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第3章 公爵令嬢の選択

第28話 神聖魔法

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「これは何だ!」

 応戦するも手応えがなく、懸命に泥人形を振り払いながら、リョウが叫ぶ。
 
「……禁忌の魔法で人を泥に変える邪法!
 こんな惨い魔法の使い手が、この世に存在していたなんて!」
「あれ見て!」

 私が答えて、ベレニスが指差す方向。
 黒煙を噴き出す屋敷の瓦礫の中から、煤だらけの人間が1人這い出てきた。

 それは傷まみれで息も絶え絶えだが、憎悪が宿っているのが、誰が見ても明らかだと感じてしまう。
 
「あれはエクベルト公爵⁉」

 ヴィレッタが驚きの声を上げた。

 エクベルト・ルインズベリーは血塗れだった。
 泥人形にやられたのか、それとも別の要因かわからないが、すでに瀕死のようにも見える。
 
「何があったのじゃ!儂じゃ!わからぬのか!」
「シャルロッテ様は⁉家人はどうなったのです⁉」

 ニクラスとヴィレッタが呼びかけるも……
 
「おのれ~!ここはどこだ?儂は誰だ?
 痛い!許さん!殺す!全て殺してやる!」

 瞬間、人とは思えない速さで襲いかかってきた、エクベルトだった存在。

 リョウの剣が胴を真っ二つにし、私の魔法で上半身が燃える。
 それでも下半身は動き回り、数秒が経つと全身が復元した。
 
「おのれ~!痛い!痛い!痛いぞお!」

 その異様な光景に、ニクラスたち王国兵は怯えだした。
 
「あ、悪魔だ!あ、あれは人間が勝てる相手じゃないぞ!」
「ヒッ!来るな!」

 次々と襲いかかってくる泥人形やエクベルトだった存在に、兵士たちは戦意を喪失する。
 
「あれも魔法でああなったの?倒す術はあるの、ローゼ⁉
 魔法オタクなんだから知ってるんでしょ!」
「斬っても斬っても死なない、か。
 こんなのが蔓延ったら傭兵団も役立たずになるな」

 兵士たちを護りながら、ギリギリの攻防を展開するベレニスとリョウの2人。
 
「……この泥人形もルインズベリー家当主も、魔獣としてのカテゴリーではグールと呼ばれる存在。
 弱点は神聖魔法だけど……高位の神官クラス、例えば七英雄のザックスぐらいでないと浄化は不可能。
 それ以外の手段は、再生不可能になるまでゴリ押しするしかない!」

 神聖魔法。
 それは女神フェロニアを信仰し、祈りを捧げる信徒たちが奇跡を起こすことのできる魔法で、その効果は千差万別である。
 
「ゴリ押しって、この数を?
 うへえ、フィーリア、何かパーっとゴリ押しできる魔導具とか持ってないの⁉」
「持ってないっすよ!地味にこっちもエマさんと共にヴィレッタさんを護ってるんで、余裕ないっす!」

 ベレニスの無茶振りに、フィーリアは魔導具で結界を張りつつ答えていた。
 
 ベレニスがグールの群れに風魔法を撃ち、リョウが泥人形を斬り捨て、私も最大火力で炎魔法を連射し続ける。

 だが、状況は芳しくない。

 いっそのこと、燃え盛るルインズベリー邸を丸ごと吹き飛ばして見るのも手だが、万に一つの確率でも生存者がいたらマズい。

 特に、シャルロッテだ。

 泥人形は、人だった頃の面影がいくばくか残っている。
 今のところ、彼女らしき泥人形は確認できていない。

 なら!生存の可能性に私は賭けることにした。

 けど、王国兵も率いるニクラスも限界に近い。
 ベレニスもフィーリアも肩で息をしている。
 リョウはまだ平然としてるけど、多少剣にブレが出てる。

 マズイな。このままだと、こっちが先に限界を迎えてしまう。
 そう思った時だ。
 
「神聖魔法でなんとかなるんですね?」

 意を決したように、ヴィレッタが私に語りかけてきた。
 
「うん。でもさっき言ったように、とびっきりの凄い使い手ならね」
「どうやるのでしょう?わたくしも女神フェロニアに魂を捧げた身。その方法を教わりたく存じます」

 ヴィレッタは覚悟を決めた目をしていた。

 たしかにヴィレッタのような敬虔豊かな信徒なら、女神フェロニアの加護は得られるだろう。
 だが魔法を使用したことのない人物が、いきなりグールを浄化する才を開花させるなんてご都合主義あり得るだろうか?
 でも……ヴィレッタなら。
 
