上 下
20 / 116
第1章 復讐の魔女

第19話 領主の企み

しおりを挟む
 祭壇の奥にある部屋にて、ハインツは不快そうに報告を聞いた。

「アンナが夫のクロードと共に逃亡しただと?
 いつと申した。もう一度言え」
「はっ!
 2日前に商人の護衛を終えて戻ってくるはずが、その商人の馬車と戻らず、金を奪い、どこかへ逃げたと申しておりましたが……」

 ハインツは報告に来た兵士に舌打ちする。

「おかしいですな。
 魔力の流れはビオレールへ戻ってきてるのですが……」

 司祭の老人が小首を傾げる。

「そ、それが、その旅の者の中に魔女がおりまして……
 例のカルデ村の盗賊を退治した魔女だと……
 ロック鳥を討伐した冒険者もその魔女だと……」

 兵士の報告に、ハインツは表情を険しくする。

「よもやロック鳥を倒されるとは想定外ですなあ。
 ですが、あそこはすでに役目を終えた場所。
 ハインツ様、いかがなさいますか?」

 司祭の老人がハインツに尋ねる。

「その魔女を連れて来い。
 アンナの代わりにしてやる」
「そ、それが……今朝方ギルドでアンナが消えたと知り、私ともう1人で代替え品として魔力持ちの占い師とエルフ。
 ……それと例の魔女を連行しようとしたところ、オルタナ・アーノルドに邪魔をされまして……」

「オルタナ?ああ、王国の駐留軍の奴か。
 それで?きちんと始末したであろうな?」
「む、無理でございます。
 あの者に勝てる人材は領内におりませぬ」

「チッ。使えん奴等め!
 ならば、領主の名において命じる。
 即時に拘束し、処刑せよ。
 いくら強かろうが、たかが兵だ。
 逆らうなら、周りにいる人間全て斬り殺すとでも言っておけ」
「お、恐れながら……そ、そういうのが通じないのがオルタナという人物なのです。
 ここは慣例に則り、王国軍に苦情を伝え、円満に王都か他領に異動してもらうがよろしいかと」

 兵の言葉に、ハインツはこめかみに青筋を浮かべながら怒りを露にする。

「オルタナ・アーノルド。
 あのアデル・アーノルドの子供ですな。
 ハインツ様、民からすれば、領主の兵士が無辜の民を強引に連れて行こうとした場面に、偶然通りかかったオルタナが民を助けたと思っておられるでしょう。
 これでオルタナを罰せば、領主の地位すら危うくなる騒乱が起きるかと。
 ここは兵に罪を被ってもらい、処断するが吉」

 司祭の言葉に、報告しに来た兵が仰天し、逃げだすが……

 バタンと開くドア。
 兵がぶつかり尻餅をつく。
 現れたのは青い修道服を身に纏う人物。
 ややタレ目だが、清楚という言葉に似つかわしい慎ましさを持つ少女だ。
 ……いや、だった少女だ。

「往生際が悪いのですねぇ。
 ハインツ様ぁ、この兵が私に危害を加えようとしてましたよぉ。
 これはどうされますかぁ?」

 少女はニコニコと笑いながら報告する。
 その笑顔は無邪気だが、どこか狂気を孕んだ笑みだった。

「好きにせよ」
「はぁい♥好きにしまぁす」
「ひい……助け……」

 その兵は情けない声を上げながら、少女の持つ漆黒の剣に首を刎ねられた。

「もう1人いるようですけどぉ、そっちも私がやりますかぁ?」
「いや、よい。
 領民に知らせ、公開処刑にするのも悪くなかろう」

 ハインツは冷笑を浮かべ、司祭に顔を向ける。

「細工は上々。後は魔力持ちを連れて贄にするだけですな。
 なあに、心配いりません。
 先程エルフが教会を訪問しておりましたが、その隣にいた少女が魔女でしょう。
 あの様子だとまた教会に来ますぞ。
 その時が楽しみですなあ」

 司祭は顔を歪ませながら、これから起きる出来事を想像して涎を垂らすのだった。

「ほう、エルフか。
 耳が長いが、美貌に優れた人種と聞く。
 魔女だけで事足りるなら、飼いたいものだ」
「めちゃくちゃ可愛かったですけどぉ♥、私より小さくて胸もなかったですよぉ?
 領主様ってそっちの趣味ですかぁ♥」
「これジーニア!口を慎め!
 ハインツ様に何たる口を!」

 ジーニアと呼ばれた少女は、その清楚な修道服姿に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべ、司祭の叱責に舌を出した。
 彼女の目には、人を玩具として扱うような冷たい光が宿っていた。

「私は雇われもんだしぃ、あんたらの部下じゃない。
 こんな修道服のコスプレまでされてさぁ」
「ならオルタナを殺せるか?」
「キヒ♥そうねえ、白金貨百枚なら受けても良いわよぉ」

 そう話す少女に、司祭は苦虫を噛んだような表情をし、ハインツは鼻で笑い少女の条件を却下する。

「ざんね~ん。
 ね、領主様がエルフをぉ、司祭様が魔女を貰うんでしょぉ?
 なら私も1人貰っちゃお♥」
「もう1人?ギルドにいたという占い師の魔女か?」
「違う違う、男がいたじゃない。
 魔女とエルフと一緒に教会に来た。
 ……うふっ♥、同じような剣を持ってたし気が合うと思うのよねぇ♥」

 ジーニアの口から出たのは、新しい玩具の名前。
 ハインツは不敵な笑みで少女の願いを聞き届けた。

「ところでハインツ様、トール・カークスは?」
「城で女を抱いている。
 全く、50過ぎているというのに元気なことだ。
 いっそのこと、トールに残った占い師の女とやらを与え、宰相への手土産にさせるか」

 そう話すハインツの顔には、下劣な笑みが張り付いている。

(もうすぐだ。儀式を終えたら万全を期して挙兵しよう。ロック鳥以上の魔獣を大勢従えて、新たなる王国を築くのだ。フフフ、アーッハッハッハ)

 作業を確認して教会を後にするハインツ。

 ジーニアも部屋を去り、別室で待機していた兵が驚きつつ、始末された同僚の兵の死体を処理する。

 そして司祭は1人、神に祈りを捧げていた……
 そんな司祭の背後に三つの足音。

 そう……私たちだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています

ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら 目の前に神様がいて、 剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに! 魔法のチート能力をもらったものの、 いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、 魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ! そんなピンチを救ってくれたのは イケメン冒険者3人組。 その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに! 日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

処理中です...