勇者よ、私を殺しなさい

あかこ

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勇者よ、私を殺しなさい

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 月の美しい夜だった。

 石灰岩で築き上げられた古来より続く百夜城。歴代の魔王と呼ばれる者が統べる孤高の王城。その王城の広間に二つの影が伸びていた。
 月の光が窓から差し込んで、照明のように2人を照らす。
 1人は端正な男性であった。体躯も良く長身の男性は若く、そして真っ直ぐに前を見据える瞳は晴天の青空のように鮮やかである。月の光で照らされてる髪は太陽の光のようにキラキラと輝いていた。
 だが、彼は不釣り合いなほど赤色に染まっていた。中には血肉の破片すらこびりついて、その美しい顔を所々朱に染めていた。手には精巧な長剣……その名を聖剣と言う。聖剣を携えた様相は、絵画のようだった。
 甲冑は、只人では永遠に手に入れることは叶わない素材で出来ていた。
 エルフと呼ばれる民が祈りを捧げながら織ったと言われる装束が闇世の中で僅かに輝いて見えるのは、魔力によって紡がれた刺繍による魔法陣なのだろう。
 彼の様子を見て、誰もが同じ言葉を紡ぐだろう。
「勇者」と。
 彼は、勇者アステールその人である。

 アステールの空色の瞳は真っ直ぐにもう一人の人物を見据えている。その視線に一点の曇りもない。ひたすら真っ直ぐに捕らえ、片時も逸らさない。
 視線の先には、月の光を一身に浴びた赤色の長髪を足元にまで届くほどに伸ばした美女が物憂げに立っていた。
 美しくか細いように見える腕は装飾で飾られ、爪先は長く整っている。手に武器らしい武器はなく、傍目から見れば妖艶な雰囲気を漂わせた女性にしか見えないだろう。
 だが違う。
 彼女こそ、イグライア大陸を五百年に一度恐怖に陥れる魔王、その人であった。
 
 このイグライア大陸には理がある。
 五百年に一度、世界を清算するために「魔王」が誕生する。
 魔王は増加した人間を削り、魔物によって土地を荒廃し、世界を破滅にもたらす悪しき存在である。
 神の如く天雷を響せ、大地を割き、森を燃やす。街は破壊され、人々が恐慌の年月を迎える時が必ず五百年に一度訪れるのだ。
 イグライア大陸の者達は、その五百年の時を「終末の日」と定め、その日を乗り越えるために協力しあうのだ。
 だが、五百年という年月は長い。
 人間はせいぜい生きても百年に満たず、終末の日を先に迎える民は安堵し、平和を享受する。
 だが、終末の日を目前にした人々は死を恐怖し、その日が訪れることを恐れ、死に物狂いで対策をたてる。
 その一つが、「勇者」である。
 五百年に一度生まれる魔王と共に、勇者と呼ばれる救世主もまた五百年に一度生まれてくる。それもまた、世界の理であった。
 夜を破壊し尽くす魔王を唯一殺せる者。ただ一人、魔王の歯牙にかからぬ存在が勇者である。

 イグライア歴2500年。
 この年に現れた勇者の名はアステール。太陽のように煌めく金色の髪を風に揺らめかせ、聖剣を携えた今代の勇者。
 世界を救う者にして終末を止める唯一の救世主。
 神託により選ばれた彼は長い年月の間、魔王を撃ち破るために心血を注いできた。
 誰もがアステールの名を口にし、そして祈る。
 イグライアに光ある未来を! と……

 美しき顔立ちは彫刻のように凛々しく、彼に恋落ちたイグライアの姫からは熱愛を受け、魔王討伐の折には姫との婚姻が控えているのではないかと言われる、まさに未来の担い手。
 魔物の鮮血によって広がった血溜まりをアステールは一歩、一歩と進む。
 ぱちゃりと、血が跳ねる。
 アステールの瞳はひたすら真っ直ぐに魔王を捕らえていた。
 血溜まりにつきそうな魔王の髪は艶やかに煌めいている。艶やかな唇は果実のように赤く、紫水晶のように澄んだ瞳は憐れみを抱いていた。緩やかな真紅のドレスは胸元の膨らみを目立たさせ、男であれば誰もが虜になるような美しさを讃えていた。通常より長く細い耳が、彼女が人ならざる存在であることを証明している。
 それが魔性の美しさと言わず何と言おうか。
 真っ赤な唇が三日月のように笑みを浮かべた。

