上 下
99 / 107
第3章 公爵令嬢の選択

第20話 王女生存説

しおりを挟む
 貴族街の区画の外周に位置し、兵士や騎士の住まう区画の1つに、ベルガー王国の準男爵位を賜ったアデル・アーノルドの住まう屋敷がある。

 アデルは使用人も雇わず、息子と娘は遠地に配属され、妻とも死別しているため、1人暮らしをしている。
 休日は自ら掃除洗濯に精を出し、傭兵時代から続けている剣の鍛錬にも余念なく、特に不具合を感じてはいない。

 準男爵とは一代限りの貴族で、領地も持たないが、王国に忠誠を尽くすことを条件に貴族の身分を与えられる制度である。

 アデルはアラン傭兵団に所属していた傭兵であった。

 先王カエサル・ベルガーに請われ傭兵団を辞し、ベルガー王国親衛隊長に抜擢され、身命を賭して仕えた。

 だが、先王は病で亡くなり、あろうことか王妃も王女も同日に病で亡くなった。

 国葬後、平民であったアデルは職を辞し、郷里に帰ろうとしたが、フリッツ宰相と軍の元帥、それに新王サリウスに説得され、王国軍の部隊長職に就いた。

 貴族主義への回帰が強まる空気の中、現宰相テスタ・シャイニングの暴政が続いている。
 内心思うことは多々あったが、慎ましく暮らしながら、戦功を重ね、今に至る。

 今や、アデルは王国に何も期待していない。
 命じられた役目を果たすためだけに生きているようなものであった。

 そんな彼が休日の雑務を終えて、一杯だけと晩酌をしていると、玄関にノック音が響いた。

 こんな夜更けに誰だ?と思いながらも扉を開けるとそこには2人の男が立っていた。
 
「ルインズベリー家の公子様と、オルガか。一体何の用でしょう?」

 ルインズベリーとは王国4大公爵家であり、現宰相職のシャイニング公爵家同様、汚職貴族の代表のような家であった。

 オルガは、ルインズベリー家に仕える家柄の出身だった人物である。
 
「よお、久しぶりだなあ、アデルの旦那ァ。
 ベルンに里帰りしたんでちょいと顔を見せに来たぜ」

 オルガは現在、アデルが所属していたアラン傭兵団に在籍している。
 10年前にオルガへ紹介状を書いたのはアデルであった。
 
「こんな夜分遅くに失礼。お元気そうで何よりです」

 ルインズベリー本家のポールが恭しく一礼する。

 アデルは2人がここに来た理由を考える。

 2人の様子から、怪しい動きや後ろめたい話はなさそうだと判断し、屋敷の中に招き入れた。

 応接間に案内して椅子を勧めると、2人は礼を言い座った。
 アデルは酒とツマミを3人分用意すると席につく。
 
「どうだ?アランの傭兵としての暮らしは?団長のグレンは元気か?」
「暮らしはまあまあかな?
 まあ剣の腕だけで頼りにされるのは性に合ってるねえ。
 貴族に仕えるなんて暮らしには、もう戻れねえってぐらいにな。団長は元気だよ」

 オルガが以前の主の前で貴族を愚弄する発言に、アデルは苦笑した。
 自分もそういえば一応貴族だったなと思うと、また笑いがこみ上げてきた。

 それを見てオルガも苦笑いしつつ、本題に入った。
 
「ポールに顔を見せて、あんたに挨拶して団長のところに帰ろうと思ってたんだが、ちょいと気になる話を耳にしてな。
 アンタの耳にも入れておきたい話なんだ」

 オルガはテーブルの上に一枚の紙を置いた。

 アデルはその紙に目を通し、思わず唸り声を上げた。
 
『ローゼマリー王女生存疑惑、死んだと言われている王女について、各地で噂されているらしいことを複数人から聞き及んだ』

 そして最後の文にはこう記されていた。

『ローゼマリー王女は魔女ローゼと名乗り、冒険者として現在王都ベルンに滞在している』

 ふむ?とアデルは首を捻った。

 アデルも軍の修練場で、兵士たちが噂話をしているのを耳にしている。
 だが、対象者が冒険者としてベルンに滞在しているのは初耳だった。

 さらに魔女ローゼの名には聞き覚えがあった。

 娘のオルタナの手紙に記されていた、ビオレールの騒動解決の立役者の魔女ではないか。
 
「アデル殿は先王の信頼厚き親衛隊長だったお方。
 ローゼマリー姫殿下にも慕われていたと聞き及んでます。
 よろしければ、我らが調べた人物の顔を見て、実際に会って確認して頂きたいのです。
 ローゼマリー姫殿下のご生存が確認出来次第、ルインズベリー公爵家として正式に保護するつもりでございます」

 アデルは考える。
 たしかに王女は病死したはずであった。
 だが、それが何かの陰謀で、本当に生きているのなら、それは真に喜ばしいことだ。

 だが、もし本当に生きているなら何故姿を隠していたのか? 
 それは王女としての身分を、不要としているからなのか?
 それとも、何かやむを得ない事情があってのことか? 
 
「その王女様らしき人物は、俺と同じアラン傭兵団の男とエルフのガキの女。
 もう1人ちっこい少女と組んで冒険者稼業をしている。
 連中が魔女ローゼの素性を知ってるかは知らね」
「アランの傭兵はリョウ・アルバースだな。儂も聞いたことのある名だ」
 
「へえ?アデルの旦那に覚えてもらってるとはリョウの野郎も出世したもんだな」
「もし偽物だったり、抵抗されたらどうするつもりだ?」
 
「その時はその時さ。
 俺はローゼマリー姫殿下だと信じてるがな。
 まあ、あの連中が抵抗するなら王女を残して他は殺す。
 アランの傭兵の同士討ちなんてよくある話さ」
「あ、いやアデル殿。オルガの今の発言は極論です。
 ですが、万が一本物だった場合、宰相様が何をしでかすかわかりますよね?」

 オルガとポールの発言に、眉間に皺を寄せるアデル。
 言われていることははっきりわかる。
 宰相のテスタが知れば必ずや王女を始末すべく動くであろう。

 ルインズベリー家は宰相派閥の筆頭に位置しているが、それは当主の話。
 世継ぎのポールに悪い話は聞かない。
 今の発言は自分は宰相の傀儡にはならないと宣言したように思えた。

 王女を利用しようとする野心はあるのだろう。
 だが果たして、テスタの政権を倒す可能性はあるのであろうか?

 ローゼマリー王女が本物か偽物かを見定めてから判断しよう。 
 ポールが私利私欲のために、王女を利用する腹づもりなら見限ればいいだけだ。
 
「御安心を。陛下の玉座をどうこうしようという意図はございません。アデル殿、オルガ、よろしいですな?」
「その言葉に安心しました。喜んで魔女ローゼに会いに行きましょう」

 アデルは右手を差し出した。

 アデルとポールが右手を交わす中、酒の入ったグラスを手にしたオルガはニヤリと笑った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?

京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。 顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。 貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。 「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」 毒を盛られ、体中に走る激痛。 痛みが引いた後起きてみると…。 「あれ?私綺麗になってない?」 ※前編、中編、後編の3話完結  作成済み。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...