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第3章 公爵令嬢の選択

第25話 謀略vs謀略

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 早朝のアデル・アーノルド準男爵邸。
 
 アーノルド邸の近隣に住む騎士や兵士の家人たちは、驚き飛び起きて外を眺め、首を引っ込めて我関せずとし、嵐が過ぎ去るのを待つように身を潜めた。

 ベルガー王国4大公爵家が一つ、レスター公爵家当主であるニクラス・レスター公爵が50名の兵を従え、邸宅を包囲して扉をノックし、叫んだ。
 
「アデル・アーノルド!貴様を謀叛の罪で捕縛する!
 抵抗するなら、遠地にて忠実なる王国軍兵士である長男コリウールと長女オルタナにも、同罪として裁きが下されようぞ!」

 ニクラスの大声は近隣に響き渡った。
 
「だが、寛大なる宰相と偉大なる陛下の温情!
 今この場で罪を認めて捕縛に応じるならば、コリウールとオルタナは助命し、我がレスター公爵家の配下として新たに登用してやろうではないか!」

 ニクラスは高らかに宣言し、兵士たちに命令して突入態勢に入らせた。
 だが、扉が破壊される前に、寝巻き姿のアデルが姿を現した。
 
「これはこれは、ニクラス公爵様。
 これは一体何の騒ぎですかな?
 儂は先王の頃より王国に仕えて十余年、謀叛を疑われる所業などしたことがありませぬ」

 腕組みをして立っていたニクラス公爵は、アデルの質問に対して高笑いをした。

 まるで犬の鳴き声を聞いて嘲笑する飼い主のように。

 そして告げる。
 レスティア公爵令嬢と共謀して、王を暗殺しようとした疑いがあると。
 証拠に昨夜、レスティア邸に単騎で乗り込んだアデルを目撃した人物がいると。
 
「レスティア公爵邸には、巷で噂の亡きローゼマリー王女殿下の名を騙る偽物がおり、貴様とレスティア公爵家が共謀して陛下を弑逆し、国を乗っ取ろうとしておる明白な証拠よ!」

 ニクラスの反論にアデルは、はあ、と答えた。
 
「ちっ、これだから平民は!
 事の重大さが理解できていないな。
 陛下の命を狙うなど大罪だ!一族皆殺しが当然よ」

 勝ち誇ったニクラスは剣を水平に構えた。

 戦いでは、このベルガー王国で右に出る者のいないアデルを、己が屠れる愉悦に溺れながら。

 所詮、アデルは平民であり、国を背負う高貴なる貴族である自分とは格が違うと高を括っていたからだ。

 だからこそ、ニクラスは、その油断が命取りとなることを知るのだ。

 屋敷の奥から1人の人物が現れ、アデルの横に立った。
 
「これは朝早くから一体何の騒ぎだ?ニクラス・レスター卿よ?」

 寝間着姿の人物を見たニクラスは呆然とした。

 後ろの兵士が動揺し、青ざめる。
 
「アデルよ?これは何かの余興か?」
「いえ、よくわかりませぬが、何やら儂が陛下に対して謀叛を企てていたとか、ニクラス様が申しておられまして……」
「ハッハッハ、それはまた愉快な話だな。
 一晩中、余とこの家で過ごしておったのに、アデルは余の命を狙うどころか、余とのチェス勝負で頭を茹で上がらせておったのよ。のお、アデルよ?」
 
 その言葉に、ニクラスは頭をフル回転させるも理解が追いつかない。

 だから、こう言葉を絞り出すのに精一杯だった。
 
「な、何故、陛下がここに⁉」

 まさしく、現ベルガー王国国王サリウス・ベルガーが、たかが準男爵である男と横に並び立っていたのである。
 
「ちと亡き兄上の話を聞きたくてな。
 政務は宰相に任せているゆえ、余は暇を持て余しておっての。
 アデルがとても面白い話をしてくるもので、つい長居して、な」

 ニヤリと笑ったサリウス王は表情を引き締め、ニクラスに命じる。

「兵を引かせよ」

 突然の国王の登場に、兵士たちは慌てて命令に従った。
 
「へ、陛下!釈明させてくだされ!
 これはルインズベリー公爵家の世継ぎであるポールが、陛下の命を狙わんとする企みがあると宰相閣下に進言され、こうなった次第なのです!」

