悪役令嬢とヒロインは手を組みました

編端みどり

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四十二話【モルダー視点】

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「オリヴィア、大成功だよ。これでアイザックは休んでくれる」

エドワードが、くしゃりと顔を崩して笑う。いつも冷淡な顔をして仕事をこなすエドワードがこんな笑顔を見せるのは、オリヴィアの前だけだろう。

心配していたアイザックの過剰労働は、オリヴィアが動いたらあっという間に解決した。

アイザックが休んでくれるようになって何よりだ。オリヴィアは、子どものように嬉しそうに飛び跳ねている。

「やったわ。大成功ね。さすがロザリー、最高の演技力だわ」

「本当にね。僕、人を見る目がなかったんだなって思うよ。あの人は王妃に相応しい。オリヴィアよりもね」

「ふふっ、だってロザリーはヒロインだもの」

「ヒロインって何?」

「主人公って事ですよ。街中では、ロザリー様のシンデ……成り上がり物語が大好評だそうですよ」

ウィルが、テキパキと書類を処理しながら言う。こんな事が出来たのもウィルやエドワードがアイザックの仕事を仕分けし、適切に処理できるようにしてくれているからだ。今はお手伝い程度だが、卒業したらもっと深い仕事を任されるだろう。ウィルは卒業したら宰相様直属の部下として就職が決まっている。次期宰相はエドワードだろうけど、一部の平民出身の官僚はウィルに密かに期待している。ウィルが本気で宰相の座を狙うならともかく、彼はエドワードを立てながら上手く立ち回っているからな。初の平民出身の宰相様が誕生する可能性は低いだろう。

ふと、ウィルにも苦手な事はあると言ったオリヴィアの言葉を思い出した。まだ出会って1年経っていないが、ウィルは間違いなく学園始まって以来の天才だ。そんなウィルの苦手な事か……想像がつかないな。

「ロザリー様の平民人気は凄いよね。そろそろオリヴィアの父上を騙すのも限界だよ」

「もう卒業ですし、ロザリー様がお一人で過ごされても問題ないでしょう。さっさとオリヴィアを勘当して貰ったらどうですか?」

「今回の作戦を決行する条件として、オリヴィアは卒業まで特別寮に居る事を約束させられた」

「抜かりねぇっすね」

「学園では、特例は認められない。だから、僕らはなんとかあと少しガードナー侯爵を騙さないといけない」

「しゃーねぇなぁ。サイモンに頼んで、愛人との旅行でも企画しましょうぜ」

「……その愛人とやらも、サイモンの手の者なんだろ?」

「さぁ? どうっすかね」

サイモンは今は不在だ。税率が元に戻ってからはウォーターハウス商会は積極的に物を売っている。今までは売れば売る程赤字だったからな。その分を取り返そうとしているのだろう。

サイモンは、天性の商人だから国を脅かす事はしないだろう。以前のように、彼の宝物を蔑ろにしなければな。

恐ろしい1ヶ月だった。学園を封鎖出来ていなければ、生徒を守れなかっただろう。アイザックの命令書が良い仕事をしてくれた。しかし、まさか特別寮にサイモンが隠れているとは思わなかったな……。あそこは保存食も多めに備蓄してあったし、水も引いてあるから籠城しやすかったのだろうが、女子寮に忍び込むとはな。オリヴィアが不在だったから鍵をかけて警備も付けていなかった。完全に盲点だった。

たった1人の少年に、国中が振り回されたと言う者も居る。だが違う。サイモンは、元々歪に積み上げられた状態に僅かなヒビを入れただけ。それで瓦解するなら元々末期状態だっただけだ。むしろ、上手く膿が出て良かったと言う者の方が大半だ。

不敵に笑うウィルにエドワードが睨みを効かせたところで、ノックをしてマーティンが入室して来た。

「ただいま戻りました。エドワード、宰相様がお呼びだぞ。アイザック様は完全にお眠りになった。今後はきちんと休んで下さるとお約束頂いたから大丈夫だ。今はロザリー様が付いている」

「完璧だね。すぐ起きたらロザリー様が叱ってくれるだろうし、あとは放っておこう。次に無理しそうになったら、ロザリー様を呼ぶって言えば休んでくれるよ」

「凄かった。あれはオリヴィアのアイデアなのか?」

「そうよ。よく効いたでしょ?」

「オレも具体的にどうしたか知らねぇんだよな。何やったんだよ」

「簡単よ。アイザックは想像力が足りないだけなの。無理をしたらどうなるか、倒れたらどれだけの人に迷惑をかけるか、どれだけの人が心配するか、想像出来ないのよ。だから、ロザリーに代わりに実演して貰ったの」

