悪役令嬢とヒロインは手を組みました

編端みどり

文字の大きさ
上 下
34 / 47

三十四話【アイザック視点】

しおりを挟む
「おお! やはり婚約解消は仮初だったか! いやぁ! 仲が良い事は良い事だ!」

オリヴィアの父上は、嬉しそうに去って行った。

「……ふぅ、これでしばらくは大丈夫ね。ありがとう」

周りに人が居ない事を確認したオリヴィアは、すぐに手を離して私から距離を取る。

本当に、嫌われたんだな。

今までのオリヴィアなら、ずっと私の側に寄り添っていたのに。

「ごめんなさいね。アイザックはロザリーが好きなのに」

感情のない目で、私に話しかけてくる。エドワード達と話す時と大違いだ。

「……いや、私こそ今まで申し訳なかった……」

「もう散々謝罪して貰ったわ。無事婚約解消されたし、気にしないで。それよりロザリーの養子先が決まって良かったわね」

ロザリーの養子先を探してくれたのはオリヴィアだ。混乱している中、わざわざオリヴィア自身が直接出向き、依頼してくれた。

表向きは、優秀な学園生を救う為。
本当は、ロザリーを私の婚約者とする為。

学園は完全封鎖されているので、ロザリーと会う事は出来ない。私が頼んでも、養子先は見つからなかっただろう。そして噂だけが広まり、ロザリーを危険に晒す事になっただろう。

公爵家は年頃の子どもが居ない。後継はまだ生まれたばかりだ。口は固いが、納得しないと動いてくれない。最初は会ってもいない元平民を養女には出来ないと渋られたが、オリヴィアが説得してくれた。彼女が言うなら良いだろうと、ロザリーと一度も会っていないのに話は纏った。しかも、オリヴィアは何度も手紙でロザリーの意志を確認してくれた。

本当に私と結婚する気があるのか。嫌なら必ず教えてくれと聞かれており、オリヴィアを気遣いが感じられた。オリヴィアに報いる為にも私の隣で生きていきたいとロザリーからの手紙に書かれていて、泣いた。

だけど、そのせいでオリヴィアがどんな目に遭うのか。馬鹿な私は想像出来ていなかった。

ロザリーの養子先を選定する前に、エドワードの提案で私とオリヴィアの婚約解消を発表した。王太子印があれば、婚約解消は父上の決済が無くても可能だからな。

婚約解消を発表してすぐに、オリヴィアの父上が城に怒鳴り込んで来た。

それはもう、物凄い剣幕だった。

婚約解消するなら要らないと、オリヴィアに乱暴を働こうとした。マーティンが止めてくれたが、恐ろしい顔をしていた。彼は私の前では穏やかに話す事が多いから、見た事がない姿だった。

そう言ったら、オリヴィアの父上を説得して追い返した後、エドワードから1時間説教された。

扉の前にマーティンを立たせて、誰も来ないようにしてこんこんと叱られた。

「あのさ、興味がないにしても酷すぎる。オリヴィアの父親は、いつもああだよ。儀式をしようとした時だって拒否したオリヴィアを殴ろうとしたでしょ? あの時だってマーティンが止めたんでしょう? 僕は後から先生と駆けつけたけど、アイザックはずっと居たよね? なんで止めなかったの? 普通、婚約者の役目でしょ?」

「確かに、オリヴィアは儀式を嫌がっていた。だけど、私が頼めば了承してくれると思ったんだ。父上もうるさかったし……私も、楽がしたかった」

「オリヴィアが殴られそうになっても何もしないで座ってるなんてほんっと最低だよ。いい、絶対にロザリーに同じ事をしないでよ! オリヴィアは貴族だから、アイザックが好きだから我慢してくれた。だけどロザリーは、アイザックの為だけに貴族になったんだよ。本当なら、平民として穏やかに暮らせた女の子を引っ張り出したのはアイザックなんだから! 絶対に大事にしてよ! でないと、オリヴィアが可哀想過ぎる!」

「何故、オリヴィアなんだ。そこはロザリーではないのか?」

そう言ったら、初めてエドワードに殴られた。彼は力は強くない。だから跡にもならなかったが、初めて殴られて頭が働かなかった。

凍てつく氷のように冷たい目で睨みながら、エドワードは続ける。

「ロザリーを大事にするなんて当たり前だ。けど、オリヴィアの事だって考えろ。オリヴィアがどれだけアイザックの為に努力してたか知らないからそんな事言えるんだろ。僕は知ってるよ。オリヴィアは苦手な外国語も、古代語も必死で勉強してた。僕も努力してたけど、オリヴィアは僕と同じ勉強をしながら淑女教育や王妃教育も受けてた。並大抵の努力じゃ出来ない。しかも、オリヴィアはアイザックを守る為に護身術も身に付けた。寝る暇なんてほとんどなかったと思うよ。それだけ忙しいのに、アイザックの好みを全て把握して、好みが変わっても的確なプレゼントを渡してた。オリヴィアから貰った物で、気に入らない物、ある? ないでしょう? アイザックはいつも同じ物しかあげない手抜きぶりだけど、オリヴィアが一度でも同じ物をあげた事ある?」

