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 朝の稽古にフローネルが参加する事になった。産後の経過も問題無く、子供も順調に育っている。

 今まではクラ―ネルに時間を合わせていたのだが、僕が治療院を始めた事を切欠に時間を元の7時9時に戻した。竜王の爺さんもフェニックスの旅立ちを見届けて帰って来ている。

 フローネルも僕がそれなりに鍛えたが、あれからかなり時間が経っているし、稽古では魔法はあまり意味をなさないので、最初は付いて来るのに精一杯だろう。

 まあ、ここで竜王の爺さんに鍛えられるのは、純粋な強さを得るには良い環境だと思う。ここでは純粋な強さが求められる。突き詰めれば、剣技や魔法が無くても強くなれると言う事を理解するだけでも意味がある。

 実際の戦闘で、剣や魔法が使えなくなる場面と言うのは意外に多い。その時に他の戦闘手段が無いのは命取りだ。また、純粋な強さを身に着けた状態で使う剣技や魔法は一味違う。

 そう言えばクラ―ネルが気になる情報を持って来た。元公爵が表舞台に戻って来た事により、救済の箱舟は一旦は地下深くに潜っていた。だが、ここの所、また救済の箱舟の仕業と思われる事件がポツポツと出て来たらしい。

 相変わらず姿は見えないが、確実に王都に影響を与えている様だ。僕の治療院に関わって来る様なら、僕も黙っては居ないつもりだ。まあ、それまでは元公爵に任せるけどね。

 そう言えば、僕の後ろ盾になったパドナーン伯爵がかなり貴族界に影響を持つようになって来た様だ。無派閥の貴族を取り込み、このまま行けば次期侯爵もありうる程の勢力を持ちつつあるそうだ。

 病気と言う人の弱みに付け込んだ戦略だが、それだけにその効果は大きい様だ。

 クラ―ネルの所にも病人は居ないかと言う話が来たらしい。僕としては3侯爵の力を削いでくれるのなら歓迎だ。もし、パドナーン伯爵が暴走したら潰すだけだしね。

 さて、新体制になった治療院は順調だ。来週にもケルビンの西治療院が開業する予定だし、マリオンの東治療院も新人を雇って、鍛えてる最中だそうだ。

 独立したのに2人とも勉強会にはキッチリとやって来る。上昇志向があるのは良い事だと思う。

 また、2人が独立した事により他の4人もやる気が出た様だ。これは思っても居なかったので嬉しい誤算だ。

 どうやらマリオンが東治療院の収入を全部貰えると言う条件が彼らに火を着けたらしい。諸経費を払っても、1つの治療院で月に白金貨十枚程度の儲けが出るからね。

 月に白金貨10枚の収入と言うのは、大商会や儲けている貴族並の収入だ。まあ、治療院は基本魔法を使うだけなので経費が少ない。人件費位しか必要無いので利益率が高いのだ。

 おそらく、ケルビンの商会もその辺の試算が出来たのだろう。これから、それに気づく商会も増えて来る。そうなると治療院ラッシュになって若干収入は減るかもしれないが、腕の良いマリオンなら大きな打撃は無いだろう。

 現代日本でも一緒だが、病院は信用と口コミが大事だ。腕が良いと言う評判は武器になる。僕の弟子達はこれから出て来る他の治療師より腕が良いのは間違いないだろう。

 さて、治療院をやっていると、時には感染症の患者が来る事がある。現代日本なら感染症は隔離が必須だ、だが、この世界にはクリーンと言う魔法があり、生活魔法なので、ほぼ全員が使える。なので、余程不衛生な生活をしてない限り、感染症が爆発的に広がる事は無い。

 僕が貧民街に最初に来た時に街全体にクリーンを掛けたり、患者達に衛生の概念を植え付けたのもこれが理由だ。

 だが、感染症が完全に無くなる事は無い、それは感染症の原因が魔物にあるからだ、特に不衛生なゴブリンは感染症の温床と言っても良いだろう。魔物から冒険者に伝染り、冒険者から一般市民に伝染ると言うのがルートになる。

 また、当然だが、この世界の住民も風邪を引く。当然だが風邪も感染症の一種なので人に伝染る。まあ、風邪程度ならヒールで体力を付ければ簡単に治せるし、普段からクリーンで清潔にしていれば伝染る事も滅多に無い。