「わかった。一回試してやってみよう!
 駄目ならすぐに下がって!サポートは私がする!」

 私はヴィレッタに詠唱を教えた。
 
「こう詠唱して!
『大地にあまねく精霊よ、我が祈りに応えたまえ!我は女神フェロニアの使徒にして裁定者なり。救いなき、かの者らへ救済を与えたまえ』」

 私の教えた詠唱を一字一句違わず、ヴィレッタは目を閉じ祈り始めた。

 するとどうだろう。彼女の身体が光に包まれ始めた。

 そして……
 
「おお!」

 泥人形たちの身体が崩れ、そして地面へと還っていった。
 神聖魔法の浄化効果が発揮されたのだ! 
 ルインズベリー邸の燃え盛る炎すらも消滅した。

「うっぐ……おの……れ……儂は……」

 エクベルトだった存在も、最期に恨み言を残して浄化されていった。
 
「お嬢様!」

 倒れ込むヴィレッタを抱えた私に、エマさんが駆け寄ってくる。
 
「フフ……わたくしにもできました」
「いやホント凄いよヴィレッタ!女神フェロニアの加護を得られたね」

 微笑む彼女に私は称賛を送る。
 私の詠唱を一度聞いただけで、神聖魔法を使うなんて大したものだ! 

 いやいや、凄いなんてものじゃない。
 このヴィレッタの力は、今すぐ高位の司祭、いや、聖女を名乗ってもいいくらいだ。

 出来過ぎの展開に少しだけ違和感を感じるも、ヴィレッタのような純粋な魂の持ち主なら当然と思い込んだ。

 ……そのせいで驚きもせず、理解が追いついていないわけでもない存在が1人、この場にいたことに気づくことができなかった。
 
「ふう、よくわからんが危機は去ったのだな!
 全く、図ったかのように応援も今着いたぞ。
 ちっ、アデル・アーノルドか」

 そんなニクラスの舌打ちが聞こえて振り向くと、アデルが数百の兵を率いて現れた姿が目に入ってくる。

「ニクラス様。遅れて申し訳ありませぬ。
 して?ルインズベリー邸がこうなっている理由とは?
 そしてこの状況は一体……」
「り、理由はそこの冒険者どもと、レスティア公爵令嬢に聞け!
 我が兵はルインズベリー邸に突入せよ!手柄を取られるなよ!」

 号令と共に、ニクラスが屋敷に突入していった。
 その様子に嘆息しつつ、アデルは私たちへと近寄り、状況の説明を求めてきた。

 ありのままを説明するけど、ルインズベリー家の人間が魔獣グールにされたと伝えた時は、さすがのアデルにも動揺の色が見えた。
 だがすぐに気を取り直し、アデルは王宮への急使を手配して、私たちに礼を述べるのであった。
 
 ルインズベリー邸は封鎖され、王国兵はグール化した者たちの遺体の回収作業を始める。
 エクベルトだった灰となった存在も含め。
 
「テシウスの危惧していた通りだったか……」

 無意識に囁いたアデルの声に反応してしまう。
 
 テシウスってあの切れ者の先生か。
 これも予測範囲内の惨事だったってこと?
 
