聖女は世界を愛する

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11.ニックの報告書【ニック視点】

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なんで、あの状況で笑えんだよ。今回ばかりは本気で殴り飛ばそうかと思った、あとちょっとで手が出るとこだった時に、聖女様はオレに心配かけまいと笑ってやがった。

オレは、なにもしてあげられなかったのに。

もう、クビでいい。一刻も早くなんとかするしかない。クビになっても、剣の腕だけなら団長にも勝てるんだ。冒険者でもやりゃあオフクロは食わせてやれる。騎士を辞めたら残念がるかもしんねぇが、理由を話せばわかってもらえるだろう。

「団長、ただいま戻りました」

「ご苦労。ニック、すごい殺気だぞ、新兵が怯えている。何があった」

「聖女様は、皆の前で魔物が減るようにと祈られました。とても御立派なご様子でした。また、癒しの力を発現なさいました」

「ずいぶん早いな。歴代の聖女様が癒しをお使いになられるまで1年はかかるだろう。まさか……」

「シスターコリンナは、聖女様に合計300回以上の鞭打ちの懲罰をなさいました」

「!!!」

「聖女様は、死なないから構わないと仰せです」

「ふざけるな!!!」

「団長、シスターコリンナを教育係から外せませんか。あの人がいる限り、聖女様は虐げられ続けます」

あの状況で、オレに笑いかけた聖女様は痛々しくて見ていられない。

「国王にご報告する! お前もついてこい!」

「はっ」

----------------------

「国王陛下! 内密にお話があります!」

「マーシャルか、みな席を外せ。それから、王妃を呼んでこい」

王妃様が来られたら、国王陛下はお付きのものを全員下がらせ、オレたちが部屋を出るまで誰も入るなと命じる。

「国王陛下、聖女様への行き過ぎた教育を行う教育係、シスターコリンナについてご報告いたします」

「ふむ、以前の報告の後も聖女様への行き過ぎた行為があるというのか」

「国王陛下は、300回以上鞭打ちをすると人はどうなるかご存知ですか?」

「そんなことをすれば、お前のような屈強な戦士でも死ぬだろう」

「まさか」

「ニック、報告を」

「シスターコリンナは、祈るまで聖女様に一切の飲食を許さず、最初が肝心だと言い、ろくな説明もせずに鞭打ちを繰り返しておられます。祈り方すら教えず、祈らないからと鞭打ちするのはおかしいでしょう。聖女様はすっかり彼女の顔色を伺うようになり、鞭を見るだけで土下座して許しを乞われるようになられました。私が手を出すことも許されません。おそらく手を出せば、二度と聖女様の護衛はできないでしょう。そうなったら、聖女様を気にかける者はいるのでしょうか? 本日聖女様は癒しの力を発現なさいました。それも、シスターの鞭打ちが酷すぎたせいです。シスターは、自分の教育が正しいとおっしゃっておられますが、聖女教育はこれが普通ですか?」

「ありえませんわ!!!」

王妃が、叫ぶ。

「わたくしが召喚された時は、すぐに温かいベットと口に合うようにと色々工夫された料理をご用意頂きました。丁寧に国の説明を行い、祈りの方法もゆっくり教わり、神殿の多くの人と言葉を交わしました。そうやってようやく、心からこの国のみなさんの平穏を祈ることができたのです! あのように暖かい神殿がそのような事をするなど……そんな」

「王妃様は、聖女様をなさっていた時、懲罰だと鞭打ちされたご経験はおありですか?」

「そのような事をされた事は……ないですわ。それに、シスターコリンナはわたくしが聖女をしていた時は天使のようにお優しいシスターでしたわ」

そうはいっても、あのシスターに優しさを感じた事はないぞ。どっちかって言うと、アレは悪魔だ。天使の要素はゼロだな。ああでも、神殿長様にはいい子ぶってたな。ってことは

「シスターコリンナと、王妃様が初めてお会いになったのは、いつでしょうか?」

「わたくしが、聖女を務めて2年半、任期が終わり次第国王陛下と結婚することが決まった後ですわ」

「王妃様は、既に立派に聖女の役割を果たしておられ、その後王妃様となられる事が決まっていたのですから、態度が優しいのは当然かと」

「それは……でも、そんな虐待のような行為はありえないわ」

「しかし、祈るまでは食事も与えず、衰弱して身体を動かす事もできない状態で、祈れと鞭を打っておりました。死なないから構わない、癒せるなら構わないと、何度も鞭打ちするのはありえない!!!」