「ようやくこの時がきた……待ち構えていたわ」
「…………」

 一声発しただけで、周囲の空気がピンと張りつめた。弦が震えるように、空気が震える。穏やかな声色のはずが、アステールの鼓膜の奥まで響かせる艶やかな声。
 その声だけで、欲望を刺激するような甘さを含んだ声だった。
 魔王は微笑む。愉悦を含む紫水晶の瞳がアステールを見つめている。
 
「ねぇ、勇者。貴方もそう思わない?」

 愉しそうな魔王と違い、アステールの表情は昏かった。名を呼ばれようと問われようと返事をせず、また一歩魔王へと足を進めた。
「私が生まれ落ちてから二十五年。これは、長いと呼ぶべきなのか……それとも短いのかしら。どう思う?」
「…………」
 答えはない。
 魔王はつまらなそうに鋭利な爪を一本、一本と折り曲げ数える。
 五百年に一度産まれる魔王は母の胎内から産まれ落ちるのではない。人類には手の届かぬ領域に存在する大木が五百年に一度膨らみ、その中で育ち、時を持って落ちる。名を胎樹と言う。まるで成熟した木の実が落下するように、魔王も五百年の時を使い熟し、胎樹から落ちて生まれた。
 産まれて十年は力も弱く、数多の魔物によって育てられる。この期間、世に蔓延る魔物は白夜城に集い、言葉通り身を呈して魔王を護る。これによりイグライア大陸は魔王の誕生を知る。
 過去、魔王が生まれ落ちてすぐに壊滅できないかと動いた民もいたが、まるで子を守る母の如く、気性の荒れた魔物により壊滅させられた。
 これにより、魔王が生まれ落ちてから十年の期間は一切手を出してはならないのだと、人類は学んだ。
 十年経つと魔王は成熟する。
 漆黒の翼が生え、鋭利な爪を持ち、あらゆる魔術を覚える。智略を得、言語を話し、そして使命を実行する。

 人類を滅ぼせ、と。

「初めの年は蟲を遣い食物を食い尽くしてみた」
 指を一本折り曲げる。
「五年後は、竜を使いアグナ公国を滅亡させてみた」
 指をもう一本折り曲げる。
「十年後に、黒の雨を降らせた」
 黒の雨は、酸の雨である。強き魔力を放ち空に酸の雲を作り、雨を降らせる。
 歴代の魔王が放つ黒の雨は、歴史書にも必ず載るほど甚大な被害が及ぶ最悪の雨だった。
「人も、家畜も、草花も全て溶けた。骨も、臓物も、何もかも溶かした」
 魔王はアステールを見る。
「覚えているかしら」
「……忘れもしない」
 
 それは、アステールが二十の時だった。
 空の中心に浮かんだ魔王を包み込むように、酸の雲が渦巻いていた。
 まるでダンスをするように細長い指先を伸ばし、祝福を与えるように魔王は酸の雨を降らせた。
 禍々しい空の中心で、ただ一人女は舞っていた。
 その光景を、アステールは一度たりとも忘れたことがなかった。
 目に一瞬で焼き付いた、あの光景を。
 赤色の髪が風に揺られ、酸の雨を浴びながらも美しく輝く様を。地では断末魔のような絶望の悲鳴が響く中、雨水に口を開け、舌を延ばし救いの雨の如く口に含む魔王の姿を。
 
「……二十と五年。ようやっと、こうして相まみえる事となった……勇者、アステールよ」
 魔王の手が伸びる。鋭利な爪先がアステールを指す。
「決着をつけましょう。世を滅ぼすか、私を殺し五百年の平穏を手にするか…………」
「…………」
「月が沈んでしまえば興も冷める…………始めましょう」

