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魔法学校高等部編

28.お嬢様と冒険者の船

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 夏休みが終わって。
 明日から、魔法学校がはじまる。

 なんだか今年の夏休みは色々あったなぁ。

 前半は魔力の箱が大きくなったとかで、ずっと寝ちゃってたけど。

 その後は。
 リリーちゃん、ジェラちゃん、ナナミちゃん、あとキナコと領内を視察しながら観光出来て。

 お揃いのドレスを着たり。
 みんなでキナコに乗って空を散歩したり。
 花火を見たり。

 結局、今日王都に戻ってくるまで、ずっと一緒に視察しながら遊んでいた。
 
 もう本当に。

 すごく。
 すごく楽しかったぁ。


 これって。
 やっぱりクレイが色々考えてくれたんだって。
 
 お母様が嬉しそうにコッソリ教えてくれた。
  
 ホントに、優秀で頼りになる執事だねって。
 ……ありがとう。

 今度ちゃんとお礼をしなくちゃ。
 手作りのクッキーとか……子供っぽいかなぁ。


「ちょっと、クレナ! 聞いてるの!」
「ゴメン、ジェラちゃん。えーと、なんだっけ?」

 私たちは、いつもの『転生者で世界を救う会議』をしていた。
 映像クリスタルが、キラキラ光って二人を映している。

「もう、アンタってたまにぼっーっとしてるわよね。まぁ、それも可愛いんだけど……」
「……え?」

「な、なんでもないわよ!」

 キラキラ光るクリスタルに、慌ててうつむく姿が映し出されている。
 なんだか、最近。
 ジェラちゃんの様子がおかしいんだよね。
 
 なんだろう?

 今も、瞳がうるんでたり、急に耳まで真っ赤になったり。
 表情がなんていうか……そう!
 
 恋する乙女みたいな感じ!

 私は、もう一人クリスタルに映っている人物に目を向けた。
 茶色い髪に茶色い目の、さわやかなイケメンくん。

「僕も一緒に行きたかったんだけどさ~」

 ……もしかして。
 ジェラちゃんも、ガトーくんのことが好きだったりする?!

 もしもだけど。
 もしもだけど。

 その場合。
 ナナミちゃんとジェラちゃん、どっちを応援したらいいの!

「別に来なくて良かったわよ。すごく楽しかったし」
「そんな、ジェラは相変わらず冷たいな~」

 違うよ!
 それ多分違うから!

 ジェラちゃん……素直じゃないなぁ。

「みんな一緒だったし、来ればよかったのに」

「僕もぜひ、クレナちゃんと甘いひと時を過ごしたかったんだけどね」

 ガトーくんは、子供っぽい笑顔で、パチッとウインクした。

 もう!
 ジェラちゃんもいるんだから、そういうの辞めて欲しいのに。
 ほんとに軽いよね、ガトーくんって。
 
「キミのとこの執事がさ……僕もシュトレ兄様も取り次いでくれなかったのさ。行先も教えてくれないしさぁ」

 えええええ?
 クレイってば、そんなことしてたの? 
 
 それに。
 シュトレ王子……来てくれてたんだ……。
 

 ――前言撤回。

 クレイには、わさび入りのパンケーキをたくさんプレゼントしよう!


**********

 夏休み明けの始業式は、何事もなく普通に終わって。

 私たちは放課後の生徒会室に集まっていた。

 特になにかあるわけじゃないんだけど。
 基本みんな、同じクラスだし。

 ……違うのは一人だけ。

 窓際に立っていたシュトレ王子と目が合う。
 澄んだ青い瞳を嬉しそうに細めて、微笑みかけてきた。

 うわぁ。
 なにそれ。

 心臓の音が……周りに聞こえそうで。
 ちょっと! 静まってよ、これ!

「ねぇ、クレナ」

 シュトレ王子は、私に近づいてくると。
 耳元でそっとささやいた。

「このあと、一緒に海に行かない?」

 シュトレ王子の甘い匂いと、耳にかかる吐息で。
 私は完全に思考が停止してしまった。

「……クレナ?」

 はっと気づくと。
 目の前に心配そうなシュトレ王子のアップがあった。

「ご、ごめんなさい! そうですね。是非!」

 慌てる私のおでこに、柔らかい感触が伝わる。

 え?
 あれ?