できるだけ冷静に言うつもりだったが、声を荒げてしまった。国王陛下と王妃様になんということをしているんだ。
騎士としてあるまじき行動だ。冷静になる為手を握りしめる。オレの悪い癖だ。血が溢れるが、構わない。そういえば、昼間も聖女様が手を癒してくれたんだよな。あんな状況だったのに……。 

「シスターコリンナは、聖女様の教育係に相応しくありません」

団長が続ける。助かった。このまま話してたらやばかった。

「わたくしの時は、いきなり知らないところにきて不安でしたが、みな優しくしてくださいましたし、聖女の任期が終われば自由もあると聞いておりました。それに、召喚は神殿の方々が望んだわけではない事故のようなものですので、仕方ないとしばらくすれば割り切れました。ひとえに、周りがみな優しかったからですわ」

あまりに今の状況と違うな。それに、神殿なら食事の管理も複数人が動くはず。いちばんの重要人物であるはずの聖女様の食事が出されないなんておかしすぎる。少なくとも、王妃様のように皆が気遣ってくれるなんて優しい状況じゃねぇ。なにがおかしいんだ? シスターなのか、神殿なのか……少なくとも、オレが初めて聖女様に会った時の状況は、絶対おかしい。

「私が初めて護衛に伺った時、うちに帰してと願う聖女様に、あなたは生涯ここで過ごしますとシスターコリンナは言いました」

「……」

「ニック、それはありえないだろ。聖女の任期は3年のはずだ」

「間違いありません。そのあと祈らないからと鞭打ちし、気絶した聖女様を軟弱だと嘲笑っておられました」

「それは、本当なの?」

本当だよ。助けてって言われたのに何もできなかったオレも、あのシスターと同類だろう。

「王妃様が召喚された時は、このような事はなかったのですか?」

「な、なかったわ。任期は3年だと、最初に言われたもの! 任期が終わった後は、一生の生活は神殿が保障して、好きなことが出来ると言われたわ。だから、頑張れた部分もあったのに」

ならなんで、今はこんなにおかしいんだ。あんなのオレだって耐えられない。いくら死なないからって何をしてもいい理由にはならない筈だ。

「ニックの報告を受けて、過去の聖女様の調査を進めています。これは、私の勝手な予想になりますが、聖女様が早く祈れたのは、祈れば食事を与えると言われたからではありませんか? 空腹に人は抗えません。それに、何もわからない状況で、暴力を繰り返せば、簡単に聖女様を操れるでしょう。懲罰と言えば、神殿では正義なのですから」

「そうですね、団長のおっしゃっている通り、聖女様を操る意図があるのかもしれません。シスターコリンナは、懲罰だと言っておりましたが、私の目には拷問と変わらないように見えました」

「そんな、拷問だなんて……」

王妃様の顔は、真っ青だ。

「その話が本当だとしたら、ありえない事態だ」

「そうね……確かに、わたくしが召喚されて一週間は、ずっと泣いていたもの。今回の聖女様はずいぶん早く祈りをはじめられたと聞いた時に、なぜ疑問に思わなかったのかしら。わたくしは、同じ立場だったはずなのに情けないわ。ニック、聖女様を気遣ってくださる方はいらっしゃらないの?」

「神殿長様は、聖女様が衰弱していると回復魔法をかけられて、衰弱している事を疑問に思われたご様子でしたが、シスターがうまく誤魔化したようでした。聖女様には常にシスターコリンナが付いており、シスターのいない時には部屋から出る事を禁じられています」

「そんな……」

「王妃様のお話を伺う限り、過去にはきちんとした対応をされた聖女様もおられるようですね。ですが、今の聖女様への扱いはあまりに不当です。聖女様はまだ幼い女性で、拷問を受けるなどあってはならない筈です」

「あい、わかった。早急に神殿への調査を行い、可能な限り早く教育係の変更を要求することとする。ニック、お前は引き続き聖女様のご様子を報告し、場合によっては、お助けしろ。しかし、目をつけられらような事はするな。お前が護衛から外されれば、聖女様のご様子はわからなくなってしまう。いいな、これは王命だ」

「かしこまりました。影ながら聖女様をお守りいたします」

神殿をぶっ壊したかったが、もうしばらく我慢が必要なようだな。頼むからもう聖女様に鞭打ちはやめてくれ。今度こそシスターをぶん殴ってしまいそうだ。
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