 深紅のドレスが揺れる。紫水晶の瞳が殺意を漲らせアステールを睨むと同時、その姿を消したかと思えばアステールの横を突風が走る。言葉通り風となって魔王が動いた。
 アステールは条件反射のように聖剣を構えれば、頬先にまで伸びた爪を剣によって弾いた。キンッと甲高い音が響いた。
 風はまだ続く。何処からか囁く魔術の声と合わせて周囲に地響きが鳴り出す。地が揺れ、パラパラと天井から砂が零れ落ちる。老朽化した白夜城が姿を崩しかける。
 振りかざす爪の襲撃をアステールは剣で防ぎ続ける。時折微かに頬や腕に当たるも、傷は残らない。だが、余波の勢いは周囲を破壊させる。魔王が一振り腕をあげれば、風は鎌となり壁を傷つけ、荒廃した窓硝子は激しい音をたてて割れた。
 飛び散る硝子破片がアステールの頬に当たり、微かに血が滲んだ。
「…………やっぱり面白い子」
 魔王はうっとりと笑った。
 伝承通りだ。勇者はどのような魔王の攻撃も効かない。爪を立てようと、魔力で吹き飛ばそうと、酸の雨が勇者に降り注ごうと、その効力は一切ない。
 魔王にとって、勇者という存在は絶対に敵わない存在なのだ。

 魔王は嗤う。嬉しそうに、楽しそうに、喜びを隠しきれない子供のように、大人の欲望を剥き出しにさせる妖艶な笑みでアステールを見つめた。
「歴代の魔王の記憶が刻まれた胎樹の中で教わったことは、真実であったのね」
 喜ぶ魔王とは正反対に、アステールの表情は暗く、苦渋に染まっていた。酷く傷ついた瞳で魔王を見つめていた。
「魔力も効かぬ、鉤爪で傷をつけようと無傷。まるで神の加護が貴方を包むように私を阻む。でしょう?」
「……………………」
 勇者は俯いた。
 魔王が刃を向けようと一向に防衛に徹し、彼自身から攻撃を奮ってこないことを魔王とて理解していた。
「魔王と勇者など、よく言ったものよ。私が世界を蹂躙し、其方が私を蹂躙する。これが、世の理」
 魔王は爪を下ろし、長い自身の乱れた髪を器用に整える。
 一向に動かない勇者の様子を一瞥してから、ふうと溜め息を吐く。その仕草は艶やかな魔王らしい表情ではなかった。
 カツンと、一歩ずつ進む。つま先高いヒールで血溜まりを進み、一歩一歩と、勇者に向かって近づいた。
 魔王の身長より頭ひとつ高い勇者の瞳が魔王を捉えた。瞳の奥が揺れていた。悲しみと絶望に染まった、宝石のような瞳を曇らせる様すら美しいと魔王は思った。
「その眼を抉って宝石のようにコレクションにしたいわね」
「…………片眼だけにしてくれ。そうじゃないと、貴女を、見ることができない」
 勇者の言葉に一瞬キョトンとした魔王が高らかに笑う。
「差し出すというの? この私に? 勇者の眼を!」
「それでサラの視線を独占できるなら、安いものだろう?」
 泣きそうな声を震わせながらアステールが笑う。
 サラ。
 彼は今、サラと呼んだ。
 アステールが名付けた、魔王である彼女の名を。

「…………いらないわ。貴方の獣みたいに狂う眼が気に入っている。器だけの宝石に興味はないの」
「だったら、永遠に閉じ込めてくれ」
 聖剣が力なく床に落ちた。
 空いた両腕で魔王の身体を力一杯抱き締める。
 仄かに香る血と香水の匂い。
 アステールがサラに贈った花の香水の香りだった。
 花を枯らすことしか知らない彼女へ、せめて香りだけでも楽しんで欲しいと贈った物。
 その香りに気づくと、アステール表情はより悲しみに染まり、強く瞼を閉じて魔王をかき抱く。
「サラ…………俺には無理だ…………!」
「勇者」
「無理なんだよ……」
 アステールの悲痛な叫びに魔王は目を閉じる。
「俺には貴女を殺せない。俺に殺させないでくれ……!」
 そうして、勢いをもって魔王の唇を奪う。力強い若さと情熱溢れん限りの口付け。
 唇の奥まで舌を這わせ、魔王の犬歯に舌を絡ませる。鋭い牙は触れるだけで研いだ刃のように鋭いはずなのに、アステールの舌は傷一つ生まれず、犬歯の根本から、口内の奥まで舐め尽くす。
「ふ…………」
 魔王は僅かに拒絶し、手でアステールを押し返したが無意味だった。彼女からの拒絶を感じ取ったアステールの怒りが、より魔王を拘束する。
 抱き締めていた腕を一つ放し、魔王の頭部を押さえ逃れられないよう唇を押し付ける。
 息苦しさはあれど、空気を得ずとも生命活動を続けられる魔王は、口内を蹂躙されながら細目でアステールを見つめていた。時折、苦しそうに息を吸い込みながら、それでも離そうとしない。唇の位置を変えながら口付けを繰り返す。口内で舌を絡ませあえば、言葉にならない声が時折二人から零れ落ちる。

