに連絡してくれるって信じてた。あの時点でフレッドが出かけてから1時間だったわ。ゲートを使っていたし、魔道具も付けたからわたくしの居場所を確認出来るでしょう? フレッドなら、1時間以内には来てくれるって思ってたの。実際、すぐ来てくれたじゃない」

「ああもう……本当にシャーリーは……」

どうしたのかしら?
フレッドが真っ赤な顔でわたくしを抱き締めてくれる。暖かくて、幸せだわ。

「シャーリー……オレはね、シャーリーが大好きなんだ。シャーリーの行動を制限なんてしたくない。けど、そのブレスレットは付けてて欲しいんだ」

「分かったわ! フレッドは優しいわね」

「オレの行動を優しいと思うのおかしいからね?! 言ったよね? そのブレスレット、居場所も分かるんだよ?! この間渡した物全てそうだ! そんなの、気持ち悪いだろ?」

「知ってるわよ。でも別にフレッドが居場所を知るくらい気にしないわ」

「嫌だろ普通! 居場所を把握されたくなんてないだろ?!」

「そうね。でも……フレッドは常にわたくしの居場所を探ったりしないでしょ?」

「え?」

「居場所を調べるのは、あくまでも緊急時だけでしょう? 例えば、わたくしがフレッドに内緒でプレゼントをしたいからって街を歩いていても、フレッドは居場所を調べたりしないわよね?」

「そりゃ、そんな事しないけど……」

「そうよね! なら別に大丈夫よ! 危ない時はこの宝石を押せば良いのよね?」

「ああ、そういえばあの時はなんで押さなかったんだ?」

「ブレスレットの存在を知られたくなかったの。次は大丈夫よ! こっそり押せるようにメアリーと研究したから!」

「え?! オレは何も知らないぞ!」

「本物を押したら、フレッドのお仕事の邪魔になるでしょう? 似たものを作って、練習したのよ。もちろん魔道具じゃないからただ押すだけだけどね。服に隠してても、縛られてても押せるようになったわ! だから安心して。普段は、居場所を調べたりしなくて良いわよ」

「分かった。シャーリーが嫌じゃないなら、そのまま付けててくれ」

「分かったわ! 街に出かける時はいくつか付けて行くから安心してね」

先生が最初に教えてくれた事。
自分で考え、行動する事。相手が何を望んでいるか、よく観察する事。相手の希望が分かれば、自分のやりたい事も出来るからよく周りを見なさいって言われたわ。その横でお姉様は寝てた。

わたくしがやりたかったのは、あの家で平穏に過ごす事。ケイリー様が現れてからは、あの家からなんとか脱出する事。それだけだった。

フレッドと結婚してから少しずつ楽しみを見つけた。刺繍は姉の手伝いをする面倒な時間だったのに、フレッドの持ち物を飾る幸せな時間になった。フレッドにお金を払わせているのが申し訳ないとメアリーに溢したら、事業をやれば良いと勧めてくれた。フレッドは賛成してくれて、家族もそれぞれ事業をしてたから色々教えてくれた。

わたくしは、自分の好きなものがたくさん出来た。取られるからと物には執着しなかったのに、フレッドからの贈り物は誰にも渡したくないって思う。

フレッドはわたくしが心配なだけ。
わたくしも、フレッドになら束縛されても構わない。でも、内緒でフレッドにプレゼントを買いたい時もあるから、こうやってフレッドの心配を取り除いてあげれば……平時は居場所を調べられない。

「シャーリー……愛してる」

「わたくしもフレッドだけを愛してるわ」

わたくしを閉じ込めたい旦那様。
だけど大丈夫。わたくしはどこにも行かないわ。だから、少しだけ自由を頂戴ね。
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