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第2章 英雄の最期

第4話 新たな出逢い

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 外の陽射しが暑くなり始め、もうすぐ夏だなあと思いつつ、私は冒険者ギルドの掲示板に貼られている依頼書を見ていた。
 
 う~ん、これはビオレール領外に出なくちゃ行けなくなるし無理かあ。
 となると報酬良いのは……

「今日はローゼだけか?珍しいな」

 掲示板を眺めていると、ここビオレールの冒険者ギルドマスターのバルドさんに声をかけられた。

 渋いおっさんのこの人は、数少ない私の正体を知る人物だ。
 ただそんなことをおくびにも出さず、私を冒険者の魔女としてこき使っている。

「ベレニスは起きなかったから置いてきた。
 リョウはまだ来てないけど、多分もうすぐ来ると思う」
「そうか。まあゆっくりしていってくれ」

 バルドさんはそう言うと、カウンターの方へ戻っていった。

 めぼしい依頼がなかった私は、ギルドの中に併設されている酒場で朝食を摂ることにした。
 ギルドの酒場は朝でも営業しており、様々な食事を提供する飲食店だ。
 それに冒険者たちが、情報交換や作戦会議などを行ったりする場所でもあるのだ。

 宿にも食事処はあるがレパートリーは少ないので、大抵はここで済ますのである。

 今日の朝食は、柔らかいパンに野菜や肉を挟んだサンドイッチとミルクにしよう♪
 私はこの食べ方が気に入っている。
 口の中で一度に色んな味が楽しめるし、パンも美味しいから好きだ。
 これを考えた人は天才だと思う。
 何せあらゆる食材をパンで挟めるのだ。
 可能性は無限に広がっているのだ。
 世界広しといえど、こんなに食の楽しみ方を広げる人は他にいないだろう。
 この料理を考案した人を拝みたいと、心の底から思うほどに。

 私がサンドイッチを両手で持って、真ん中から頬張る至福の時を過ごしていると、ギルドの扉が開いて小さな女の子が入ってくる。
 物怖じせず、間取りと今いる冒険者をチェックするかのように見渡すと、受付嬢のいる方へと歩いていった。

 少女の緑髪はまるで新緑が芽吹いてるみたいで、瞳の色の茶色は大木の幹を連想する力強さを感じた。
 身長は私より頭一個分低い。
 年齢は10歳ぐらいだろうか? 

 商人が着る上等なケープを羽織っているので、どこかの大商人の娘さんなのかもしれない。

「依頼をしたいんすけどお願いするっす。
 これ、依頼書っす」

 少女は受付嬢に依頼書を手渡すと、報酬と依頼内容について説明してゆく。

「食事代宿代は自分持ちで、日当は大銀貨1枚っす。
 ルートはボルガン山地から王都ベルンまでっす」
「約2ヶ月はかかる行程ですね。
 依頼を受けた方が、王都よりビオレールに戻る代金は含みますか?」
「そこはまたその方が、別の護衛任務で戻ればって思うっすけど、どうっすかね?」

 少女は受付嬢に笑顔を向ける。

「さすがに往復4ヶ月で、ボルガン山地方面のルートとなりますと、受けてくれる冒険者がいないと思われます。
 西のソルト港からマミリア港まで船を使って、そこから王都へ向かうのが一般的ですし。
 ……日付も10日程短縮出来ますので、こちらならば受けてくれる冒険者も出てくると思われますが?」
「う~ん。寄りたいのは王都の北の山脈の麓にある生まれ故郷なんすよね。
 船ルートですと余計に時間がかかっちゃうんすよ」

 私は少女が少し気になり始めていたので、会話に耳を傾けることにした。

「あちこちの商隊にも確認したんすが、今は西のルートばかりだとか。
 まさか5年ぶりの故郷のルートが閉ざされていたとは思いもしなかったっすよ」
「魔獣や盗賊が活発化してますからね。
 ……事情はわかりました。依頼内容を受理します。
 希望の護衛者の数と日時を指定して下さい」
「数は1人でも何人でもいいっすよ。
 5日後までに決まらなければ、故郷に帰るのは諦めてソルトへ行くっす。
 自分、今はソフテック商会にお世話になってるので、決まったら連絡くださいっす」

 少女はそう言うと、受付にくるりと背を向け慌ただしく出ていった。
 その時、目が合ったけどプイッとされたような……

「変なガキだなあ。ま、報酬料は良いけど南のルートじゃ受ける物好きいねえだろうな」
「つーか、ボルガン山地の奥の山々の麓ってどこよ。
 あ、まさかザガンに行くんじゃねえだろうな。
 あそこら辺は王都付近の食い詰めもんや、危ねえ連中が行く所だぞ。ガキが1人で行けるような場所じゃねえ」

 冒険者たちは少女を見送りながら、好き勝手なことを言い始めてる。

 ザガンかあ……昔から政局が不安定になると盗賊が横行して、街の外を安心して歩けないって言われている場所だ。

 今がまさに政局不安定の時代。
 あちこちで盗賊や魔獣の出没が報告され、治安も悪化している。
 当然、護衛任務の需要も高まるわけだ。

 う~ん、私も王都へ行くつもりだったから受けたいけど、今は自由に動けないんだよなあ。

 2ヶ月程前、ここビオレールの領主が殺された。
 犯人は未だ不明のままだ。
 魔女の仕業と言われており、魔女の私も容疑者候補になってしまったのだ。

 というか、とある別の魔女の改竄魔法で完全に犯人扱いされもしたんだけど、どうにかこうにかで乗り切って今に至るのだ。

 ただ、アリバイも犯行場所である領主の寝室に行ける手段も皆無だから、一応無罪!
 って感じな訳で、領主代行トール・カークスからは、ビオレール領外に出ることを禁止されてるのだ。
 はあ~、いつになったら解除されることやら。