「サラ…………愛してる……! 愛してるんだ……!」
 熱に浮かされ、泣き出しそうな悲痛な声をあげて愛を叫ぶアステールを、魔王は紫水晶の中に刻んだ。
 彼から愛していると告げられたのは、何年前だろうか。
 アステールが勇者であることはすぐに分かった。彼だけ放つオーラが異なっていたから。
 魔王自身の、一切の魔力が効かないのだと本能で察した。
 この男が自分を殺すのか、と。
 しかし、勇者であるアステールから向けられたものは刃でも殺意でもなければ、愛だった。
 初めて身体を重ねた時、耳元で囁かれた言葉を魔王は忘れていない。

『空に浮かび黒の雨を降らす貴女に一目で恋に落ちた。あんなに美しい景色を見たことがなかった』

 熱に浮かされながら、身体を揺さぶられながら、ひたすら愛していると唱え続けるアステールから想いを告げられた。
 魔王にとって人間の情欲は生命のエネルギーを吸う行為の一つだった。生気を奪いながら自身の享楽を愉しむ術でしかない。
 だが、アステールは魔王が他の人間と性行為をする事を激しく疎み拒んだ。他とするぐらいなら勇者の生気を与えてやると言い放ったのだ。
 好奇心に勝てず身体を重ねたことが、もはや運命の分かれ道だったのかもしれない。
 アステールの腕の中で快感を与えられ続けた魔王は、今まで得たこともないような感情に溺れかけた。

 それを、愛と言うならば、何て恐ろしい存在なのだろうか。

 灼熱の溶岩でさえ、アステールの熱には及ばない。人間から放たれているとは思えない情欲は、いとも容易く魔王を陥落させた。
 言葉通り、溺れた。
 熱い楔が己の内部を埋め尽くし、細部に至るまで刺激し、熱き精を放つ。勇者の子種を内に注がれ、魔王は全身が痺れるように震え倒れる。
 そうして幾度となく囁かれる。「愛している」「好きだ」「殺したくない」。
 組み敷かれながら、抱き潰されながらアステールが名前を呼ぶ。魔王以外に名を持っていなかった魔王に、月の女神と同じ「サラ」という名を。

「サラ…………!」
「ん…………」
 口付けを繰り返す間に、真紅のドレスを性急に脱がされていく。
 我慢できないと、アステールが己の熱を魔王の内腿に擦り付ける。そこには膨らんだ熱が確かな存在をもって魔王に当たっていた。
 魔王の空いた手のひらで、それに触れればぴくりと反応を示す。と同時に、さらに密着し腰を押し付けてきた。
「早くサラに入りたい」
 顔を真っ赤に染め、恋狂うアステールの眼差しが熱に浮かされながら魔王を求める。魔王は、思わず笑ってしまった。今がどのような状況なのか分かっているのに。
 勇者と魔王としての決着を果たすつもりだった。
互いのどちらかを滅るすことが運命に定められていた。魔王となって世界を滅ぼすのか、魔王を殺すことにより悠久の時を得るのか。
 その役割は違えることなく、世の理として在り続けた。そこに感情など無い。陽が昇り、沈みゆき、月が姿を変えて夜を照らすように当然在るべき自然の姿。そこに誰が感情を抱こうか。
 太陽が駄々をこね、今日は登りたくないと言うだろうか。月が雲に隠れるより自ら姿を隠し、闇夜に輝くことを拒むだろうか。

