上 下
50 / 107
第2章 英雄の最期

第9話 ヘクター・ロンメル

しおりを挟む
 出立して半日で盗賊の集団に遭遇した。

「女がいるなあ。男は要らねえ。殺しちまえ!」

 などと会話もせずに襲ってくる連中に、とりあえず炎魔法を浴びせる。
 昨日はリョウとベレニスが張り切っていて、私の出番は少なかっからこれくらいはいいでしょ。

「うわっ……エグッ!
 ローゼって、たまに無言で魔法ぶっ放すわよね」

 と言って、ベレニスがプスプス焦げてる盗賊たちを通行の邪魔だからと、風魔法でポイッと道の端っこへ放り出しながら呟いた。

 いや、どっちかって言うとそれのほうが酷くね?

「トドメ刺さないんすね。
 自分に遠慮してるんなら心配無用っすよ。
 旅で死体は見慣れているっすから」

 見慣れるって……そんなに酷いのか、世界。
 
「まあ、無効化すれば良いかなって。
 悪人でも死体は見慣れたくはない……かな?」

 私は少し悲しげに返答した。
 
「ていうかフィーリアさあ、ローゼに『対話前に魔法で解決するな』って説教したって聞いたわよ?
 これについては怒らないって、さすがドワーフね。
 背が低くて脳味噌ちっちゃいから忘れてるんでしょ?」
「はあ~。これだからエルフは。いいっすかベレニスさん。
 無論、ローゼさんのやったことは褒められたことではないっす。
 ですがその時の状況と、こちらと相手の立ち位置ってのがあるっす。
 今回の場合、相手は旅人を襲って、男は殺し、女は犯して売り払う盗賊っす。
 交渉の下準備があればできなくもないっすけど、そんな時間はないっすからね。
 ま、ケースバイケースってやつっすよ。
 エルフのすっからかんな脳味噌でも覚えとくといいっす」

 ま~たギャーギャー言い合いが始まったよ。
 リョウはスタスタと先に歩いて行っちゃうし。
 危険な場所ないかの確認してるんだろうけど、一言告げて行かないから、またベレニスとフィーリアがムッとしてるぞ?

「はいはい2人とも、余計な体力使わない!
 さっさとリョウに追いつこ?」

 プスプス焦げた盗賊たちを放置して先へと進むのであった。

 ***
 
 盗賊たちが目覚めることはなかった。
 何故なら、ローゼたちが去った直後に現れた人物の剣で、全員とどめを刺されたからだ。

 その人物は盗賊たちの死体を一瞥すると、そのまま私たちの後を追うように歩き始める。

「魔女にエルフにフィーリアねえ……面倒だ」

 視線はリョウの背中へと向けられる。
 殺意を気取られぬように気配を殺しながら。

 ***

「どうしたのリョウ?何か気になるの?」

 チラリと背後を振り向いた彼に問いかける。

「いや、何でもない。⁉」

 白銀の杖でリョウの頭をコツンとする。

「リョウ!また何か隠してる」

 リョウは私たちに危険が及ばないようにと、常に気を張ってくれている。

 それはとても嬉しいし感謝もしている。
 けど……その優しさは、時に彼自身を傷つけることになるのだ。
 だから私は彼を叱りつける。それが私の役目だから。

 そして……彼が私を見てくれるから……なんてね?
 まあ、そんな恥ずかしいこと絶対口には出せないけど。

「ん?傭兵が何か隠してるの?
 うわぁ~サイテ~。きっとエッチな木の枝でも見て興奮してたんでしょ?
 後で回収しておこうって目で追ってたのね!」
「……ドン引きっす。嗜好がマニアックすぎてドン引きっす」

 いやいやいや、何の話だよ⁉

「……そうなのリョウ?」
「ち、違う!断じてそんな物見てない!」

 慌てたリョウだが、すぐに真顔になった。

「……3人とも、先に行っててくれ。
 用があるのは俺だけのようだ⁉」

 リョウの声のトーンが下がる。
 すかさず私の白銀の杖が、再びリョウの頭をコツンとする。

「あのさあ、リョウの考えてることは大体わかるけど、そういうのはなし!
 私たちは仲間でしょ?」
「ていうか何?つけられてるの?
 全然わかんなかったんだけど……たしかにいるわね」
「マジっすか。
 リョウ様が特殊性癖じゃなくてホッとしたっすよ。
 じゃなくて、つけられてるんすか⁉」

 私も全然わからなかった。
 でも今はわかる。
 何故ならその人物は、もう隠そうとしない殺気と敵意をこちらへと向けているから。

「やれやれ、小便してる時に背後からブスリか、先回りして飯に毒でも混ぜようかと思案してたんだがな」

 現れた人物は壮年の男。
 縮れた茶色の髪に日焼けした屈強な肉体の人物。
 ……来ている服装は商人服?