 ちなみに、インフルエンザに相当する病気は今の所無い様だ。それ故に人々は感染症にあまり危機感が無い。実際、人が死ぬような感染症は滅多に出ないので、当然かもしれない。

 もし、感染症で人が死んだとしても、それは病気で亡くなったとしか認識されない。そもそも細菌や感染の概念が無いのだ。

 僕は、弟子たちにウイルスの概念や病気が人に伝染る事があると言う事をキッチリと教え込んである。なので、僕の弟子達は感染症に対応出来るが、果たして、これから出来る治療院では対応が出来るのだろうか?

 もし、必要なら、治療院を運営する為の知識をまとめた本を作って各治療院に配っても良いと考えている。まあ、読むか読まないかは自由だが、こう言った知識は秘匿しても良い事は無い。

 まあ、まだ治療院はこれから増える予定なので、急ぐ必要は無いが、準備だけはして置こうと言った感じだ。

 噂では治療院になるのでは無いかと言う物件が幾つか準備中らしい。本当かどうかは判らないが、治療師はどうやって調達するのだろう?

 治療師を養成する専門学校でも出来れば、僕も多少は協力するが、僕はこれ以上弟子を増やす予定は無い。もし要請があれば弟子を派遣する事になるだろう。

 専門学校が出来ないのであれば、僕が作って弟子に任せると言う選択肢もあるが、出来れば何処かの貴族に運営して貰いたい。僕の希望は医学の拡散であり、医学界を牛耳りたい訳では無い、むしろ距離を置きたい。僕の魔法がバレるのはあまり好ましくないからだ。

 現在僕が治療師をやっているのは、僕にしか出来ないからだ。もし、代わりの人物が現れれば喜んで引退するつもりだ。

 そろそろ弟子に教える事も少なくなって来た。後は弟子たちが自分で試行錯誤して研鑽するしか無くなるだろう。正直マリオン位のレベルがもう一人居れば、僕は必要が無くなるかもしれない。

 そもそも、不治の病を治すのは本来なら反則だ。あくまでも治療院を有名にする為にやっているだけで、辞めても文句を言われる筋合いは無い。

 パドナーン伯爵も十分恩恵を受けたはずだ。ここで僕が手を引いても今の地位が揺らぐ事は無いだろう。

 まあ、治療師を引退しても治療院自体から手を引く訳では無い。折角有名になったのだから利用はさせて貰う。治療院の名前を利用して、本を出版しようと考えている。医学の普及に役立てたい。

 知識を広める事は死亡率の低下に役立つはずだ。ただ、僕が持ってる知識全部を出す訳には行かない。どう考えてもこの世界の文明レベルに合わない知識は逆に不安を煽るだけだ。何を出して何を出さないかを考える必要がある。

 おそらく帝国の医学知識に少しプラスアルファすれば十分な医学書が完成するだろう。まずは、それを出版して様子を見るのが良さそうだ。医学書は以前にも出版した事がある。だが、その時は全くと言って良い程売れなかった。

 今回は治療院の名前で宣伝出来る。それなりの数は売れるだろう。だが、研究者だけが知識を得ても仕方がない。一般市民向けの解り易い知識本も必要になるだろう。

 王都の医療現場がそれなりの成果を上げれば、地方からも患者が来たり、真似をする商会も出るかもしれない。結果、王国全土に医学知識が広まれば良いのだが、どれだけの時間が掛かるのか、現段階では何とも言えない。

 焦る事では無い、時間を掛けて改革して行こう。

 あ、でも、そう考えると王都に治療師の専門学校を作って地方からも学生を集めるのは意味がある事かもしれない。だが、なるべくならそう言う事には関わりたくないと言うのが正直なところだ。

 なんでも僕がやっていてはいけない気がする。僕が切欠を与えて、後は自然発生的に物事が動くのが好ましい。神としても貴族としても、自分が動くのでは無く人を動かすのが正しい様な気がするのだ。

 僕は何時地上から消えてもおかしくない者だ、地上に住み続ける者に自覚して貰いたい。あれ?僕って思考が神っぽくなってない?
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