 誰が考えるだろうか。
 勇者が魔王を愛するのだと。殺したくないと、心から吐露する悲痛な叫びを上げることを。

 豊満な魔王の胸を掴み、赤い果実のような頂きに唇を這わす。舌先を出して舐めとれば、頂きがピクリと揺れて先端を立たせる。
「甘い…………」
 この胸は決して産声上げる赤子に乳を飲ますことがないのにその存在を見せつける。
 構わない、コレは自分のモノなのだと主張する如く、アステールは魔王の胸に強く吸いついた。頂きを口に含み、舌で舐める。胸の膨らみを指で感じながら時に白い肌へ所有者の証である痕をつける。
 片方の手でドレスを肩から腰元まで下ろし、細いくびれに手を添える。傷ひとつない美しい肌。象牙のように煌めき、滑らかな触り心地。吸い付くように肌に馴染み、触れれば微かな温もりが包む。胸のそばに這わせれば、トクトクと心臓の音が鳴る。
 魔王の心臓もひとつしかないのかと、初めて抱いた時率直に感じた。同時に喜びを得た。
 同じ形をした生物であることさえ嬉しいのだ。
 はぁ、と息を漏らし、情欲に染まった眼差しを魔王に向けながらアステールは甲冑を脱ぎ始めた。エルフがあつらえた最強の鎧を、容易く魔王の前で床に落とす。
「サラ……愛してる」
 愛を囁きながら、胸に触れていた唇がゆっくりと腹、臍に移動する。
「ん…………」
 くすぐったいのか、魔王から甘い声が漏れるだけで、アステールの全身が震えた。たった喘ぎ声一つだけで果ててしまいそうなほどに甘い果実。だが、簡単に終わらせたくはない。ゆっくりと、その果汁を一滴残らず飲み干し、果実を食い尽くしたい。
「サラ……もっと声を出して……」
 内股の付け根で甘い吐息と共に囁かれ、魔王の呼吸が荒くなる。
 そうして魔王の秘所へ、果実を啜るように唇を当てた。
「ああっ」
 漏れる嬌声は甘かった。自身の付け根を掌で抑えながら舌を使い舐めてくるアステールの動きに魔王の腰が揺れる。
 ぷくりと膨らんだ芽を指先で摘むと、大きく仰け反り身体を揺らす。アステールに触れれば触れるほど魔王の肌は返り血によって赤く染まる。魔王にとって同胞である魔物の血が付着する。
「はぁ…………あっん……」
 ぴちゃりと音を立てながら果実を啜るアステールの舌に下腹部からジンと快楽が走る。
 太陽のように輝く髪をくしゃりと長い爪と指先で掴む。秘部にかかる吐息ですら熱く、魔王の胸を弾ませ、声を抑えきれない。
 砂糖菓子を堪能するように舐めるアステールの舌先に蜜が満ちていく。熟れる果実は柔らかみを増し、アステールの指を難なく受け入れた。
「…………っ」
魔王の睫毛が震える。アステールの指を受け入れた瞬間、腹の下から刺激が走り小さく果てたのだ。
「…………サラ、かわいい」
 うっとりと、恍惚とした表情でアステールが呟く。身を起こし、指の動きを進めながら唇を魔王の腹から胸、そして唇を吸った。
「全部甘い。俺の、サラ…………」
「は、あ…………」
 ひたすら睦言を放つアステールを無視し、魔王は快楽を享受する。
 指が増え、二本、三本と増えては魔王の内部をぱらぱらと動く。水音を立てながら抽送を繰り返す。
「……………………っもう、ダメだ」
 苦しそうに顔を歪ませ、アステールが身体を浮かし自身の衣服を緩めた。
「サラ。俺を受け入れて」
 起立したそれを魔王の秘部に擦り当てる。それだけで身体が甘く揺れる。受け入れたい、それで自身を埋め尽くして欲しい。そんな欲が出てくる。
 それはアステールも同様で、苦しそうに息を漏らしながら、それでも魔王の返事を待っていた。
「サラ…………」
 耳朶を啄みながら、刹なる瞳で魔王に勇者が乞う。
「……………………っ」
 魔王は汗ばむ肌を、荒れる息を吐きながらゆっくりと腕を伸ばしアステールの両頬に触れた。
 そして力を込めて顔を近づけさせ、口付ける。
 それが合図だった。
「サラ…………ッ! 愛してる…………」
「あ…………っ」
 両脚を掴まれ、アステール自身が魔王の内部に埋め尽くされていく。
「あっあっ……は……」
 身体中に痺れが走る。むず痒い、それでいて気持ち良い感覚が全身に走る。
「ふ…………分かる……? 全部、サラの中にいる」
 うっとりとした声色でアステールが魔王の腹部に触れる。触れた先にアステールの圧を感じる。今、確実に魔王とアステールは繋がっているのだ。
「ずっとこうしていたい」
「……………………」
「サラ。俺の女神。何度でも言う。愛してる。俺を、愛して」

