上 下
8 / 10

見下ろしてみれば小さな世界

しおりを挟む
 
 一昨日、三年間勤めていたお屋敷をクビになりました。
 昨日、不審者人物を発見したので宿のお隣さんにその事をお伝えしました。
 今日、テーランド王国の中心にあるお城で面接をすることになりました。

 展開が早すぎて正直気持ちが追いつけていません……



 ハルドさんと朝食を済ませた後、既に用意されていた馬車に乗ってお城まで向かうことになりました。
 テーランドの王が住む城はこの街の中心に聳え立っているのですが、勿論中に入ったことはありません。
 見上げればすぐに見える大きなお城をいつも見ていましたが、まさか中に入るなんて……

 建物自体は近くに見えるけれど、坂道を登っていかなくてはならないので馬車は必須のようです。
 テーランド王国の城、金糸城は小さな山の中心に建てられていて、その周辺は外壁で覆われているのは、数百年の間、東西の国間で土地争いが盛んに行われていたためだと、歴史書に書いてあった。
 東のロメド、西のアゼンバイルドに挟まれたテーランドはどちらからも襲われる事が多く、とにかく防衛に強化していた歴史があります。
 国境付近には常に見張りを置いて監視することは今でも行われているようですし、自国をるために東西国との交流は積極的に行って、今では友好的な関係を保持していると思っていました。
 特に最近はアゼンバイルド公国の姫がこの国に降嫁してきたことで、アゼンバイルド公国との関係は強まったとされています。
 
 私を案内してくださっているのはハルドさんではなく、お城の中にいたメイドの方だった。
 ハルドさんは入城するとすぐにオルガ姫様に会うための許可を取ってくるからと別行動をしている。
 
「………………」

 テーランドの城の窓から見える景色は街全体を見下ろすことが出来る。
 先ほどまでいた城下町のもっと先には農業が営まれている。更に遠くを見れば転々と立ち並ぶ見張り台。
 私は今までこの街をこんな高いところから見たことがなかった。

「思ったより小さいんですね」
「え?」
「テーランド王国です。砦までがテーランドなんだと思うと、視界に入る距離なんだなって思って…………今の発言は不敬でしたでしょうか」

 城のメイドの方に対して「国が小さい」だなんて、自国民なのに失言だったかもしれない。
 そういうつもりはなくて、自分が抱いていた世界や王国は、もっと目に見えない存在だと思っていたからであって。
 どう言い訳しようかと思っていたけれど、メイドさんは笑って下さった。どうやら気にしていないみたいです。

「こちらでお待ちください」

 案内された部屋に通されるとメイドさんは退室してしまいました。どうやらここで時間まで待つみたいですね。
 私は先ほども見ていた外の景色を改めて窓から見つめた。
 小さいなんて言いながら、その砦にここから向かうには半日は馬で移動が必要な広さ。
 今まで私がいた世界はお屋敷のメイドぐらいだった。
 
 ー何が起きるかなんて分からないのだから、絶対に諦めないで。

「仰る通りでしたね、母様」

 私は懐かしい母の言葉を思い出しながら窓辺を眺めていた。



 一刻した頃、部屋の扉を叩く音がした。

「お待たせ致しました。謁見の許可が降りましたのでご案内します」

 声の主は確かサイラスさんだ。
 私は急に緊張で鼓動が煩くなりつつも、どうにか落ち着いて扉を開けた。
 サイラスさんに黙って後ろをついていく。
 入り組んだ城の中を歩いていると、どうやって来たのか分からなくなってしまう。
 侵入者が来た時のためにわざとそうした造りをしていると言うけれど。もし本当にお勤めとなった日にはまずは場所を覚えることに時間が掛かりそうです。
 サイラスさんは城の内部に慣れた様子で迷いなく歩いていく。
 背筋も真っ直ぐで背も高く、初対面で会った時のように軽装ではなくしっかりと武装した騎士らしい姿をしている。
 特に輝く銀の鎧は城の中でも滅多に見ない立派な鎧です。

「こちらです」

 随分と歩いて到着した場所は北塔にある建物だった。
 一階に建てられた中庭に繋がった建物の内部に入ると直ぐに扉が見えた。
 サイラスさんが扉の前に立つと名乗られた。
 すると暫くして扉が開かれる。
 中から緑陽の輝きと自然の匂いが溢れてきた。
 先ほどまで見ていた中庭が続くような自然を感じさせる建物だった。
 それもそうで、謁見の奥の間は硝子で作られており、硝子向こうは自然に包まれている。
 自然に包まれる中心に一人の女性が座っていた。

 金糸のような美しい長い髪。
 体を包み込むような長いショール。
 艶やかで清楚な白いドレスを着た人形のように美しい女性。

 この方がオルガ姫……

 私は入り口の前で深く頭を下げた。
 そして、オルガ姫からの言葉を待つ。
 従来の儀礼では、身分が下の者は上の者から許可を得ることで名乗ることが出来る、といった作法があるので、その慣例に倣ってみたけれど。

「……………?」

 オルガ様から言葉を頂くことはなかった。
 その代わり、後ろで立っていらしたサイラスさんが「名乗ってください」と仰って下さったので、私は改めて顔をあげる。 

「マリア・テレーズ・ウェンゼルと申します」

 真っ直ぐにオルガ姫様を見つめれば、少し離れた先からでも分かる。彼女が微笑んで下さった。
 なんて美しい方でしょうか。
 陶磁器のような美しい肌、そして王族の証である青色の瞳が、テラスから漏れる日の光でより瑞々しく輝いていらっしゃる。
 果実のように赤い唇から、何かお言葉を頂けるのかを待ってみるけれど……何も無い。

「…………?」

 先ほども不思議に思ったけれど、オルガ姫様は言葉を発しない。
 王族の習わしだったかしら?

「マリア嬢。今から言うことは他言無用だ」

 サイラスさんの低い声で私に忠告してくる。

「オルガ姫様は重い病を患い、声を発することが出来ないのだ。つまり、話をすることが出来ないと心得てくれ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

処理中です...