 ニクラスは必死に弁明するも、サリウス王は眉一つ動かさない。
 
「アデルとレスティア公爵家がのう。
 ということは、レスティア邸にも兵士が出動しておるな」

 そう言ってサリウス王は、脂汗をダラダラ垂れ流しているニクラスに更なる命を与える。
 
「即刻、事態を収束させよ。
 ポール・ルインズベリーと当主であるエクベルトに、謁見の間にて待つと伝えよ。
 宰相にはご苦労をかけるが、同じく出仕せよともな」
「ぎょ、御意!こ、このニクラス・レスター、陛下の勅命、しかと承りましてございます!」

 サリウス王の命を得たニクラスは顔面蒼白のままレスティア邸へ早馬を出し、自身は兵たちと共にルインズベリー邸へと向かった。

 ふう~っと、去っていった兵たちを見つめ、アデルは緊張の糸を解いた。
 
「ハッハッハ、アデルよ。中々愉快な演技であったぞ」
「戦いならいざ知らず、このような役回りは苦手ですな」

 2人が屋敷内へ戻ると、チェスの盤と駒を見つめていた男が出迎え、礼をする。

 短い銀髪の壮年、王立学校の教師のテシウス・ハーヴェストである。

 昨夜のことだ。レスティア邸からの帰路、ポールとオルガとの会話後にアデルはテシウスに相談した。
 魔女ローゼが、望む人生を歩めるために。
 だが話を聞いたテシウスは即座に策を練った。
 アデルもサリウス王も半信半疑だが、その策に乗ったのである。
 
 テシウスの策には実績があった。
 7年前の南部諸国連合軍との戦い、死地に向かうアデルに砂塵作戦の策を授け、亡国の危機を救ったのもテシウスなのだから。
 
「テシウスよ。そなたが余をアデルの家に泊まるように進言した策、見事に成功したな」
「まったく、儂は肝を冷やしたぞ。
 陛下のご命令でなければ断っていたわ」

 この国の王と知己の声に、テシウスは無表情のままチェスの盤面に目を移し、駒を一つ移動させた。
 
「まだ、レスティア邸で騒動が続いているでしょう。
 そしてルインズベリー家。
 エクベルトとポールが、大人しく出仕を選択するかは疑問でございます」
「ヴィレッタが無事か気になるが、そちらはラシルとトールに任せておけば問題なかろう。
 だが、2人ともドサクサに紛れて、魔女ローゼを名乗る少女を葬ろうとしないか不安よ」

 先王の唯一の子供の生存は、現王であるサリウス王に賭けたトールとラシルには邪魔な存在でしかない。

 他の貴族連中に担ぎ上げられる前に、消すと考えるのが自然であった。
 
「心配無用かと。先刻話しましたが、魔女ローゼさんに野心は皆無と感じました。
 ラシル殿下もトール殿も、ローゼさんの側にアランの傭兵の少年がいる以上、傭兵団と盟約を結びたい我々が揉め事を避けるべきなのを理解しております。
 それにリョウ・アルバース。彼には私も興味が湧きました。彼とは友好関係を築くべきでしょう」
 
「ほう?アデルよ。そなたはどう見た?」
「剣で戦えば、今はまだ儂の圧勝でしょうな。
 ……あとは仲間に女性が多いのは、ちと気になりましたなあ。
 軽んじられてるようにも、頼りにされているようにも感じました」

 アデルは、リョウがヴィレッタを護衛する姿を思い浮かべながら答えた。

 テシウスもサリウス王も興味深げに聞いた。
 
「余も会ってみたいものよ。魔女ローゼと傭兵のリョウとやらに」

 サリウス王はそう告げて、チェスの駒の一つを動かすのであった。
 
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