 ゆっくりと律動が始まる。
 アステールが動くたび、中のそれが暴れ、魔王自身を侵略し蹂躙する。激しい動きに豊満な胸が揺れ、長い赤髪が乱れる。
 溢れる吐息すら吸い尽くす勢いで口付けられながら律動を繰り返す。
 魔王が一度果てて揺れるが、アステールはそのまま動きを止めなかった。それどころか滑りが良くなった内部をより進み、最奥まで埋め尽くす。
 声が止まらなかった。
 薄暗い月も雲隠れした城内。血生臭い臭いと魔王から放つ香水の香り。水音と嬌声、そして愛を囁き続けるアステールの声だけが、世界の全て。
「サラ…………ッ!」
 切ない声を溢しながらアステールが果てる。
 魔王の内部をアステールの子種が注がれる。決して生まれることのない内部を埋め尽くす。
 それでもなお、水音は止まなかった。
 やめないで欲しかった。
 溢れる声と水音の中、二人の手が強く握り締めあっていた。



 月の光が消え、朝を迎えようとしていた。
 夜空は微かな青色を映し出す。アステールの瞳と同じ青い色。
 魔王は空を見上げていた。
 窓の外に見える青空。魔王となった身は、この空を灰色に染めることができるが、魔王はそれを望まなかった。
 あの青空はアステールの瞳によく似て、愛着が沸いたからだ。
 幾度となく身体を重ねたアステールは魔王の隣で眠っていた。逃さないとばかりに魔王を抱きしめたまま眠るアステールの寝顔は、いつもよりあどけなかった。所々は薄汚れ、血や汗に塗れているのに美しかった。
 しばらくアステールの様子を見つめていた魔王は、少し離れた場所に落ちた聖剣を見る。アステールが手離した聖剣。魔王を殺すためだけに作られた剣。
 抱き締めてくるアステールを起こさぬよう身体を起離し、聖剣にそっと触れる。
 触れただけで火傷したように指先が痛む。
 だが、痛みに耐えながら魔王は聖剣を掴んだ。指先の皮膚がゆっくりと溶けていく様をぼんやりと眺めていた。
 眠るアステールに視線を向ける。よく眠っていた。魔物と性行為をすることは、相手の生気を奪うことなのだ。たとえ勇者であろうと、その影響はあるのだろう。多少揺らしたところで動かないことを、魔王は知っている。
 何度も見てきたから。
 あどけなく眠るアステールの寝顔を。何度も。
 生まれてから何度も。
 眠るアステールに聖剣を握らせる。それでも、起きない。
「お寝坊さんね」
 魔王が笑う。その笑みは愉悦でも冷笑でもない。
 愛しい者を見つめる眼差しだった。

 両手に剣の柄を持たせ、眠るアステールの身体にゆっくりと自身の身体を乗せる。先ほどまで熱い体温を感じていたアステールの手に納められた聖剣の刃に触れればひどく冷たいはずなのに、じわじわと身体を焼き蝕んでいく。触れるだけでこの威力。

 敵うはずがない。
 魔王は生まれ落ちた時から本能によって理解していることがあった。
 世界を壊滅し、人間の数を減らす義務と。
 

 生まれ、知能を得るよりも前から自身が殺されることを分かっていた。己が魔王であることを知るのと同じぐらいの時に、勇者によって殺されることを。
 だが、容易く命を捧げるつもりなどなかった。魔王には魔王の果たすべき使命があった。人類の人口を根絶やしにするような行動をとること、人類に恐怖をもたらし、世の再生を延ばすこと。
 魔王とは、世界のために必要不可欠な栄養なのだ。腐敗した人類を一掃し、新たな芽を生やすための礎なのだ。
 
 アステールと初めて出会った時、魔王は感動した。
『彼が自分を殺すのだ』と、恐怖と共に歓喜した。己が唯一死ぬ方法を得ている者。替えのないただ一人の勇者。魔王にとっての勇者。
 その勇者から、「殺したくない」などと言われるなんて。
 しかし、それは叶わない。
「魔王」は「勇者」に殺されなければならないのだ。それが、世の理なのだから。

