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第2章 英雄の最期

最終話 英雄の最期

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 1週間が経った。

 ドワーフの里とザガンの街の商談は無事に終了し、今後は裏で手を組みながら、互いの利になるよう商売をすることで合意した。

 ドワーフの里は、ザガンの街から得た資金で、新たな鉱脈を採掘するための道具や人員を手配中とのこと。

 また、ザガン側の希望で、お酒造りに適した場所の選定と、酒造りのための施設の建設をドワーフ側に依頼した。

 他にもザガンの街は、ドワーフの里が製造する高品質な武具や道具を優先的に買い取ることも約束した。

 これにより、ドワーフの里では新たな武器や防具の生産ラインが確保でき、ザガンの街も良質で安価な武具を手に入れられるようになる。

 互いの利となる良い取引だったと思う。

 このような歴史に残らない、人とドワーフの商談は昔からあったらしく、書庫の文献に記録が残っていた。

 ドワーフの里を知る人間を限らせ、ドワーフという種族そのものの存在を人間側から抹消するのを条件に、人の歴史に介入するやり方は、七英雄のアランの死後から始まったようだ。

 同じく七英雄のドワーフ王シュタインはアランの死に嘆き、悔やみ、そして決断した。
 大陸歴55年に起きた大乱前まで、魔族との戦い後の復興作業を人と共に行っていたが、それ以降は人との交流を表向き絶ち、人の記憶からも消えていった。

「ローゼさん、そろそろ出発するっすけどいいっすか?
 一応断っておくっすけど、本の持ち出しは駄目っす」

 フィーリアが書庫に来て告げてくる。

「うん、大丈夫。全部頭に入ったから」
「全部ってこの数千冊を?
 ローゼさんて、魔女より司書のほうが似合いそうっすね」

 私の返事に軽く引いてるフィーリア。

 いいじゃない別に、知識欲が満たされて私は幸せだし。
 さて、この1週間で読んだ本の感想は……

「ねえフィーリア、シュタインの手記は途中で……大陸歴70年で終わっちゃってるけど、続きってあるのかな?
 後世の書物だと、大陸歴180年頃に亡くなったっぽいけど」
「あ~、それ自分も気になったことあるっすね。
 あるかもっすけど断定はできないっす」

「同じ長寿のフォレスタやドラルゴとは、その後に会ってたのかなあ……
 ザックスやレインが病死したことには触れてたけど、アニスについては、アランが戦死する1年前に会ったって触れてるだけだったし」

 エルフの女王フォレスタと赤竜王ドラルゴは、もっと早い段階で人間との交流を絶っていた。
 ドワーフもそうしたほうが良いと忠告されたが、断ったと手記には記されていた。

 地味にショックだった。

 人類史の空白である、1年から55年の七英雄のその後や大陸の様子。
 アニスとレインの結婚で終わる、七英雄の冒険譚のその後が詳細に記されていた。

 それでも大陸統一王朝ラフレシアは、22年に宰相ザックスが病死したが、その政治手腕の遺産で50年頃までは大陸に平和をもたらしていた。
 アニスとレインも生涯旅を続け、子供も7人いたという。
 アランもまた旅を続け、どちらも各地で魔獣退治や治安活動に精を出していた。

 そして大陸暦42年。
 レインが69歳で息を引き取り、ラフレシア王国は盛大な国葬を行った。
 ザックスを除く5人の七英雄が参列した。
 その日にシュタインとアランは、フォレスタとドラルゴと言い争いになったという。

 理由は近い将来、人間が大きな争いをするから巻き込まれたくないと思う後者。
 それと、ならば人間を護って共存共栄して生きていけば良いという前者。

『余とアランは、アニスなら2人を説得できると期待したが、夫レインを亡くしたばかりの彼女は、ただ悲しげに首を振っていた』

 と、シュタイン王の手記に記述されていた。

 アニスの内面はどう思ってたのだろう?
 きっとこうだったのではないかと推察する。

 すでに七英雄の時代ではなく、これからの歴史は若い人たちに委ねるべきだと。
 時代の変化に、自分はもう関わらないと決めていたのではないか? 
 エルフもドワーフも赤竜も、各々がしたいように生きればいいと。

