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 さて、ボーマット辺境伯の様子を見るに、時間はまだありそうだ。焦っている感じは無かったし、行動を起こすには場所が場所だ。今から動き出しても1か月半以上掛かる。僕らが準備をする暇はあるって事だ。

 問題は他の長老がどう動いているかだな。爆裂魔法を使う長老はあれから姿を現していない。もしかしたら国王陛下と一緒に死んだ可能性もある。まあ、希望的観測だけどね。

 救済の箱舟がこれから何をしようとしているのか、それは元公爵の密偵に調べて貰おう。当分は安全だと思うが、長老が1枚岩だとは限らない。何かあった時の為に僕らは備えて置こう。

 それにボーマット辺境伯の能力が解るまでは迂闊に手を出すのは危険だ。ここはじっくりと敵の動きに注視して、敵の戦力を把握するのが得策だ。

 また、時間があるならビアンカを鍛えたい。だいぶ色々な事を覚えて来たが、まだクラ―ネルの様に一人で指揮を任せられる所までは行っていない。救済の箱舟との決戦までにはビアンカを一人前にして置かないと僕が自由に動けない。

 そう言えばビアンカをクラ―ネルの第二夫人にすると言う話はマリーカ嬢からOKが出たそうだ。まだ正式に決まった訳では無いが、現在マリーカ嬢がその方向で動いているらしい。

 男爵の次女が伯爵夫人だ。長女はさぞ悔しがっている事だろう。こう言うのも玉の輿と言うのだろうか?

「なぁ、クラ―ネルとの結婚の件は家の者には伝えたのか?」

「はい、まだ本決まりでは無いけれど、ほぼ確実にそうなるだろうと言う事は伝えて置きました。」

「皆、驚いていただろう?」

「そうですね。男爵家の次女が伯爵家に嫁入りなんて、第二夫人でも滅多に無い事ですからね。更に言えば、父などは公爵様の側近をしている事も未だに信じられないみたいですよ。」

「毎月それなりの仕送りをしてるんだろう?」

「ええ、金貨20枚を家に入れています。」

 ビアンカの給料は金貨30枚だ。その大部分を家に入れているらしい。まあ、それでも貯金が出来る位は残るだろう。

「それでも信じないとはある意味凄いな。今度挨拶に行こうか?」

「止めて下さい。恐らく父は心臓が止まって死んでしまいます。」

 えーと、それは笑う所かな?

「まあ、僕が行くかどうかは別にして、クラ―ネルは国王派だ。出来れば君の実家には公爵派になって貰いたいのだが、説得できるか?」

「それは大丈夫です。公爵様の側近と言うのは信じて無くても、公爵家で働いているのは信じて居る様ですから。」

 ん?まさか使用人に手を出して口止め料を払っていると思われて無いだろうな?

「ところでだ、頭の中でシミュレートして欲しいのだが、王都軍1万人でトゥーファル軍が45万人。戦場を王都と仮定して、勝つ方法を考えてみてくれないか?」

「難しい問題ですね。まず、数を対等以上に揃えられなかった時点で戦争を行うべきではありません。しかし、攻め込まれたのであれば、籠城戦が最も効率の良い作戦と言えるでしょう。ですが、数の差が圧倒的過ぎて、果たして籠城戦が成立するかどうか難しい所です。」

「ふむ、分析は正しいが、それでも勝つ方法を考えろと言われたら、どうする?」

「無理ですね。籠城戦は勝つ為の戦略ではありません。負けない為の作戦です。前提が勝つ事なら、この勝負には参加しないのが得策です。」

 まあ、そうなるよな。僕やクラ―ネルの戦力を数えないのであれば、正しい選択だ。だが、王都軍には僕とクラ―ネルが居て、トゥーファル軍には長老が居る。これは数字には見えない戦力だ。この不確定要素を何処まで正確に分析出来るかによって、実際の勝負は決まる。

