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第2章 英雄の最期

第24話 ルシエン(前編)

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 この世界が嫌いだった。
 右目の上にある火傷痕は赤子の時についたもので、それ以降の人生を私は誰にも愛されずに生きてきた。

 親は知らない。
 ルシエンという名前だけが私に残った全て。
 ボロ切れの布に包まり、薄汚れた世界を見ながら私は日々を生きながらえていた。

 生きるために盗み、奪い、食べる。
 私の人生は、それだけの繰り返しだった。
 だけどそれは、私にとって苦痛ではなかった。
 先天的な才の魔法が、私に生きる術を与えてくれたからだ。

 私は魔法によって、人から認知されない術を持っていた。
 大きな街に移り混雑に紛れて生きていく。
 盗みを働く時はこの魔法を使い、人通りの多い場所や店から物を奪い、それを売って金に換える。
 時には冒険者の装備を盗んだりもして、その金で食い繫いだ。

 だがある日、私はある騎士に捕まった。
 背が伸び、顔をジロジロ見られる機会が増えたのが敗因だと、何となく考えた。
 そして私を捕らえた男が、私を見てニヤリと笑う。
 それは私の運命を変えた出会いだったと今にして思う。

「……さっさと殺せば?」

 廃屋に連れ込まれ、鎖で繫がれた私は騎士の前で吐き捨てる。

「まだガキの分際でそんな目をするたあ、将来が楽しみだな」

 男は私の顎を掴み、顔を上に向けさせる。
 そして私の目を見る。
 私は男を見て恐怖した。
 男の目に宿る狂気に。
 真っ黒な髪色から漏れ出る邪気に。
 それはまるで……いや、この男こそが女神の教えとやらに聞く悪魔だと私は確信した。
 男は私に言った。

「仲間になれ。そうすれば食い物に困らなくなるぞ」

 だが私はそれを断った。
 すると男は私を殴り飛ばした。
 痛みで蹲る私に男は言う。

「勘違いしてねえか?
 俺が欲しいのはお前の魔女としての素質だ。
 それを生かすも殺すも俺の自由だ。
 ったく。魔女のババア共も、手駒が欲しいならこういうのを見つけてこいってんだ」

 男はイライラしながら私の髪を引っ張る。
 痛みに私は顔をしかめるが、それでも男を睨むのは止めない。
 それが逆に気に入ったらしい。
 男は高笑いした。

「いいねいいねえ!俺にそんな目をしたガキはテメエで2人目だ!」

 興味を持った。
 そいつは生きてるのか死んでるのか。
 まだこのクソッタレな男を睨めるのか睨めないのか。
 私と協力してこいつを殺せるのか殺されないのか。

 だから私はその男に唾を吐いてやった。
 男は再び私を殴り飛ばした。
 それでも男の目は笑っていて、むしろ嬉しそうにしていた。
 男が私の鎖を外すと、私を見てニヤリと笑った。

「テメエ、俺を知らねえだろ?」
「知ってなくちゃいけないのか?」

「元パルケニア王国将軍にして家柄は公爵家、七剣神が1人にして大陸最悪の人物と呼ばれてるノイズ・グレゴリオとは俺のことよ」
「長い」

「クックック、敬意をもってノイズ様と呼べ」
「私に何をさせるんだ?」

「そうさなあ。盗み、殺し、犯し、破壊する。
 テメエのその目と魔法はそのためにある」
「なんだ。今の生活と変わらないのか」
「違うぜえ。テメエには給金が出る。
 まずはここの赤髪の魔女のババアのところに行きな」

 そう言ってノイズは地図を渡す。

「読めないんだけど」
「……しゃあねえ。連れてくかあ」

 嘆息するノイズは愛嬌のある顔をした。
 悪意なんて全くない、子供みたいな笑顔だった。
 大陸最悪の人物の意味は知らないが、所詮こいつも人間。
 私がいつか殺せるクソッタレな世界の1人だった。

 ノイズは私と裏路地を歩く。
 途中何度も人がこちらを見るが、私の火傷痕を見て目を逸らす者が大半だった。
 そのせいか、私に近づこうとする者はいない。

 暫く歩くと、スラム街の中でも大きな建物に着く。
 教会とかいう建物だ。
 ただ大通りにある立派で綺羅びやかなのと違い、こちらは禍々しさを感じた。
 ノイズはその建物にズカズカと入っていった。
 私もそれに続く。

 受付には、頭の禿げ上がった老人が1人だけいた。
 その老人はノイズを見ると顔をしかめ、話しかける。
 私は2人の会話を黙って聞いていた。

 どうやらこの老人は司祭で、ここにいる信者から金を巻き上げているとのことだった。
 そして金が払えぬ者は、奴隷として売られるとも話していた。

「ルシエンとやら。女神を信じてるかね?」

 司祭の質問の意図が、私にはわからなかった。
 だけどノイズは理解しているようで、私を見てニヤニヤ笑う。

「女神なんていたら、こんなクソッタレな世界を創った罰で真っ先に殺してやる」

 司祭の眉がピクリと上がる。
 私は女神なぞ信じていない。
 私の人生を狂わせたのは女神ではなく、人間だと知っていてもだ。

 ただ、もし……もしも神という存在が本当にいるのなら……それはきっと私のような人間を嫌うだろうと思っていた。
 だから私は神に祈ったことはないし、これからも祈るつもりはない。

「ふむ。ならば我らが神を信じるだろうな」
「我らが神?」

 女神以外に神がいるのかと、私は司祭の言葉に疑問を持つ。

「奥に入るがいい」

 司祭がそう言うとノイズは奥へと入っていった。
 私はその後に続く。
 巨大な空間の床に禍々しい魔法陣。
 その上に赤い髪の老婆が1人。
 他には誰もいない。
 赤い髪の老婆は私を見ると近寄ってくる。

 私は少し後ずさろうとしたが、何故か私の足は動かなかった。

 赤い髪の老婆は、私の頬に手を当てると微笑む。
 そして私の右目の上の火傷痕に触れた。

「よく来たのう。ルシエンよ。
 これからは我らが神のためにその力を使い、尽くすのじゃ」
「神って?」
「神は神じゃ。この世を魔族に支配され、蹂躙されている真の姿に戻すのが我らが神の悲願。
 そのためには、汚れ仕事もやってもらうぞえ?」

 そう言って、赤い髪の老婆は私の目を覗き込む。
 その目は私を人として見ていないのが、何故かわかった。
 でも、心が高揚したのも自覚した。

 この力を使って……クソッタレな世界を壊せるんだとわかったから。
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