上 下
10 / 34

第9話 大魔導師アンゼリカ

しおりを挟む
 魔獣の森での騒動を解決した私は、川で子猫の唾液を洗い流し、つつがなく林間学校のキャンプ地へと戻ったのであった。

 カリーナもソフィアもすぴーすぴーと寝ているテントに入って私も眠る。
 
 その就寝後。

 ***

 おお!懐かしの何もない真っ白い空間!
 岩下真帆だった私が、死んだ直後に存在した場所だ!

 と、いうことは……

「お久しぶりです。魔王様」

 おお!16年ぶりに見るアンゼリカちゃんだ!

 真っ黒いドレスに長い銀髪。
 小学校5年生ぐらいの、こんな妹がいたら毎日お触りしていたいよ~、って思える超絶美少女!

「うわああああん。
 会いたかったよお、アンゼリカちゃん!」

 ヒシっと抱きつく私。

「もう、魔王様ったら。
 どちらかというと、魔王様に覚醒したあなた様に、私が抱きつきたいのですが……」
「え~?別にいいよ~。今も抱きついてきても」

 前前世は覚えてないけど、前世と今世は明確に記憶ある私なのだ。
 それを繋げてくれてるのがアンゼリカちゃんなんだから、遠慮しなくていいのに。

「コホン。魔王様、いつ気づかれるかわかりませんので手短に伝えます。
 魔王様と岩下真帆を殺した勇者は、あなた様の近くにいます」

 私から離れ、真面目な顔つきになってアンゼリカちゃんは告げてくる。

「おや?驚かれないのですね」
「うん……私が林間学校で近くに行くタイミングで、魔獣の森を混乱させようとした。
 そんな偶然、滅多にないと思うし」

 謎の人物からの、生き残った一匹だけに食糧100年分プレゼント企画。
 あの森の魔獣たちは賢い。
 それなのに心揺らいで、おかしな空気を森に蔓延させたのは、謎の人物が人智を超えた何かな証拠なのだ。

 それが、私が近くにいるのを知ってて実行した。

 勇者からの宣戦布告と考えるのが妥当だろう。

「リーシャ・リンベルの16年間を見てました。
 あなた様が、前世の記憶を思いだしたのは1年前。
 ……お詫びします。記憶を封じていたのは私です。
 理由は……」
「ああ~、何となくわかるかな?
 赤ん坊から、岩下真帆の記憶を持ってたら、私は怯えて過ごしてたと思うし。
 おかげで随分自由気ままに、伸び伸びと幼少期過ごしたし。
 前世で戦闘力ゼロだった私が、今はかなり戦えるようになったのはアンゼリカちゃんのおかげだから、むしろ感謝かな?」

「そう言っていただき、感謝します。
 ……あなた様の今の能力は、前前世の魔王様に近づきつつあります。
 どうです?魔王様時代は思いだしましたか?」
「ごめん、それはまったく」

 魔王時代の夢である、ファーストキスした相手と大恋愛して生涯を共にする。
 それが叶うまで魔王の記憶を封じて、転生したらしいけど……
 正直、ピンと来ないんだよねえ。
 世界の9割支配してたって。
 ……それなのに、ファーストキスすらまだだったってのが。
 そこまで支配してもモテなかったのかい、前前世の私。

「話を戻すけど、アンゼリカちゃんは、勇者の転生体が誰だか特定できる?」
「……すいません。試してはいるのですが、あなた様の近くにいる人間全員に靄をかけられてしまいまして。
 平たく言いますと、林間学校であなた様のグループが寝ているテントが対象です」

「……それって女子も含む?」
「はい。含まれます」

 マジかあ。
 ソフィアは怪しいけど、カリーナも疑わなくっちゃならないのかあ。

 まあ、ずっと女子寮で一緒にいて私を襲おうとしてこないし、カリーナは違うと思うけど。

 男子はイワン、ボリス、フェリクス、ユリウスの4人が私を好きだと公言してきた。
 ソフィア含む、その5人が今のところ私に告白した面々だ。
 あと林間学校の面子は、銀髪のニコライがいる。
 ただ、彼は私に興味なく振る舞ってるから現状は容疑者から外れるかな?