「ぶっ! ロザリー様が演技でぶっ倒れたって事か?」

「そうよー。アイザックがいくら止めても仕事を続けて貰って、良い頃合いでわざと倒れて貰ったのよ。で、決め台詞を言って貰ったの」

「なんで言ったんだ?」

「アイザックが寝ないで頑張ってるんだから……わたくしも出来るの……アイザックが休まず働いてるんだから……わたくしも休まず働かないと……って、言って倒れて貰ったわ」

「うわ。そんなの好きな女性に言われたら罪悪感がえげつない」

「ふふっ。でしょう? わたくしがやっても駄目だけど、ロザリーなら効くわよね」

「……嘘ってバレてねぇよな?」

「そこは上手くやったよ。アイザックが取り乱し過ぎてとても人に言えない状態になったから、内緒で頼むよ」

「あの人の評価は底辺まで落ちたんですから、今更そんくらいで幻滅したりしねぇっすよ。オリヴィアが婚約者の時は何もしなかった癖にとは思いますけどね」

「おかげでこっちにも利益があるんだから良いじゃない」

「そうっすね。エドワード様やマーティン様は、卒業したら婚約とかするんっすか?」

「僕はしばらく仕事に専念するよ。父上も晩婚だったからね。若い時は仕事に邁進するのも良いだろうってさ」

「私は半年間は婚約者の選定を止めて貰っている」

「半年ですか……そんなの言っちゃって良いんですか?」

「構わない。正々堂々と闘う」

真っ直ぐオリヴィアを見つめるマーティン。だが、肝心のオリヴィアがマーティンの熱い視線に全く気が付いていない。

「闘うって……マーティンは卒業したら武者修行でもするの?」

「……ああ、自分をもっと高めるつもりだ……だから……」

「マーティン、父上の所に行くからついて来て」

エドワードの冷えた声が部屋に響く。そのまま、スタスタと部屋を出て行くエドワード。チラリとウィルを見て、諦めたように溜息を吐くと挨拶をしてマーティンも部屋を出て行った。

俺とオリヴィアからウィルの顔は見えないが、彼がマーティンを睨んでいるであろう事は容易に想像がつく。

「……油断ならねぇ……」

ウィルの呟きは、オリヴィアの耳には届かなかったようだ。オリヴィアは自分に向けられる好意に鈍感なのだろうか。のんびりとマーティンの将来を夢想している。

「マーティンはどんな修行をするのかしらね。やっぱり各地を巡る武者修行の旅とか?」

「いや、あの人は王都を離れないだろう。オリヴィアが旅するってんなら別だろうけどな」

「旅も良いわね」

「なら、俺と旅するか?」

「ウィルは就職が決まってるでしょ。言ってみただけよ。あんなに素敵なお家を頂けるんだから王都でのんびり過ごすわ。父や母が突撃して来たら逃げる事を考えるけど」

「多分大丈夫だとは思うけど、もし逃げるなら必ず教えてくれ」

「もちろんよ」

オリヴィアは、ウィルが好きなのだろうか。ウィルも、サイモンも、エドワードも、マーティンも間違いなくオリヴィアを女性として愛している。

だが、オリヴィアは特定の男性を好いているようには見えない。

アイザックに心底惚れていて、尽くしていた時のような顔をしていないからな。だけど不思議と、今のオリヴィアの方が魅力的だ。恋する女性は美しいという定説は間違っていたのだろうか。

ウィルに笑いかけるオリヴィアは、アイザックに笑いかけていた時よりも無邪気で可愛らしく、妖艶で美しい。

ウィルの頬が真っ赤に染まり、俺をチラリと見る。オリヴィアと2人きりになりたいんだろう。だが、俺は出て行かない。このまま2人きりにしたらエドワードとマーティンから恨まれそうだしな。

心の中で言い訳を作り、ウィルに微笑んだ。学園始まって以来の天才は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

オリヴィアは、心底楽しそうに笑っている。

湧き上がってくる気持ちに、無理矢理蓋をする。俺は教師だ。この気持ちは卒業するまでは誰にも悟られず、誰にも知られてはいけない。
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