上 下
16 / 32

16.未来に向けて

しおりを挟む
クライブは苦虫を噛み潰したような顔をして、リーリアの言葉を肯定した。

「……この記述が正しければ、そうなのでしょう」

「魅了魔法は、直接会わないと効果がないようです。かかった者は、術者の望みを叶える事を最優先します。たとえば、王であるにもかかわらずリーリア様が現れると執務をしない。といった事が考えられます」

コーエン侯爵が話を進めると、リーリアは罪悪感で下を向いた。

「父上はそんな事しないぞ。リーリアが来ても執務を優先させていた」

「お兄様……今はそうでも、過去は違いました」

「まさか……あの真面目な父上が……?」

「私は国を出ていましたから詳細は分かりませんが、陛下の評判はとても悪く暗愚だと言われていましたよ」

「信じられん」

呆然とするカシムに、コーエン侯爵とクライブが資料を広げながら説明を続ける。カシムを気遣うからこそ、嫌な情報は一気に伝えてしまいたいと親子は考えていた。

「魅了魔法を持つ者と会う時間が少ないとあまり魅了が効かず、好意を持つ者が通算1週間程度共に過ごすと盲目的に従うようになるそうです。魅了魔法を持つ令嬢が王や高位貴族を手玉に取り反乱が起こったと記録が残っています。王が罪のない貴族を国外追放したりしたそうですよ」

コーエン侯爵に続いて、クライブが過去を説明した。

「リーリア様は公務をせず、民の前に姿を現しませんでした。おそらく、ご家族や世話をする使用人以外と接する時間は少なかったのでは?」

「そうね。たまに貴族が訪ねてくる事はあったけど、どれも数分。家庭教師の先生もすぐ変わってたし、家族や侍女達以外と話す時間はあまりなかったわ。もうひとつ心当たりがあって、あの男と初めて会った時の記憶があまりないの。もしかしたら、自白魔法を使われたのかも。それからわがままが通らなくなってイライラしていたのを覚えてるわ。お父様やお兄様達がおかしかったのは……わたくしのせいだったのね」

「リーリア……」

「過去でクライブに魔力の鍛え方を教えてもらってから、もっと頑張ればよかった。そしたら、魅了魔法はなくなったのに。修行をサボって、好き勝手していたわたくしのせいなんだわ。クライブが留学と称して国外追放されたのも、きっとわたくしのせい。お父様にまたクライブに会いたいとお願いしたの。そしたら、クライブは国を出たって言われて……」

「父上や私達が魅了にかかり、リーリアのお気に入りになりそうなクライブを排除したのか」

「きっとそう。わたくしが魔力を鍛えれば……お兄様達は死ななくて済んだのに……」

落ち込むリーリアの前にクライブが進み出た。クライブはリーリアの目の前で手を叩く。大きな音が部屋に響き渡った。

「きゃ! 何するのクライブ!」

「リーリア様。今は幸せですか?」

「もちろんよ。でも、クライブは魔力がなくなって……」

「私の魔力の引き換えに、リーリア様の幸せが手に入るなら安いものです」

「……え」

「私が使った魔術は、過去に戻り全てをなかった事にします。リーリア様がわがままを言ったり、陛下や王太子殿下が民を苦しめたりはしていません。あの男も大義名分がなければ攻めてこないでしょう。私の魔力を全て捧げるだけでリーリア様が幸せになり、王族の皆様も父も生きています。何度でも申し上げます。失ったものは私の魔力だけ。安いものです。それに、魔力の核はある。まだ希望はあります」

「でも……」

「私に悪いと思うなら、もっと勉強して素晴らしい王女になって下さい」

「もう……相変わらず厳しいわね」

「厳しくしろと言ったのはリーリア様ですよ」

「そうだったわね。わたくしは貴方がいないとすぐわがままになってしまうの。だから、ちゃんと側にいてちょうだい」

「かしこまりました」

幼い二人のやりとりは神秘的で、兄と父は黙って見守るしかなかった。

「さて、お話はこれで終わりで良いかしら? コーエン侯爵、クライブを連れて行っても良いわよね?」

「父上、お願いします。私はリーリア様のお側にいたいのです。たとえ、どんな形であろうと」

「……王太子殿下」

「クライブを丁重に扱うと約束する」

「息子を……クライブをよろしくお願いします……」

「任せてくれ。また伺うよ」

コーエン侯爵とカシムは目を合わせると、小さく頷いた。

評判のいい王女と、魔力のない生まれを届けられていない侯爵家の子息。2人が結ばれるには、障害しかないと言っていい。

カシムはすぐに家族と話し合いをすると決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」  十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。  だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。  今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。  そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。  突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。  リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?  そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?  わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...