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 いきなり訪ねて来て、娘を助けると言うのも普通ならなかなか信じられないだろう。そう言えば肝心のお姉さんが居ない。何処かに隠しているのかもしれない。

「まあ、急な話で戸惑いもあるでしょう。次にその貴族が来るのは何時ですか?」

「多分、明日か明後日には来ると思います。なので縋れる物なら藁にも縋りたい心境です。」

「随分と切羽詰まっていますね。娘さんは何処かへ隠したのですか?」

「いえ、そう言った場所の心当たりもありませんので、家に居ます。」

 お父さんが、おいと声を掛けると、ゆっくりと奥から出て来る。

 確かに美人だ。綺麗な格好をさせれば貴族と言っても良い位農家の娘っぽくない。普通農家を手伝って居ればもう少し筋肉が付いたり、色が浅黒くなったりするものだ。

 金髪碧眼と言うのも高貴な血を引いているのかと勘違いされそうだ。そう言えばリアンも良く見ると綺麗な顔立ちをしている。現在13歳だそうだが、あと2~3年すれば美人になりそうだ。

「明日来るとして何時頃来るか解りますか?」

「何時も来るのは午前11時頃ですね。丁度私らが休みを取るのがその位の時間なので、家に居るのを見越しているのでしょう。」

「ちなみにお金を払ったら大人しく帰ると思いますか?」

「おそらくですが、お金を払っても難癖を付けて、更に借金の金額が上がって結局は娘を連れて行かれると思います。」

「ふむ、用心棒とか連れて来るんですか?」

「基本何時も5~6人でやってきます。貴族様本人は滅多に来ません。」

 まあ、明日は娘を連れて行くわけだから本人が来る可能性は高いと見て間違いないな。

「解りました。では明日の午前10時前には来ますので、後は僕に任せて下さい。」

「本当に大丈夫なんでしょうか?」

「心配なら家に来ますか?夜逃げする訳にも行かないでしょう?」

「そうですね。逃げても何処までも追って来るような奴らです。覚悟を決めて明日に備えます。」

「じゃあ、僕は少し準備があるので、これで失礼します。明日10時に来ますので、それより前に奴らが来たら時間稼ぎをして置いて下さい。」

 そう言ってリアンの家を辞し冒険者ギルドへ飛ぶ。ギルマスに会いたいと受付に告げる。5分程でギルマスの部屋に呼ばれる。相変わらずフットワークの軽いおっさんだ。

「今日はどうした?」

「ちょっと知りたい情報がありまして。ベルト男爵って知ってますか?」

「ああ、悪い意味で有名人だな。トラブルか?」

「トラブルと言えばトラブルですね。どう言う人物ですか?」

「まあ端的に言えば、下には威張り散らし、上にはペコペコする典型的な俗物だな。」

「何処の派閥か解りますか?」

「確か、リッツバーグ侯爵の派閥だったと思う。侯爵の失脚後は何処の派閥にも属していないはずだ。」

 リッツバーグ侯爵って確か、セリーを誘拐した黒幕だったよな。

「実は借金の形に女性を取ろうとしているのですが、これは人身売買には当たらないのですか?」

「難しい所だな。相手が庶民だと衛兵もなかなか動こうとはしない、衛兵も平民だからな。貴族と平民と言うのはそれだけの差があるって事だ、たとえ男爵風情でもな。」

「そうですか。ちなみにベルト男爵の弱みとか知りませんか?」

「さっきも言ったが俗物だ。自分が権力を笠に着てる分、権力に弱い。お前さんが潰してくれると俺も助かるぞ。」

 なるほど、ギルマスも男爵だからベルト男爵に手が出しづらいって事か。

「僕が証人になれば人身売買で裁けますかね?」

「侯爵が証人なら無実の人間も有罪になるさ。」

 いやいや、冤罪は駄目でしょう。

「情報ありがとうございます。助かりました。」

「ベルト男爵も厄介な相手を敵に回したと後悔するだろうな。まあ、自業自得とも言うがな。」

 ギルマスが悪い顔をしている。見ない振りをして部屋を出た。

 そのままその日は家に帰った。話を聞く限り援軍は要らないだろう。

 ギルマスの話からすると処分してしまった方が良い相手の様だ。容赦は要らないだろう。相手の出方にもよるが歯向かうなら叩き潰す。

 翌朝、稽古を終えて、少し休憩を取る。ルシルは厨房で食事を貰っている。僕は食べる気力も無いので紅茶を貰う。現在9時過ぎだ。10時まではまだ時間があるが特にする事が無い。

 あ、良い機会だから西の畑の状況を見てみようかな?