「ねえ、アンゼリカちゃん?
 私を好きだと言ってきた人たち、全員ガチだと思う?」
「と、申しますと?」
「いや、だってさ、私って前世モテなかったし!
 前世を思い出す前のリーシャ・リンベルもモテてなかったし!
 なのにこの数ヶ月で、4人のイケメンと、1人の超絶美少女から告白されたんだよ!
 こんなの絶対、裏があるよ~。
 もしかして、全員勇者の転生体ってオチが待ってたりして~」

 誰を選んでも、ファーストキス後に豹変するバッドエンド要因だとしたらガチで凹むぞ。
 大体、みんなが私に惚れたって告げるシーンも唐突だったし~。
 
 そう私が言うと、アンゼリカちゃんは小首を傾げた。

「勇者の転生体は1つですので御安心を。
 他の人たちは、リーシャ・リンベルである魔王様にベタ惚れなのは間違いありません」

 私を狙う勇者の転生体は1人しかいない……か。

 だとすれば、私に告白してきたイワンやボリス、フェリクスにユリウス、それにソフィアの中で、犯人の勇者以外は私にベタ惚れねえ。
 それもなんかピンとこないんだよな~。

「……グスン。
 アンゼリカちゃんはホントいい子だねえ。
 ねえ、これって寝てる私の夢にアンゼリカちゃんが魔法で呼んだって感じなんだよね」

「はい、合ってます」
「じゃあ、さ。
 ここからアンゼリカちゃんを、私が転生した世界に呼ぶことは可能なのかな?」

 アンゼリカちゃんが、いつも側にいてくれたら心強いし。
 しかも可愛くて抱き心地最高だから、メンタル回復にも必須な存在なのだ。

 ……それに、ずっとこんな真っ白い空間に1人でいるのは可哀想だ。
 私と一緒に外の世界を自由気ままに過ごしてもらいたいのだ。

「……この場所は、私が魔王様に託された場所なのです。
 あらゆる天地創造の神々をも騙すために産み出した、魔王様が転生をするための装置なのです。
 離れるわけにはいけません」

 私が託した?
 転生するために?
 しかも天地創造の神々をも騙すって……

「それ、取り消しで」
「魔王様の記憶が戻っての命令なら受け入れますが、今のあなた様では命令を聞く謂れはありません」

 淡々と、無機質に、アンゼリカちゃんは答えた。

 アンゼリカちゃんの冷酷な物言いに、私は心を痛めた。
 彼女が私に寄せる感情は、奉仕と義務のようなものなのだと感じてしまったからだ。

 それでも、彼女を私のそばに置きたいという願望は変わらない。

「そろそろ、時間ですね。
 お気をつけてくださいませ。
 魔王様……いえ、今はリーシャ・リンベル様とお呼びしましょう」

 岩下真帆からリーシャ・リンベルになる前と同じような光が、私を包む。

「アンゼリカちゃん、また、会えるよね?
 毎日夢の中に出てきてよ~」

 そんな私の言葉に、彼女はクスッと笑ってこう答えるのであった。

「魔王様となられたら、叶いますよ。 
 頑張ってください。 
 そして、かつてのお約束を思い出してください」

 私は困惑してしまう。
 
「約束?どんな約束?」
「魔王様が全てを思い出された時、きっと理解されるでしょう。 
 あなた様の目的と、私たちの使命を、天地創造の神々を屠ることを」

 淡々と、冷酷に、アンゼリカちゃんは答えた。

 く~。まだいっぱい聞きたいことあるのに~。

 空間が歪んでいく。
 この場所から、私が消えていく。

『天地創造の神々を屠ること』とはいったい何を意味しているのだろうか。
 アンゼリカちゃんが私に寄せる想いは、そのような壮大な目的のためなのだろうか。
 彼女が語る『約束』とはいったい何なのか、気がかりになって仕方がないぞ。

 直後、私は目を覚ましたのであった。

 ***

『大魔導師アンゼリカ

 年齢 ?歳 
 容姿 銀髪ストレートヘア 十代前半 美少女
 身分 魔王の側近中の側近
 能力 全ての物質を魔法に変換できる
 性格 真面目 忠誠無私
 人生 魔王様に出会うまでは暗黒だった
 目的 天地創造の神々を屠ること(本当かは不明)』
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...