 純粋な戦闘力として数えるなら竜王の爺さんとルシルを参加させれば、この大陸位一瞬で吹き飛ばせるだけの戦力になる。

 しかし、相手は救済の箱舟だ。まず間違いなく姿を現さずにこちらの戦力を削ぎに来るだろう。見えない相手と戦うのは難しい。高度な頭脳戦が要求される。

 今のビアンカに老獪な長老の相手はまず無理だ。そちらは僕が受け持つ事になるだろう。僕が長老を抑えて居る間に、ビアンカには王都市民を守る戦いを指揮して貰う事になる。

 後はクラ―ネルをどう使うかによって戦況は大きく変わって来るだろう。クラ―ネルを僕の指揮下に置くか、それとも自由に戦わせるか、この判断は重要だ。

 まあ、今の所トゥーファル軍が動く気配は無い。もしかすると、総力戦にはならない可能性もある。

 残る長老は3人だが、その内の1人は既に死んでいる可能性もある。まだ、未確認の最後の1人の長老の行方も気になる。そして、その能力も。

 ボーマット辺境伯の能力についても未だ解って居ない状況だ。そう言えば、ボーマット辺境伯は僕の事についてどの位知っているのだろうか?

 こちらは向こうの事を殆ど知らないが、向こうはどうなんだろう?少なくとも竜王の爺さんとルシルの事は知らないだろう。だが、僕とクラ―ネルは派手にやり合ったのである程度の情報は行っているはずだ。

 ボーマット辺境伯との会談でゼルマキア公爵を名乗らなかったのは正解だったかもしれない。

 また、ビアンカを連れて行ったのも良かったかもしれない。クラ―ネルを連れて行って居たら、その相貌から正体がバレていた可能性が高い。

 どうにかして辺境伯の能力を知りたいが、これ以上顔を合わせるのは良くない気がする。下手に藪を突いて蛇が出ても困る。

 元公爵の密偵に任せて、僕はビアンカの成長を優先させるべきだろう。

 あ、でも、北東の町が何処まで救済の箱舟の支配下にあるのかは調べて置いた方が良いかもしれない。最悪、60万人以上が救済の箱舟の支配にあるかもしれない。

 逆に実は辺境伯の騎士団だけが戦力と言う事もありえる。これってかなり厄介なんじゃないの?

 ん?長老の最後の1人って何処に居るんだろう?地方に居るとなると、これまた面倒だぞ。南部に居るとしたら、王国全土を救済の箱舟に支配されている事にもなり兼ねない。

 不味いな思考がどんどん悪い方に向かって居る。こう言う時は気分転換に何か美味しい物でも食べよう。

 ストレージを探ると、ショートケーキが入って居たので、紅茶とセットでテーブルに2つずつ出す。

「頭を使う時は甘い物を取った方が良いぞ。砂糖は脳の栄養になるからね。」

 この世界にはイチゴが無いのでベリーっぽい木の実で代用している。

「何ですかこれ?物凄く美味しいんですけど?」

 ビアンカがケーキに驚いていた。あれ?食べさせた事無かったか?

「ケーキの一種だ。」

「これがケーキですか?ケーキってパンに砂糖が大量に混ぜ込まれた物じゃないんですか?貴族学院に在籍中お茶会で食べて口の中がじゃりじゃりになった記憶があります。」

「ああ、ケーキと言う単語には焼き菓子と言う意味もあるから、ビアンカが食べたのもケーキで間違いは無いと思う。これはケーキの中でもショートケーキと呼ばれる物だ。生クリームを使っているので生ケーキとも言う場合があるな。」

「公爵様位になると下級貴族とは食べる物も違うんですね。」

「いやいや。うちは僕が料理に煩いから特別だと思うぞ。って言うか下級貴族の食事ってどんなんだ?」

 そう言えば、僕が下級貴族だった時は冒険者と同じ物を食べていた気がするが、下級貴族の食事と言う物があるのだろうか?

「特別変わった料理を食べる訳ではありませんよ。基本的には町の食堂で出る料理と変わりません。変わるとしたら午後のお茶の時間に軽くお菓子を摘まむ事位ですね。一般市民はお菓子を食べる習慣はありませんから。」

 そう言えば、セリーと婚約した後に、お菓子を買いに行った事があったな。あまりにも砂糖を大量に使い過ぎて無茶苦茶甘いお菓子を紅茶で誤魔化しながら食べた記憶がある。

「僕は平民出身の冒険者だから、貴族の習慣と言うか食事に慣れなくてね。うちの食事は変わってると良く言われるよ。」

「公爵家の食事は美味しいですよ。それに、その年で平民から公爵になるなんて普通ではありえません。」

「んー、そうだろうな。まあ、運が良かったんじゃ無いかな?」

「運で平民が貴族になれるわけ無いですよ?」
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