文具、服、装飾品から書籍に至るまで。
オリヴィアから貰った物で私が気に入らなかった物はない。高価な物から安価な物まで、全て私の気に入る品ばかり贈ってくれた。だけど私は、そんな事婚約者なら当たり前だと思っていた。

けど、違う。

私がオリヴィアに渡していた薔薇は、彼女の嫌いな花だった。ただ嫌いな訳じゃない。嫌な思い出もある見たくもない花。それを受け取って、彼女は笑ってくれていた。好きな食べ物もケーキではなく、ミルクと蜂蜜だと言う。初対面のロザリーでも知っている事を、私は知らなかった。

「僕、何度も言ったよね? もっとオリヴィアを大事にしろって。そんなんだから、愛想尽かされるんだよ。……ねぇ、もう良いよね? 僕ね、ずうっと前からオリヴィアが好きなんだ。アイザックと婚約する前からオリヴィアの事が好きなの。だけど、僕じゃオリヴィアを助けられない。オリヴィアを救えるのは王子であるアイザックだけだった。だから、アイザックの婚約者候補にオリヴィアを推薦したんだ。あの親だから父上は嫌がったけど、オリヴィアは優秀だからって薦めたのは僕だ。婚約が決まった時は寂しかったけど嬉しかった。オリヴィアも、アイザックを好いてるみたいだったからね。けど、アイザックはオリヴィアを大事にしなかった。面倒な事は押し付けるくせに、オリヴィアに与えるのはトラウマもあるくらい嫌いな薔薇の花と好きでもないケーキだけ。とんでもない事をしたって後悔したよ。どうしたらアイザックがオリヴィアを大事にするのか分からなかった」

泣きそうな顔で私に詰め寄るエドワード。
そうか……私はなんて鈍いんだ。友の気持ちに、全く気がつかなかった。

何度も私に忠告してくれたエドワード。
私がオリヴィアを愛していれば……きっと一生知る事のなかったであろう友の気持ちに触れて、胸が張り裂けるように痛い。

「……なんて顔してんのさ。僕に悪いと思ったとか言わないでよ。今度こそ本気で殴りたくなる。オリヴィアはさ、どうしてアイザックが好きだったか分からないって言ってた。そこまで言われるってよっぽどだよ。確かにアイザックは自分で婚約者を選べない。それは王族の宿命だ。オリヴィアが好みじゃなかったのかもしれない。でもさ、もうちょっとくらい、優しく出来なかったの? みんなには優しいのに、どうしてオリヴィアだけ無関心だったのさ」

「父に決められた婚約者だったからだろうな。最初は良かったのだが、オリヴィアが優秀だと言われるようになって、エドワードと仕事までするようになって……父もオリヴィアを褒めるようになった。私はオリヴィアに嫉妬していたんだ」

「陛下がオリヴィアを褒めたのは優秀で便利だったからでしょ。単なる駒としての扱いだよ。アイザックも同じようにオリヴィアを扱ってた」

「そうだな。オリヴィアには何度謝っても足りない」

「そこは一生後悔してたら? ま、オリヴィアはもう気にしてないみたいだけど。おかげで僕にもチャンスが巡ってきたしね。ライバルはかなり多いけど、負けるつもりはないから」

「……ライバル?」

「よーく観察してみると良いよ。気が付いても、言っちゃダメだからね」

よく観察するようになると、すぐにわかった。オリヴィアを好いている者達は、皆優秀だ。オリヴィアも、私の前で見せた事のないリラックスした表情を見せている。

オリヴィアがこんな風に笑うなんて、知らなかった。彼らは、オリヴィアを心から慈しんでいる。私は、彼らのようにオリヴィアを大事にしなかった。エドワードに殴られて当然だな。

しかし、私も人の事は言えないがオリヴィアは相当鈍いのだろう。あれだけあからさまにアプローチされているのに、あっさり結婚したくないと言うなんて……。まさか、オリヴィアはあの3人以外の男を好いているのか?

ふと、彼らに負けず劣らず優秀で、1ヶ月前から姿を見せない男の事を思い出した。

いや、彼が居なくなった時はまだ私達は婚約していた。オリヴィアの事だ。婚約を解消しないと他の男を恋愛対象として見る事はないだろう。

では、彼女が結婚したくないというのは本音か……。男を信頼してないという事か。私のせいだよな。罪悪感で、胃がキリキリと痛む。

「どうしたの? 胃が痛いなら診察して貰う?」

「いや、大丈夫だ」

「大丈夫じゃなさそうよ。ちゃんと診てもらいましょう。でないと、ロザリーが心配するわ」

オリヴィアに促され、侍医の元へ行く。その間も、オリヴィアはサイモンを探していた。

私に向ける視線は、他の貴族と同じ儀礼的なもの。

私はオリヴィアにとって、本当にどうでも良い存在なのだと実感した。今心配してくれたのも、あくまでも臣下として。以前のような愛情溢れる視線を向けられる事はない。

今更ながら、寂しいと思った。
だけど、そんな事を思うなんて許されない。

私はオリヴィアの気持ちを踏み躙ったのだから。

私は、今頃火花を散らしているだろう彼らの愛がオリヴィアに届く事を願う事しかできない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

処理中です...