「…………さあ、起きて。勇者よ」
 長い爪で傷つけないよう、優しく頬を撫でる。
「その手で私を殺しなさい」
 眠るアステールの手を掴み、彼が持つ聖剣を軽く起こす。そして、剣の先端を自身の腹部に当てる。
 腹部から痛みが走る。
「…………起きて」
 腹部に触れる剣先を気にせず、更にゆっくりと身を沈めれば剣先が魔王の腹部を貫いた。
「…………っ」
 激しい痛みと共に血が溢れ出た。
 赤い血。人間と同い赤い血が、アステールの身体を染めていく。
「ん…………サラ……?」
 漸く重い瞼を開いたアステールは、目の前でサラが苦悶に満ちた顔をしながら乗っかってきていることに気付き慌てて身を起こした。
 手に持つ剣が、何かを最奥まで貫いた。
「な……………………っ」
 アステールの表情が状況を理解した瞬間、表情が絶望に染まった。
 目覚めてすぐ愛しい者を顔を見れた喜びが、一瞬にして哀しみと焦りに染まる。
「やめろっ!」
 アステールの腕を掴む魔王の手を離そうとしたが、魔王に押さえつけられた手は微動だにしなかった。魔王たらしめる力強さに敵わず、尚も魔王の腹を突き刺す。
「やめろ……っやめてくれ!」
 柄を握る手に生温かい液体が垂れてくる。魔王の血だ。
「頼む…………っサラ……ッ」
 悲痛に叫ぶアステールの目に涙が溢れ、伝い落ちる。その涙が綺麗だと思い、痛む身体を動かし、その瞼を口付ける。
「知って…………いるのでしょう? 勇者よ……魔王が黒の雨を降らせたら、次に何をするのかを……」
「やめろ……サラ…………ッ!」
「雨を降らせてから五年経てば、次にやるのは黒き太陽の招来。太陽を覆うヴェールで空を包み、私が死ぬまで太陽の光は世界を照らさない」

 伝承に書かれた終末の記録。
 魔王が誕生し、魔物により護られ成長する。
 疫病を流行らせ、街を滅ぼす。
 黒の雨を降らし、全てのものを融解する。
 そこまでに二十年ほどの年月がかかるが、その間に魔王が討伐されることもある。
 勇者がいつ魔王を討伐するかによって、世界が負う被害は変わる。
 だが、次の災厄を迎えた例は一度きりだが存在した。

 黒き太陽の招来。

 世界を黒きヴェールで包み、太陽の光を世界に与えない魔王の能力。
 陽の光を失った世界は困窮し、寒さに覆われる。季節を失い、永遠にも続く冬が訪れる。草木は育たず、農作物は死に絶える。
 一度訪れた時代では、大多数の死者が出た。更に大地に生息する生物も半数が絶滅しかけたと記されていた。
 魔王は、本能で生きる生物だ。遺伝子が、本能が信号を送ってくる。
『黒のヴェールを出せ』と。
 念じれば黒の雨を降らせたように、容易く行うことが出来るだろう。それだけの魔力を今の魔王は持っている。
 だからこそ急いで決着をつけたかった。
「私は魔王の宿命に逆らえない。太陽をヴェールで隠し、光を世界から無くしてしまうでしょう? …………それ、嫌なの」
 
 その声は、魔王とは思えないぐらいワガママを言う甘えた女性の声色だった。
 信じられないと目を見開いたアステールの顔を見てふふ、と笑った。
「知らなかったの? 私、太陽の光と青空が……好きなのよ」

 アステールの髪色と同じ太陽の光。
 アステールの瞳と同じ青い空。
 そのどれもが好きだから、見れなくなるなんて、嫌。

「サ、ラ…………」
 剣を深々と刺した腹部から、少しずつ自身が砂と化していくのを魔王は感じていた。
 時間がない。
「アステール」
 初めて名を呼ぶ。
「貴方との時間、楽しかったわ」
「いやだ…………嫌だっ!」
 溢れる涙が落ちてはまた溢れ、幾度となく落ちていく。人間にしか許されない美しい雫。魔王は、涙を流すことがない。
「サラがいなきゃ……俺も生きていけない。頼む」
「あら…………」
「サラ、サラの願いは、叶える。分かった……殺すよ…………だから」
 涙で濡れた唇が、魔王の唇に触れた。
「サラも俺を殺してくれ」