 一族を護る決断をしたフォレスタやドラルゴの選択は、寂しいし、悲しいことだけど正しいとも思う。

 そして大陸暦55年。

 史実に記載されている大乱の原因は、王家と政治の腐敗とされているだけ。
 けれど、手記に大乱になった本当のキッカケが書かれていて私は絶句した。

『王都にて、宮廷魔術師の職であった、レインとアニスの孫が暗殺されたと聞いた。
 馬鹿王の仕業に違いないと民衆は激怒した。
 その子は常に民の味方であったのに、王侯貴族共は私欲のためにその子を暗殺した。
 余とアランは怒り悲しみ、だが冷静に民衆をなだめ王と対話を図ろうとした。
 また、昨年に旅に出ると言い残したアニスを探したが、全てが遅かった』

 私はその部分に書かれている文字を指でなぞる。

 七英雄の人間たちの最期。

 ザックスは宰相となって繁栄の礎を築き、栄華に包まれて病死した。

 レインもまた、多くの人や種族から愛されて栄光に包まれて死んだ。

 アニスは行方不明……か。
 最期どうなったんだろう?

 誰にも看取られずに人知れずに亡くなっていたとしたら……
 救ったはずの世界が再び戦火に塗れ、人同士での争いに心痛めていたとしたら……

 私は胸が張り裂けそうな感情に襲われ、嗚咽を堪えられずに書庫で泣いたのだった。

 そしてアランの死。
 王軍からの暴虐に、民を避難させる選択を取ったアラン。
 だが、弓兵に囲まれ矢を浴び続け、それでも尚且つ王軍の総大将に一騎打ちを挑み、相討ちで死亡したと記されていた。

 英雄の最期として、あまりに惨い結末。

 その時、アランと行動していなかった己を悔いたシュタインは、大乱が深まっていく中、ドワーフ族の血脈を護ることを優先して、山奥で静かに暮すのを選択したようだった。

 以降の手記に、七英雄の名が記されていることはなかった。

「自分はエルフの女王フォレスタと、赤竜王ドラルゴには会ってたと思うっすよ。
 だって、その手記には……どう見ても、シュタイン王の筆跡じゃないのがあったっすからね。
 最後のページのここっす」

 フィーリアが本の最後のページに指を差している。

『“友よ“』

『“仲間よ“』

 短くそう書かれていて、涙の跡もあった。
 たしかに筆跡は違うな……

「これが、フォレスタとドラルゴという確証はないっすけどね。
 さ、そろそろ出発っす。リョウ様もベレニスさんも待ってるっすよ」

 フィーリアは私にそう告げて、書庫を出たのだった。

 英雄……か。

 英雄とは、人々から愛され、尊敬され、そして敬われる行動をし続けた者。
 それは、歴史に名を刻むことばかりではない。
 人々の記憶に残り続ければ、それでいいのだ。

 それを成し遂げられる人間は、この世界にどれだけいたのだろう?
 リョウは英雄の器と評され、今回の件でまた知名度が上がっていくはず。

 リョウが、アランのような最期を遂げるのは嫌……

 思い出すのはあり得た未来。
 ルシエンの謀略で、私を庇って無数の矢を浴びて倒れたリョウの姿。

 あんなのはゴメンだ。
 それを見て、魔王の器として、どす黒い感情に支配される私についても。

 ふと思う。
 魔王となったアリスより前。
 アニスが、どす黒い感情に支配されそうになったが、なんとか回避して事なきを得たとの話。
 でも後の夫となったレインが、理不尽な死を迎えていたならどうなっていたのだろう?と。

 シュタイン王の手記には、アニスは仲間に自分が魔王になりそうになったら、迷わず殺してくれと頼んでいた話もあった。

 それをシュタイン王は鼻で笑った。

『俺たちが側にいて、心を闇に支配なぞさせぬ』

 なんて言って。
 すると、アニスは太陽のような笑顔をしたという。

 私も、アニスのように仲間を護り続ける存在になりたい。
 ずっとリョウとベレニスとフィーリア、そしてまだ見ぬ仲間たちと共に旅を続ける私でありたいな……

 そんな夢を胸に、私は書庫の灯りを消して後にしたのだった。
 
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