 リアンの家の近くに転移する。そこから南下しつつ畑の状況を見て行く。どうやら東と同じで中央から離れるにしたがって畑が痩せている様だ。この辺りにも肥料と水が必要だ。

 普段、王都の北で暮らしているから解らなかったが、こうやって南側を見てみると、かなり貧しい家が多い様だ。特に外周部が酷い。これは王都の南側に川が流れて居ない事が原因の様だ。川があれば氾濫の危険もあるが、肥沃な土を運んできてくれると言う恩恵もある。

 また、川が無い為水不足も深刻だ。こうして南側だけを見ると、プレイ―ス等より余程、こちらの方が貧しい。同じ王都なのに南北の格差が大きすぎる。しかし、これは一概に国王の政策が悪いとも言い切れない。王都の南側に住んでいる者の多くは勝手に開拓して住民になった者だ。言い換えれば自ら進んで貧しい生活を選択した事になる。もっと豊かな土地に移住する自由もあるのに王都に拘っているのはそれだけの恩恵が王都にはあると言う事なのだろう。

 粗方見て回った僕はリアンの家へと向かう。そろそろ良い時間だろう。

 僕は昨日と同じく貴族の格好をしている。これは相手が権威に弱いと聞いたからだ。

 リアンの家に入ると5人が固まって何か話し合っていた。多分、僕が助けられなかった場合の事だろう。

「まだ来てないようですね。」

「はい、まだ10時前ですので普段なら畑で働いている最中です。」

「ちなみに王都以外の場所で暮らす事は考えられませんか?」

「そうですね。この土地は自分たちで切り開いた土地ですので愛着があります。また、王都は非常に便利ですので、ここを離れると言うのは考えた事はありませんね。」

「そうですか。じゃあ、最近、東の方で流行っている肥料と言うのを取り入れる気はありませんか?」

「貴方様もご存じなのですね。私どもも興味はあるのですが、いかんせん距離があります。一度見には行ったのですが、あれを運ぶ労働力は我が家にはありませんね。」

「興味はあるんですよね?でしたら近くにあれば導入する意志はあると?」

「はい、なんでも肥料を導入した畑はことごとく収入が上がっていると聞いています。正直、東の農家が羨ましいですよ。」

「周辺の農家の方々も同じような意見ですか?」

「そうですね。そう言う噂は流れるのが早いですから、皆1度は見に行っているみたいですよ。」

 うーん、僕が適当に始めた事がここまで大きな事になっているとは思わなかったな。って言うか、もっと自然に広まって行く物だと思って居たが、どうもそうは行かない様だ、ここまで関わった以上はこの家から、西側にも肥料を広めて行くかな?

 ふとリアンを見るとつまらなそうな顔をしている。ああ、確かに大人の話は子供には退屈だよな。ストレージからクレープを取り出し、皆に配る。ついでに甘いミルクティーも出してみる。

「まだ、時間がある様なので、おやつにしましょう。」

 皆、初めて見るお菓子に興味はあるのだが食べ方が解らない様だ。

「そのまま噛り付いて下さい。特に作法とかありませんのでお気軽に。」

 そう言うとリアンとその弟が我慢できないと言う感じで噛り付く。

「甘い!」

「美味しい!」

 その声に安心したのか他の面々も食べ始める。僕はミルクティーを啜りながらその様子を微笑ましく眺めていた。

 朝食の時に見習い君に頼んで置いた甲斐があったと言うもんだ。

 結局ベルト男爵が来たのは、今日は来ないんじゃないかと思い出した11時半頃だった。女性だけじゃ無くて時間にもルーズらしい。

 相手は総勢7人だ。どうやら子飼いの冒険者らしき手下を連れている。ギルマスが毛嫌いする訳だ。

 ベルト男爵はどこぞの王族かと思う様な派手な格好をしている。年は30前後だろう。しかし、無派閥の割に羽振りが良さそうだ、叩けば埃が沢山出そうだな。

「今日こそはお嬢さんを連れて行きますよ。どこぞの貴族のボンボンを味方にした様だが、そう甘くは行きません。」

「借金なら払うぞ。」

「金で済むのは昨日までです。既に期限は切れています。お嬢さんを頂くのは決定事項なのです。」

「ほう?証文でもあるのか?」

「君は口の利き方がなって無い様だね。幾ら上級貴族の息子でも、爵位を持っている私の方が立場は上なのだよ。」

「それは残念だったな。僕は貴族の息子では無いぞ。」

「平民が私に楯突くのか?」

「誰が平民だと言った?僕も爵位を持っていると言う事だよ。」

「ほう?貧乏貴族が金で雇われたか?」

「お前、馬鹿だろう?金で雇われた者が借金を払えるわけ無いだろうが。」

「馬鹿だと?お前ら、痛い目に合わせてやれ!」

 馬鹿が子分に命じている。それって自分が弱いって認めているのと同じだぞ。

 家の中で暴れる訳には行かないのでゆっくりと外へ出る。

 6人の男たちに囲まれる。手加減が面倒なので一瞬だけ殺気を放つ。それで終わった。6人は失神している。馬鹿は状況が飲み込めていない様だ。

「な、何をした?」

「何も。」

「私はベルト男爵だぞ。解っててやってるんだろうな?」

「あー、自己紹介がまだだったな。ゼルマキア侯爵だ。」

「な、お前の様な餓鬼が侯爵だと?」

「人身売買の現行犯で捕縛する。大人しく捕まった方が痛い目に合わないのでお勧めだ。」

「黙れ!誰が捕まるか!!」

 逃げようとしたのでバインドを掛ける。スタンは最悪死ぬ可能性があるのでパラライズを掛ける。

 リアンの父親に衛兵を何人か連れて来る様に頼んだ。僕のサインと紋章が入った手紙を持たせる。これは事前に用意して置いた物だ。

 さあ、衛兵が来るまでどうしよう?
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