 魔王は紫水晶のような瞳を大きく見開き、「正気?」と思わず言葉を漏らした。
「正気だ。サラを失ったら、正気を失うが」
 涙で赤く腫れた空色の瞳で小さく笑ったが、その表情は真剣だった。
「…………知ってるでしょう。私に貴方は殺せない」
「貴女と同じことをするだけだ」
 アステールが魔王の手を掴むと、ゆっくりと自身の首に近づけた。
 長い爪に触れながら首筋に添える。
「俺が自分で首を切る。だから、この手を貸して」
「……………………貴方は本当に変わっている」
「はっ…………今更何言ってんの。サラを愛した時点で、俺は勇者になれない」
 掴んでいた魔王の手のひらに唇を押し当てる。
「俺はサラのものだから。だから、サラも俺のものになって」
「…………ワガママな人」
 呆れたように、魔王がほんの少しだけ笑った。その笑顔は妖艶でも、冷徹でもない、サラという存在が見せる笑みだった。
「何度でも言う。サラ、愛してる。愛してるからサラの願いを叶えるから……どうか俺を殺して」
 アステールによって首筋に添えた爪が、初めてアステールの肌を傷つけた。どれほど傷を負わせようと奮っても、傷一つ与えられなかったというのに。魔王の爪にアステールが触れ、アステール自身によって傷つけようとすれば容易く爪が深々と傷を負わせていき、首筋から赤い液体が流れ出した。
「はぁ…………」
 アステールから流れる血を見て、恍惚とした表情で魔王が吐息を漏らす。
「サラ?」
「傷つく貴方も素敵ね」
「…………次に生まれ変わる時は、その加虐じみた性格は捨てて来てくれ。扱いに困る」
「あら、私が生まれ変わると?」
 身体が次第に砂塵と化していくサラは、ずっとアステールを見つめている。
「当然だ。これだけ神にこき使われたんだ。褒美ぐらい貰わないと割に合わない」
「…………可愛いお願いだこと」
 空いた片手で、アステールの掌を握る。痛みはもう無い。自身が消えていく自覚はあった。残り時間が短いということも、分かった。
「では、またその時に会いましょう……アステール」
「浮気せずに待ってろ。必ず迎えに行く」
 約束は必ず果たす。
 消えていくサラに口付けながら、アステールは己の握るサラの手が砂と化す前に、力を込めて首に爪を刺した。
 深く、傷を負った。息が出来なくなった。痛みで意識が朦朧とした。だが、目は閉じなかった。
 死ぬ寸前まで、消えていくサラを見つめていたかったから。




 イグライア大陸に平和が訪れた。
 魔王の消滅を知った民は感涙し喜びの宴をあげた。
終末の時が終わり、新たな時代が幕開けるのだ。
 だが、時代の幕上げを掲げるはずだった勇者は戻ってこなかった。
 あくる日もあくる日も待ち続けたが、勇者アステールは消息を経った。
 英雄の名を、歴史書は刻む。また、次の500年を迎えるまでの短き悠久の時を噛み締めながら。






 イグライア歴2700年。
 穏やかな風が赤い髪を優しく撫でる。静かに読書をしていた女性は、目の前に影が現れると面倒そうに顔をあげた。
「サラ。探したぞ」
「…………読書中よ」
 金色の髪が青空によく映える男の姿を一瞥してから、サラは読書に戻った。
 男がはぁ、と溜め息を吐くと隣に座る。随分と距離が近い。
「暑いわ」
「木陰だから暑くない」
「貴方の肌が暑いのよ……もう少し離れて、アステール」
 鬱陶しそうに睨むと、アステールは笑う。
「分かった。じゃあせめて」
 風に靡く美しい髪に触れ、一房とって口付ける。
「俺のこと忘れないで」
「…………忘れてなんていないわよ」
「嘘」
「嘘じゃないわ」

 忘れてなんていないわよ。
 死んでもなお、貴方のことだけは。

 隣に並ぶ青年の上空には、太陽が祝福するように輝いていた。


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