45 / 49
エルト王国編
Report45. 羽倉の流儀
しおりを挟む
カタカタカタカタカタカタカタカタ……
日比谷の研究室からは、絶えずキーボードの打鍵音が鳴り響く。
当の日比谷はプログラミング言語がびっしりと書かれているPC画面を食い入るように見つめ、両手は恐ろしいほどのスピードで入力作業を行っていた。
イサミの破損データが送られてきてから12時間。
日比谷は一睡どころか、一回も休憩することなく、ぶっ続けで修復作業に取り組んでいた。
日比谷が座る椅子の背後には、飲み干されたドリンクの缶が散乱しており、様子を見ては秘書AIロボットの775がその片付けに当たっていた。
今の日比谷の周囲には、何者も寄せ付けないほどのピリついた空気が漂っていた。
「マスター……。」
そんな日比谷を、775は少し離れた所から心配そうに見つめる。
「日比谷が心配か?ナナコちゃん。」
「……ああ、羽倉様ですか。」
羽倉に声をかけられた775は、露骨に怪訝な表情を浮かべる。
それを見た羽倉は思わず苦笑してしまうのであった。
「そんな露骨に嫌な顔をしなくてもいいじゃない……おじさん傷ついちゃうよ。」
羽倉は泣くような素振りを見せたものの、775はそれを完全にスルーした。
「で、何か私に用ですか?」
「日比谷についてだが、あまり心配しなくとも大丈夫って伝えたかっただけさ。アイツならきっと上手くやるよ。」
「ですが……マスターはもうかれこれ12時間ずっと作業されているんですよ。流石に少し休憩を入れた方が良いのではないでしょうか?」
「普通の人間なら、な。ぶっ通しでやってりゃいずれ限界を迎えるだろうよ。だがな、アイツの集中力には底がない。かえって今話しかけるとアイツの邪魔をすることになっちまう。」
「ですが、身体の方も心配です。」
「そこは俺たちでサポートするしかないな。なぁに安心してくれ。日比谷がああいう状態になったのは、何も一度や二度の話じゃない。アイツの子守にゃもう慣れたさ。」
長年の信頼関係から成り立つ羽倉の確信めいた言葉に、775はますます表情を曇らせる。
「……羽倉様は、マスターのことを何でも知っておいでなのですね。」
775は棘のある皮肉を羽倉につきつけた。
「……そうでもないさ。アイツは今、様々な葛藤に苦しんでる。それこそ俺みたいな凡人には理解が及ばないくらいのな。
だが、それでもできる限りの理解はしてやりてぇとは思ってるんだ。」
「できる限りの理解……か。」
「天才ってのは常に孤独なモンだからな。周囲との会話のレベルが合わないもんだから常に浮いてるし、空気の読めない発言で場を凍りつかすなんて日常茶飯事さ。」
「……それでも羽倉様はマスターを理解しようとなさるのですか?」
「まあ、そうだな。」
「でも、天才と凡人であることには変わりません。その差が嫌になったりはしないのですか?」
「いや、それが不思議と嫌になったことは無いんだよなぁ。」
775の意地の悪い質問に対しても、羽倉はあっけらかんとした態度で答えるのであった。
「一体どうして……?」
「多分、そんなことはどうでもいいと思えるぐらいに、俺がアイツに惚れ込んでるんだろうな。」
「惚れ……?はっ⁉︎まさか羽倉様もマスターのことが⁉︎」
775は突如として現れた恋のライバルの出現に、驚きを隠せずにいた。
そしてそれを見た羽倉は、誤解されていることを瞬時に悟り、すぐさま弁明を試みるのであった。
「いや違う違う!そーいう意味じゃ無いって!アイツの才能にってことね!ナナコちゃんが思っているようなことは全く無いから!」
「!そうでしたか。すみませんでした、勘違いをしてしまって。」
775は恥ずかしそうにしながら、羽倉に深々と頭を下げる。
「いや、ごめんな。俺も説明不足だったよ……まあ、とにかくだ。日比谷を最初に見た時から、こいつは世界に名を轟かす発明家になるって思ってた。
だから早くコイツの才能を世間に知らしめてやりたいっていう気持ちしかなかったよ。」
「それが、羽倉様の原動力になっている訳ですね。」
「恥ずかしい言い方にはなっちまうが、そういうことだな。人を思う気持ちってのは天才も凡人も関係ないだろ?だからアイツがどんな状況になったとしても、俺はアイツの味方でい続けたいと思ってる。」
そう言いながら羽倉は照れくさそうに笑った。
「……素敵な考え方だと思います。」
775が発したのは、羽倉に対する素直な賞賛の言葉であった。
しかし、これに気を良くした羽倉は満面の笑みを浮かべる。
「あれ?珍しく褒めてくれたね?ひょっとして……俺のこと、惚れ直しちゃったかな?」
「~~~っ!少し褒めたら、すぐ調子に乗って!前言撤回です!これ以上ふざけたことを言ったら、また警察を呼びますよ!」
「うわーーーっ!ごめん!ごめんってナナコちゃん!セクハラセンサーだけは勘弁してくれぇーーっ!」
必死の懇願により事なきを得たものの、しばらくの間再び775と距離を置かれてしまう羽倉なのであった。
日比谷の研究室からは、絶えずキーボードの打鍵音が鳴り響く。
当の日比谷はプログラミング言語がびっしりと書かれているPC画面を食い入るように見つめ、両手は恐ろしいほどのスピードで入力作業を行っていた。
イサミの破損データが送られてきてから12時間。
日比谷は一睡どころか、一回も休憩することなく、ぶっ続けで修復作業に取り組んでいた。
日比谷が座る椅子の背後には、飲み干されたドリンクの缶が散乱しており、様子を見ては秘書AIロボットの775がその片付けに当たっていた。
今の日比谷の周囲には、何者も寄せ付けないほどのピリついた空気が漂っていた。
「マスター……。」