「危惧とは何でしょう?」

 私が発するより先にリョウが訊ねた。
 
「いや、何。どうにも此度の騒動、テスタ宰相すらもせっかちに動いてると、小首を捻る考えすぎる奴が友人におっての。
 筋書きを書いている、王国外部の者がいるのではないかと疑っていてな。
 禁忌の魔法により、人を魔獣に変える……か。
 だが、誰が何故このようなことをした?
 その者の意図が見えない……不気味だな」

 アデルは顎に手を当てながら、思案してる様子を見せる。
 
「ときにリョウ殿よ。ルインズベリー邸にはオルガ・フーガはいなかったのか?奴も死んだのか?」
「いえ、泥人形でオルガさんらしき者は見かけませんでした。
 他には公爵家の嫡男ポール殿と、妹君のシャルロッテ嬢が未だ安否不明です」
 
「ふうむ。オルガがいて、この惨事を食い止められなかったのは解せぬし、死を持って任務から解き放たれていないのも解せぬ」
「俺もそう思ってます。オルガさんは現傭兵団で五指の実力者です。
 仮に人を魔獣に変える者に不意をつかれても、現場から逃げず、多くの人を助けようとするでしょう」

 リョウはオルガの強さは知っている。
 その強さを信頼しているから、状況の理解に苦慮してるようだ。

「アデル様、このような話を耳にしたのですが、ご存知でしょうか?」

 私はオルガが、妹のグレテがエクベルトに乱暴されて自死した件を伝えた。

「……知っておる。オルガは剣の才能溢れた若者だった。
 妹の死で自棄になっていた奴を、傭兵団へ推挙したのは儂だ」
「それって、ポール公子はどんな立ち位置だったんすかね?」
「立ち位置?……さて……ただオルガとポール様は今でも仲が良さそうだった。
 関与はしていないと思うぞ?」

 フィーリアの疑念に、アデルは小首を傾げる。

「フィーリア、それはオルガさんがエクベルトだけではなく、ポール公子も復讐対象だったってことか?」
「断定はできないっすけど……可能性は高いと思うっす」

 リョウとフィーリアの会話で、私も一つの推論が生まれた。
 
「アデル様。この場は任せてよろしいでしょうか?
 私たちは教会へ向かいたく思います」

 私はアデルにそう告げる。
 
「魔女ローゼさん、なにゆえ教会へ向かう?」
「……邪教の魔女が教会のシスターとして潜伏しているのです。
 今回のこの惨劇、彼女の仕業の可能性が極めて高いと思います」

 私の言葉にアデルはピクリと眉を顰める。

 無理もない。教会とは神に祈りを捧げる場所であり、聖職者は俗世を離れ、清貧な生活を送るものだ。

 昔から教会の汚職や、権威を利用しようとする貴族は跡を絶たないが、基本的に熱心な女神信者ほど神の教えを胸に刻み、禁欲的に日々を過ごしている。

 アデルもそうなのだろう。

 だから教会が絡んでると聞いて、いい顔をしない。
 だが、私は知っている。
 アデルは神に祈るより剣で道を切り拓くことを好むということを。
 
「ようやく、ジーニアをぶん殴れるのね!」
「逃げてるかもっす。王都の封鎖もお願いしたいっすね」

 フィーリアに告げられ、アデルは手配した。
 
「わたくしも連れて行ってくださいまし!」
 
 ヴィレッタも覚悟を決めた目で口にした。
 エマさんは、一息吐くが主の意向を優先する構えだ。
 
「ヴィレッタ嬢は、アデル殿に護られてたほうが無難だが……」
 
「もうわたくしの命が狙われないからでしょうか?
 ですが、わたくしを利用した人物は教会のジーニアという、あのシスターなのですよね?
 でしたら、わたくしにも文句を言う権利があると思います。
 それに神聖魔法、この力が必要になるのではないか……そんな予感もするのです」

 唯一反対するリョウだが、ヴィレッタに詰め寄られ言葉を詰まらせる。
 
「私は、彼女の気持ちを尊重してあげたいと思う」

 私の援護に、リョウはタジタジになりながらも了承した。
 アデルに教会へ向かう許可を貰い、私たちは馬を借りて教会へと急ぎ向かっていった。
 
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