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10. 執事は、潜む

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「くそっ……! 父上も母上も……リリーばかり褒める!!!」

王太子は、イライラしていた。

周りに当たり散らす王太子に人望はなく、どんどん侍従は入れ替わる。侍従は10人以上居るので、辞めやすいといった事情もある。

フォッグは、退職した侍従のマントを盗んで侍従のフリをしていた。名前も聞かないし、顔すら覚えていない王太子を騙すのは簡単だとフォッグは思っているが、それは魔法を駆使して変装しているからであり、普通はバレる。

「確かに、リリー様は優秀ですからね」

「なんだと?! 貴様、クビにするぞ!」

「……クビですか。承知しました」

そしてまた別人としてやってくる侍従は、やはりフォッグの変装だ。

この国、大丈夫か?

そう思ったフォッグだが、おかしいのはフォッグであって王太子ではない。いや、名前すら聞かない王太子もおかしいが、侍従に与えられるマントは厳重に管理されている。マントを付けているなら信用するのも致し方ない事ではある。

王太子の侍従が入れ替わり過ぎて、マントの数が足りなくなっていなければ……だが。それから、名乗らない事に疑問を持たないのもおかしい。

王太子は侍従の事を使用人程度だと思っている。本来なら侍従は王太子の補佐を務め、陰日向に支えるべき存在なのだが……そんな志のある者は、もう残っていない。優秀な者は他国に留学している。それは、国に見切りをつけている証。

だからこそ、国王は優秀なリリーを手放す訳にはいかなかった。

侍従のフリをしたフォッグは、なんとかリリーに婚約破棄の書面を叩きつけてくれないかと、リリーの父の所業を伝えたりもした。だが、先手を打っていた国王に厳しく厳命されていた王太子は、気軽に書面を書いてくれない。

そんなに文句があるならさっさと婚約を解消しろと何度も思った。側妃狙いの令嬢に正妃を狙うよう唆したりもした。だが、どの令嬢も正妃の大変さを知っている。側妃として楽して贅沢をしたい。そんな令嬢ばかりなので正妃を目指そうと唆すと姿を現さなくなってしまう。

だが1人だけ、なにも分かっていない令嬢が居た。

「また、お姉様にいじめられたんですの……」

「ふん、リリーのヤツ……嫉妬して醜い事をして……」

そう言いながらも、王太子の瞳の奥に仄かな喜びがある。フォッグの心はその度に灼けついた。

「リリー様より、正妃に向いておられるのではないですか?」

「王太子殿下の愛を一身に受けている方が正妃に相応しい。同じお家からなのですから、問題ないでしょう」

変装したフォッグは、怒りを抑えながら何度も何度も婚約解消を薦めた。

だが、王太子はなかなか首を縦に振らない。
その気になるのは嘘吐きな妹だけ。

フォッグは気が付いていた。この男は、リリーを手放す気はない。たくさんの女性と遊びながら……リリーまで……。

いっそ暗殺してやろう。そう何度も思ったが、もしリリーが王太子を好いているなら悲しむ。だからフォッグは、必死で自らを戒めた。

リリーとフォッグが心を通わせ、家出の準備を整えている頃、王太子は明るく、美しくなったリリーに心を傾けるようになった。国王も王妃も、息子の変化に喜んだ。これで国は安泰だと思った国王と、玩具が無事息子と結婚してくれそうだと安心した王妃は、久しぶりに夫婦で外交に出かけた。

リリーの心が王太子にないのなら、見たくないものなど見ない。フォッグは既に、王太子の侍従のフリをやめていた。

だからフォッグは知らなかった。

イライラしたリリーの妹が最終手段に出た事に。
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