そんな日比谷を、775は少し離れた所から心配そうに見つめる。
「日比谷が心配か?ナナコちゃん。」
「……ああ、羽倉様ですか。」
羽倉に声をかけられた775は、露骨に怪訝な表情を浮かべる。
それを見た羽倉は思わず苦笑してしまうのであった。
「そんな露骨に嫌な顔をしなくてもいいじゃない……おじさん傷ついちゃうよ。」
羽倉は泣くような素振りを見せたものの、775はそれを完全にスルーした。
「で、何か私に用ですか?」
「日比谷についてだが、あまり心配しなくとも大丈夫って伝えたかっただけさ。アイツならきっと上手くやるよ。」
「ですが……マスターはもうかれこれ12時間ずっと作業されているんですよ。流石に少し休憩を入れた方が良いのではないでしょうか?」
「普通の人間なら、な。ぶっ通しでやってりゃいずれ限界を迎えるだろうよ。だがな、アイツの集中力には底がない。かえって今話しかけるとアイツの邪魔をすることになっちまう。」
「ですが、身体の方も心配です。」
「そこは俺たちでサポートするしかないな。なぁに安心してくれ。日比谷がああいう状態になったのは、何も一度や二度の話じゃない。アイツの子守にゃもう慣れたさ。」
長年の信頼関係から成り立つ羽倉の確信めいた言葉に、775はますます表情を曇らせる。
「……羽倉様は、マスターのことを何でも知っておいでなのですね。」
775は棘のある皮肉を羽倉につきつけた。
「……そうでもないさ。アイツは今、様々な葛藤に苦しんでる。それこそ俺みたいな凡人には理解が及ばないくらいのな。
だが、それでもできる限りの理解はしてやりてぇとは思ってるんだ。」
「できる限りの理解……か。」
「天才ってのは常に孤独なモンだからな。周囲との会話のレベルが合わないもんだから常に浮いてるし、空気の読めない発言で場を凍りつかすなんて日常茶飯事さ。」
「……それでも羽倉様はマスターを理解しようとなさるのですか?」
「まあ、そうだな。」
「でも、天才と凡人であることには変わりません。その差が嫌になったりはしないのですか?」
「いや、それが不思議と嫌になったことは無いんだよなぁ。」
775の意地の悪い質問に対しても、羽倉はあっけらかんとした態度で答えるのであった。
「一体どうして……?」
「多分、そんなことはどうでもいいと思えるぐらいに、俺がアイツに惚れ込んでるんだろうな。」
「惚れ……?はっ⁉︎まさか羽倉様もマスターのことが⁉︎」
775は突如として現れた恋のライバルの出現に、驚きを隠せずにいた。
そしてそれを見た羽倉は、誤解されていることを瞬時に悟り、すぐさま弁明を試みるのであった。
「いや違う違う!そーいう意味じゃ無いって!アイツの才能にってことね!ナナコちゃんが思っているようなことは全く無いから!」
「!そうでしたか。すみませんでした、勘違いをしてしまって。」
775は恥ずかしそうにしながら、羽倉に深々と頭を下げる。
「いや、ごめんな。俺も説明不足だったよ……まあ、とにかくだ。日比谷を最初に見た時から、こいつは世界に名を轟かす発明家になるって思ってた。
だから早くコイツの才能を世間に知らしめてやりたいっていう気持ちしかなかったよ。」
「それが、羽倉様の原動力になっている訳ですね。」
「恥ずかしい言い方にはなっちまうが、そういうことだな。人を思う気持ちってのは天才も凡人も関係ないだろ?だからアイツがどんな状況になったとしても、俺はアイツの味方でい続けたいと思ってる。」
そう言いながら羽倉は照れくさそうに笑った。
「……素敵な考え方だと思います。」
775が発したのは、羽倉に対する素直な賞賛の言葉であった。
しかし、これに気を良くした羽倉は満面の笑みを浮かべる。
「あれ?珍しく褒めてくれたね?ひょっとして……俺のこと、惚れ直しちゃったかな?」
「~~~っ!少し褒めたら、すぐ調子に乗って!前言撤回です!これ以上ふざけたことを言ったら、また警察を呼びますよ!」
「うわーーーっ!ごめん!ごめんってナナコちゃん!セクハラセンサーだけは勘弁してくれぇーーっ!」
必死の懇願により事なきを得たものの、しばらくの間再び775と距離を置かれてしまう羽倉なのであった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。
▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ......
どうしようΣ( ̄□ ̄;)
とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!!
R指定は念のためです。
マイペースに更新していきます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
『おっさんが二度も転移に巻き込まれた件』〜若返ったおっさんは異世界で無双する〜
たみぞう
ファンタジー
50歳のおっさんが事故でパラレルワールドに飛ばされて死ぬ……はずだったが十代の若い体を与えられ、彼が青春を生きた昭和の時代に戻ってくると……なんの因果か同級生と共にまたもや異世界転移に巻き込まれる。現代を生きたおっさんが、過去に生きる少女と誰がなんのために二人を呼んだのか?、そして戻ることはできるのか?
途中で出会う獣人さんやエルフさんを仲間にしながらテンプレ? 何それ美味しいの? そんなおっさん坊やが冒険の旅に出る……予定?
※※※小説家になろう様にも同じ内容で投稿しております。※※※
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる