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第1章 復讐の魔女

最終話 未来に向かって

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 数日が経ち、街には日常が戻ってきた。

 ディアナさんは罰金と追放の処分を受け入れ、静かに街を去っていったと聞いた。
 彼女の行き先は誰も知らないが、きっと新しい人生を歩み始めているはずだ。

 ジーニアの行方は依然として不明だった。
 教会の関係者たちも、彼女の素性や目的について何も知らなかったようだ。
 
 しかし、どこかで再び姿を現す可能性は否定できない。
 ノエルを利用して、私の両親を殺した邪教に所属する魔女なのだ。
 邪教を追う私と、いずれ相まみえるだろう。

 ただ、民衆にとって意外だったのが領主代行トール・カークスが、暫くの間の税率の値下げや貧民への援助金捻出政策を発表実行し、更には不正役人を処罰したことだ。

 そこには、私とリョウがカルデ村で倒した盗賊たちと繋がっていたフォーム子爵も含まれていた。

 領主殺しにトール・カークスが関わっていたのではないかと疑いを向ける者もいるそうだが、証拠なんてものはない。

 彼が領主代行の地位に就いたのも、私たちがカルデ村で捕まえた盗賊共が釈放されていた件や、教会の件や女遊びによる数々のハインツ伯爵の蛮行。
 叛乱も目論んでいた証拠も掴んで、王国騎士たちを味方にしたトールの舌鋒が、伯爵領貴族たちを捻じ伏せた結果だと、後日オルタナさんから教えてもらった。

 そんなある朝、私たちがギルドでいつものように食事をしていると、オルタナさんだけを引き連れトールが姿を見せたのだった。

「これはトール様。いかがいたしましたか?」

 ギルマスのバルドさんが恭しく対応する。
 嫌味ではなく敬意の表れで。
 初めましてではない顔見知りのように。

 それを見て何となく察する。
 バルドさんもトールと、裏で繋がっていたんじゃないかと。 

 そしてトールは私たちを見つけると、ゆっくりとこちらに向かってきた。

 ギルド内の冒険者がざわつく。

 そりゃそうだよね。
 ……この人、悪名高いテスタ宰相に仕えていて、その前身も他国パルケニア王国の貴族。
 叛乱を起こしたノイズ・グレゴリオの裏にいたのはこの人だって疑われていたんだし。

 リョウにとってはトールを殺すためにこのビオレールへやってきた動機の人だ。

「何?あっ!もしかして、ビオレール領内から出ちゃいけないってのを取り消しに来たんでしょ?
 それと、活躍した私たちに報酬を与えに来たのね!」

 ベレニスがトールにそう言い放つと、彼はフッと笑った。
 そして……頭を下げたのだ。

 ギルド内の冒険者たちがどよめく。

 私も驚いたし、リョウも目を見開いていた。

「諸君らの活躍によってビオレールの街は救われた。
 報酬に関しては支払うつもりでいる」
「……ありがたいですけど、なんていうか聞いてた人物像と違ってて困惑っていうか……
 領民にとっても税金が安くなってありがたがれてますし」

 私が戸惑いながらもそう言うと、トールは頭を上げて話す。

「なに、ビオレール城にはハインツ伯爵が税で搾り取った金が残っている。
 当面の間は租税の必要がないだけだ。
 ただやれることを裁量してやっていく。
 ただそれだけのこと」

 顔色変えずに淡々と言うけど、本音のようだ。

「ふうん。賄賂を搾り取って宰相ってのに渡すんじゃないの?
 そのためにビオレールへ来たって聞いてたわよ。
 渡す額が少なかったらおっさんヤバいんじゃないの?」

 こらこらベレニス。それは言っちゃだめだよ。

 しかし、トールは表情を崩さず言葉を返した。

「その分はすでに貴族共から搾り取って用意してある。
 そなたが気にすることではない」

 あっ、それはそれ、これはこれなんだ。

「やれることをやっていくって言いましたけど、領主代行としての仕事ぶりは領民目線で評判が良いです。
 何故テスタ宰相の部下なんかを……」

 この人の矛盾点。この際だから聞いちゃうよ。

「答えにくい質問だな。
 拾われたとだけ言っておこう」

 真逆で、民から搾り取ることしか考えてない宰相に拾われた、ねえ……

「そもそも何故パルケニアから逃亡した?
 デリムの叛乱の黒幕だからか⁉」

 リョウの感情昂る質問に、オルタナさんがすっと間に入ろうとするがトールは手で制した。

「デリム公に加担したノイズ将軍と、私が親しかったのは事実だ。面倒を見て引き上げてやったからな」
「ならやはりあんたが叛乱の!」
「いや、私は叛乱の首謀者ではない。
 あくまであの場では傍観者だった。
 だが戦後そのような噂が流れ、陛下にすら疑われたのも事実。
 だから私はパルケニアを去った」
「だが噂は消えない。
 それでベルガー王国テスタ宰相の部下になったのだからな!」

 リョウの追及にギルド内が静まり返る。
 ……でも、トールは顔色一つ変えず言葉を返した。

「アランの傭兵の少年よ。私はノイズを探している。
 デリムの悲劇の一端を担った責を負うために。
 話は以上だ。不敬な言葉遣いは不問に付す。
 では失礼する」

 トールは踵を返し、ギルドを後にする。

 その去った後、冒険者たちは一斉に私たちを見てヒソヒソと話し始めるのだった。

 それから私たちは、バルドさんから呼び出しを受けた。

「オルタナに警護させてたのって、一応暗殺とか恐れてるのかしら?
 傭兵もオルタナがいなかったらどうなってたことやら」
「いや、お前たちの顔馴染みだから、案内役を兼ねての意味合いがあるのだろう」

 ベレニスの疑問にバルドさんが答える。
 領主代行の立場の者が、冒険者ギルドなんていう場所に出入りするのは、普通なら考えられない。
 そんな場所だからこそ、オルタナさんを使って円滑にことを進めようと配慮してくれたのかも。

 トールという人物は冷徹な印象を受けたが、裏で色々考えて行動する人みたいだ。

「一つ聞いて良いですか?
 領主代行トール・カークスは、オルタナさんとバルドさんを裏で雇っていたんじゃないんでしょうか?
 いや、雇っていたというか、ここビオレールの裏の悪事を暴くための仲間ってところですかね」
「でもローゼ、それだとオルタナと戦いになったの変じゃない?」

 ベレニスが小首を捻ってゆく。

「ううん。どっちもディアナさんの改竄魔法の影響で、どうなったのかわからなかったのかも。
 それか、どっちも互いの“上“を知らなかったってことかな?」

 そう語る私に、バルドさんはフッと笑みを零しただけで答えなかった。

 でも否定はしないのは、そう言うことなんだろう。
 バルドさんの口の堅さは、私の王女だったという秘密も、絶対に口にしないだろう安心感すら与えてくれた。

 古い教会に住み着いたロック鳥の討伐依頼が、そもそもおかしかった。
 実績が何もない、私とベレニスを連れて行くように仕向けたバルドさんの対応。
 アラン傭兵団のリョウを信頼してなのだと当初は思ってたが、狙いは贄の魔法陣だったのじゃなかろうか?
 だから魔女とエルフで、この街に遠慮なく動ける私とベレニスに白羽の矢が立ったのかも。
 その後のビオレール教会への迅速な対応は、まるでこうなることを予期していたようだったし。

 何故予期していたか?
 旅人や、街の住人の行方不明者がいたというのもあっただろう。
 だが、普通なら魔獣の仕業だったかで済んでしまう。
 恐らく、何らかの邪教にまつわる根拠を握っていたのではないか?
 どうやって握ったかは色々想像できるけど、オルタナさんがトールの指示で動いていたっぽい事実から、バルドさんもトールから指示を受けていたってのが一番しっくりくる。

「それで話って何でしょうか?」
「今後のお前たちについて通達するように仰せつかってる」

 ゴクリと唾を飲む。

「正式な領主代行が着任するまで早くて三月、その間ビオレール領外へ出ることは禁止。
 冒険者稼業は領内でなら継続していいそうだ」
「破ったら?」
「領主代行の裁量次第だが、罰金とか牢屋に入れられるだろうよ」

 それを受け、ベレニスが挙手する。

「で?結局ハインツって前の領主殺したのって誰か見当ついてるの?」
「全くわからんらしいな。
 元々悪評塗れの御人だ。伯爵家の者は探し続けるだろうが、王国は適当に切り上げるだろう。
 犯人をでっち上げようにもハードルが高すぎる」

 ベレニスが小声で(嘘ね)と、私の耳元に囁いてきた。

 私だけに言ったのは、多分バルドさんは想像してるだけで、確定的に思ってないからなのかも。

 そこで私も、一つの推察が浮かんだ。
 ただ、口にするつもりはない。
 証拠なんてなく、どこにいるのかもわからないのだから。

 バルドさんが私たちに問う。
 ……それでどうする?と。

 依頼を請けても良いし、ここで待機していても構わないと言ってくれたので、私たちはこの街でしばらく冒険者を続けることを選んだのだった。

 未来に向かって力を養い、希望の光を胸に抱き、 確固な意志をもって進んでいくために。
 
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