「ヘクターさん⁉
 なんでヘクターさんがこんなところにいるんすか⁉」

 フィーリアの驚愕声から、かなり親しかった存在だと想像出来た。

「よおフィーリア、次に会うのは何年後かと思ったが、意外と早かったな。
 ……本当ならお前さんには気づかれずリョウ・アルバースを始末して、とっととハンセン商会に戻ろうと思ってたんだがなあ」

 ハンセン商会?たしか……ダーランド王国にある商人ギルドの一つだったような。

「俺に用があるようだが、どこの誰だ?」

 剣を抜き尋ねるリョウに、男は嘲笑う。

「そんなの気にするタイプか?
 安心しな。女には手を出さねえよ。
 もっとも邪魔するなら容赦しないがな」

 男はロングソードを腰から取り出し構える。

「ちょっ!ヘクターさん!ふざけないでくださいっす!
 リョウ様も落ち着いてくださいっす!
 自分の護衛ってことを忘れないでほしいっす!」

 フィーリアが慌てて2人の間に入る。

 ……でも、なんだろう?この違和感。
 この男はリョウを目の敵にしているのに、私たちには手を出さない? 

「すまん、フィーリア。加減も容赦も出来そうにない」

 リョウが飛び出し剣が火花を散らす。

「ちょっと傭兵!
 もう!どうすんのローゼ?私たちも戦う?」

 ベレニスがレイピアを構えているけど、私はそれを手で制する。
 男はリョウと剣を交えながら叫んだ。

「麻薬戦争の英雄様よ!
 テメエがビオレールにいると知ってな!
 サリアの仇!討たせてもらうぞ‼」

 剣と剣がぶつかり合い、激しい剣戟音が響く。

「……ヒューイット将軍の残党か?
 それとも麻薬組織の残党か?」

 剣戟音に紛れないように叫ぶリョウ。
 その言葉にヘクターは笑う。

「ただの冒険者だったよ。
 騙されて雇われてテメエに斬られただけのな!」

 男……ヘクターの剣がリョウの剣を押し返す。
 飛び下がるリョウに再びヘクターは斬りかかる。
 キン!ガキン!と甲高い音が二度三度響き、再び剣戟音が鳴り響く。

 私は2人の戦いを、呆然と見ていることしか出来ないでいた。

「そんな!それならリョウは悪くないじゃない!
 悪いのは、麻薬組織とヒューイット将軍だったんでしょ‼」

 私の叫びにヘクターが嘲笑う。
 リョウと剣戟を交わしながら、男は私たちにも叫ぶ。

「知ってるさ!でもこれは理屈じゃねえんだ!
 テメエはわかるだろ?剣を通じてわかるさ。
 テメエも戦う理由を欲して彷徨ってる剣士だとなあ‼」

 ヘクターの剣撃が激しさを増す。
 リョウはそれを巧みに受け流す。

「……サラから聞いてたな。
 凄腕の冒険者が雇われていて危なかったが、元凶の死で投降した冒険者がいたと。
 ……それがあんたか!」

 リョウの漆黒の剣が、ヘクターのロングソードを跳ね上げる。
 ……凄い!あの剣撃をいなすだけじゃなく、反撃までするなんて。
 だが、ヘクターは跳ね上げられた剣をすぐに構え直し、リョウへと斬りかかる。
 キン!ガキン!再び激しい剣戟音が響き渡る。

 ……2人の剣の腕は互角だ。
 いや、僅かにリョウが上かもしれない。
 でもそれはわずかな差で、決定打には程遠い。
 このクラスの剣の腕前同士の戦いとなると、私のような魔女とベレニスのような魔法剣士には立ち入る術がない。

 下手に魔法を放ったりしてリョウに当たったら……
 でも、もしもリョウが劣勢になった時の為に……私は杖を握り直す。

 だが決着は、思わぬ形でつくことになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?

京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。 顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。 貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。 「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」 毒を盛られ、体中に走る激痛。 痛みが引いた後起きてみると…。 「あれ?私綺麗になってない?」 ※前編、中編、後編の3話完結  作成済み。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...