 そんなことを考えつつ、ミルクを飲み終えて、見落としないかなと掲示板を覗こうとしていたら、ガラの悪そうな男の怒鳴り声が外から響いてきた。

 見ると先程の女の子が、数人の冒険者に取り囲まれている。
 ……な~んか嫌な予感がするなあ。

「ぶつかっておいて、『すまなかったっす』で済むかよ。
 親のところへ連れて行きな。
 ちゃーんと、お詫びの金を頂くからよ」
「その格好、商人か?小さいのに働いてて偉いねえ。
 だったら、こういう時のお詫びの仕方も知ってるだろう?」

 なんか、完全に絡まれてるなあ。
 あ!あいつら、以前ベレニスに倒された奴らだ。
 全く!懲りてないんだから!

 冒険者たちはニヤニヤしながら少女を囲んでいる。
 けれど少女は怯えた様子もなく、平然としていた。

「悪いっすけど、ぶつかった程度で払うお金はないっすね。
 そもそもそっちが道を塞いでたのが原因ですし。
 それとも何すか?悪いことをしたのに、こんな子供からさらに巻き上げようって訳っすか?」

 少女の言葉に冒険者たちはイラッとした表情を見せた。
 ありゃりゃ、煽っちゃったよ~。

「このガキ!いいから親はどこのどいつだ!
 二度とへらず口を叩かねえように注意してやる‼」

 拳を振りかざす冒険者たち。
 見てらんないなあ、もう。

『炎よ!不埒者に浴びせよ』

「「ぎゃあああああああああああ」」

 かる~く魔法を唱えて、少女を囲むガラの悪い連中に悲鳴を出させる。

 殺してないし、ほんのちょっと気絶させた程度だ。
 全く、これに懲りたら誰彼構わず喧嘩吹っ掛けないでよね。

 通行人やギルド内からは拍手があがる。
 少女は私に気づいたのか、目をパチクリさせている。

 私は笑顔で少女に声をかけた。

「大丈夫?怪我はない?」

 って優しく、安心させようと。
 だけど……

「ハァ……」

 なんか、ため息吐かれたんだけど!

「魔女っすか。全く魔女はこれだから。
 いいっすか?この連中だって動く口があったんす。
 この程度の連中の拳ぐらいなら自分避けれるっすし、その間に対話でなんとかできたっすよ。
 正直、余計なお世話っす」

 ほえっ⁉
 予想外の反応に思考が停止する。

「ま、助けてくれたのは事実っすから礼は言うっす。
 ありがとうっす」
「えっと……どういたしまして」
「おや?素直な魔女さんっすね。
 でも力に溺れて対話で解決せず、魔力という暴力で解決するのは良くないっすよ。
 それではいずれ、力に飲み込まれるっすよ」

 ……なんか説教された。
 しかも、私より年下の女の子に。公衆の面前で。
 ……泣きたいかも。

「はい。ごめんなさい」
「ま、わかればいいっす。
 ただ、助けようと行動してくれたのは嬉しいっすので、感謝してるのも本当っす。
 それじゃ、自分はこの辺で失礼するっす」

 と言って少女は立ち去ろうとするが、野次馬の通行人の1人を見て走るのをやめた。

「あっ!その黄土色の皮鎧!アラン傭兵団の人っすよね!
 黒髪黒瞳から察するに、パルケニアの出身っすか⁉」

 って、リョウじゃん!
 なんで野次馬に混じって、私が公開説教されているのをただ眺めて見てたんだ!

 ちょっと思考停止してたでしょ!
 こっちは2ヶ月一緒にいて、リョウは命のやり取り以外、ボケっとしてるの知ってるんだからね!

「あ、ああ。リョウ・アルバースだ。何か用か?」
「リョウ・アルバース!
 ダーランドの麻薬戦争で活躍したっていう傭兵団の1人っすね!
 噂で聞いたことあるっす!
 いやあ、会えて光栄っすよ!」

 リョウが、女の子から尊敬の眼差し向けられてる⁉

「随分と詳しいな。君は一体?」
「申し遅れたっす。自分はフィーリアっていうっす。
 リョウ様、今なにか依頼を受けてるっすか?
 もし何も受けてなければ、自分の話を聞いてほしいっす!」

 興奮気味に話すと、リョウの手を引っ張りギルドへと戻る少女。
 リョウは困惑した様子で私に視線を向けてくる。
 勘が良いのか、わかりやすいのか、フィーリアが気づく。

「ん?2人は恋人っすか?」

 リョウと私の視線だけで何を言い出すんだ!このフィーリアって娘は⁉

「ち、ちがくてパーティーメンバーで……」
「そっすか。なら魔女さんも一緒でいいので話を聞いてほしいっす」

 私は黙って頷くと、リョウは諦めたようにため息をして、フィーリアの後をついてギルドへと入っていったのであった。
 
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