 えーとなんだっけ。
 このあと。
 
 ………海?
 
 ………二人きりで?

 ……。

 …………。

 えええええ!?

 どうしよう。

 おもわず、両手で頬を押させながら、その場でうずくまる。
 

「ちょっと、そこの金色毛虫。お姉ちゃんに何言ったのよ!」
「ク、クレナちゃん? どうしかしましたか?」

「ちょっと、アンタ大丈夫なの?」

 ゆっくりとシュトレ王子を見上げると。
 人差し指を唇に当てて、ナイショのポーズをとっている。


 もう。
 なにそれ、
 かっこよすぎだよ……。


**********

「お手をどうぞ、お姫様」
「あ、ありがとう……ございます」

 シュトレ王子に差し出された手をとって、私は飛空船に乗り込んだ。

 この船は、王家の大型の飛空船じゃなくて。
 冒険者がよく乗るような、小型のもので。
 
 マストには大きな帆が張られている。

「これも、王家の飛空船なんですか?」
「違うよ。これはね、オレの船なんだ」

 シュトレ王子は私の瞳を見つめた後、誇らしげにマストを眺めた。

「シュトレ様の?」
「うん。クレナ……飛空船好きでしょ?」

「好きですけど……」

「冒険者にもなりたいんだよね?」

「それはまぁ、せっかくの異世界なので……」

「そういうこと!」

 シュトレ王子は、嬉しそうに私の手を引くと、船内に案内してくれる。

「ねぇ、シュトレ様! そういうことって?」

 船室は、大きな窓と、白を基調としたオシャレな家具。
 それから。
 小さなテーブルと二人掛けのソファーが設置されていた。
 テーブルの上には、デザートとティーカップが置かれている。

「うわぁ、すごい!」
「気に入った?」

「うん。ホントに素敵なお部屋!」

「そうか、よかった」

 シュトレ王子は嬉しそうにほほ笑んだ。

「この船はね、将来オレと……クレナが一緒に冒険できるように手に入れたんだ」

 シュトレ王子……。
 嬉しい。
 嬉しいけど。

「ああ、心配しないで。この船はね、もともと冒険者がいらなくなったもの貰って、オレが少しずつ直したんだ」
 
 私の表情に気づいた王子が、イタズラっぽい表情で笑う。

 シュトレ王子が、私の手を引いてソファーに誘導する。
 ソファーに座ると。王子も隣に座った。

 距離が……。
 ものすごく近い……。

「それじゃあ、海に行こう。せっかくの夏だしね」
「……はい」

 私は出来る限りの笑顔で微笑んだつもり……なんだけど。
 さっきからずっと、嬉しすぎて。
 顔が緩みっぱなしで……。
 
「あ、そうだクレナ」
「なんでしょう?」

 やっぱり変だった?
 そ、それか。
 心臓の音が聞こえたとか?

「ねぇ、ここに座って」

 王子は、自分の膝をちょんちょんと指さす。

「……ここって、膝ですか?」
「うん、そう」

 ……そうって。
 そんなところ乗れないから!
 
 絶対重いから、私。

「どうぞ、お姫様」

 シュトレ王子は私の手を引くと。
 自分の膝の上に座らせた。
 
 すぐ近くに、王子の金色の髪と綺麗な横顔がある。
  
「あ、あ、あの? シュトレ様」

「一度やってみたかったんだ。ほら、クレナ、あーん」

 シュトレ王子は、果物を私の口の前に差し出す。

 え。
 なにこれ?
 どんな展開なの?

「あの? シュトレ様?」

「ほら、前にリリアナがやっていたから……ダメだった?」

「だ、だめじゃ……ないですけど……」

「よかった。それじゃあ、あーん」

 私は、差し出された果物をぱくっと口に入れた。

 ……だめだ。

 恥ずかしくて味なんて全然しないんですけど!
 顔から火が出そうなくらい……恥ずかしい。

「美味しい?」

「えーと……あの……」

「オレも、味わっていいかな?」

 王子の顔が近づいてきて。
 唇にやわらかくて、甘い感触が伝わってきた。


 神様。
 かみたちゃん。

 どうか。この幸せな時間が。

 ずっとずっと続きますように……。
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