上 下
38 / 49
エルト王国編

Report38. 違う道

しおりを挟む
日比谷研究所の実験室。

発明家、日比谷 恭二ひびや きょうじは、を見た瞬間、跳ねるように椅子から立ち上がった。

「そんな…まさか…。」

イサミのモニター越しに映る自身の顔。
まるで鏡を見ているかのような錯覚に陥ってしまうほどであった。

「嘘…だろ……?」

その隣で見ていた日比谷のマネージャー、羽倉 善はねくら ぜんもまた、自身の目に映る信じがたい光景に言葉を失っていた。


数秒間の沈黙の後、日比谷は絞り出すようにモニターに映るその人物の名前を呟く。

「誠一兄さん……どうして……!」

絶望の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちる日比谷。
その崩れる身体を羽倉は咄嗟に抱きかかえた。

「おい、大丈夫か!しっかりしろ!日比谷!」

「兄さんが…そんな……誠一兄さんがすべての元凶だったなんて……」

「落ち着け!まだそうだと決まった訳じゃねーだろ!他人の空似かもしれねえじゃねーか!」

羽倉の必死の説得にも、日比谷は力なく首を横に振る。

「いいや。私にはわかるんだ。長くを共にした兄弟だからな……間違えようはずがない。モニターに映るあれは……ディストリア帝国を滅ぼした元凶である王は……亡くなったはずの私の兄、『日比谷 誠一ひびや せいいち』で間違いない。」

感情を失った虚ろな表情でモニターを見つめる日比谷。
その一方で、モニターに映る自分とそっくりなその男は、背筋が凍るような凶器の笑みを浮かべているのであった。


------------------------------------------


今から23年前ーー

とある著名な科学者夫妻の間に双子の男の子が誕生した。

おくるみに付けられた名札が無ければどちらか分からないほど、非常に顔がよく似た一卵性双生児であった。


兄の名は、誠実な人物に育って欲しいという願いが込められ、誠一と名付けられ、
弟の名は、あらゆる物事に礼儀正しくあるようにという願いが込められ、恭二と名付けられた。


幼少期の二人は、周りにいる誰もが認めるほどの仲良し兄弟であった。

勉強しているときも、お風呂に入っている時も、寝ている時も、二人はどんな時でも一緒だった。

両親による厳しい英才教育に心がくじけそうになった時は互いに励ましあい、学業においてはテストの点で競い合う良きライバル関係にあった。

「恭二、今日のテストどうだった?」

「全部100点だったよ。誠一兄さんは?」

「当然オール100。正直さ、最近学校の授業が時間の無駄に思えてしょうがないよ。」

学校からの帰り道。

兄、誠一は退屈そうに溜息を吐いた。

二人の小学校時代の学業における成績はオール100で、全くの互角であった。

幼少の頃から両親による厳しい指導を受けていた二人は、当然他の生徒たちのレベルをはるかに超越してしまっており、同級生、そして教師からも煙たがられる存在となっていた。

「こんなものに費やす時間があったらさ、父さんみたいな科学者になるために、ロボット工学の勉強に充てたいよ。お前もそう思わないか、恭二?」

兄から同意を求められた弟は、少し迷った様子で自信なさげに返答する。

「そ…そうかな…?でも、僕最近ちょっと学校が楽しくなってきたんだよ。そりゃ僕たち基本的みんなに、き…嫌われているけどさ、異世界ラノベを読んでる男の子がクラスにいて、吉田くんって言うんだけど…その子と意気投合してこの前…」

「恭二!!」

兄の突然の怒鳴り声に、弟は肩をびくっと震わせる。

「お前、まだあんな低俗な小説を読んでいたのかよ!?」

「て…低俗なんかじゃないよ!異世界はおもしろいよ!」

必死になって否定する弟の言葉を、兄はくだらないと一蹴し、冷ややかな目で弟を睨んだ。

「あのなあ…恭二。そんなものが将来一体なんの役に立つ?所詮は娯楽作品、ファンタジーじゃないか。」

「誠一兄さんの言う通りかもしれない。でも、僕は異世界の存在を信じてるんだ。将来、立派な科学者になってそれを見つけるのが僕の夢なんだ。」

そう自信満々に言い切った弟の顔は、年相応に爛々と輝いていた。

「はあ…普段は気が弱いくせに、異世界のことだけは昔からホントにぶれないなお前……」

一方で、兄は呆れたような顔で輝く弟を見つめるのであった。


------------------------------------------


それから半年後。

日比谷兄弟に、小学校では異例となる学業免除の判断が下された。

二人が10歳の誕生日を迎えた日の出来事である。

その時既に、高校までの教育課程科目を全て修了していた二人を見て、これ以上他とレベルを合わせるのは苦にしかならないだろうという学校側からの提案であった。

しかしこれは表向きの理由、いわゆる建前であった。

本音は二人の存在が邪魔だったからである。
特に、誠一による教師への間違いの指摘。これが学校側で問題視されていた。

教え子から正論をもって間違いを指摘されることは、教師にとって耐えがたい屈辱であった。
結局その教師はそのことがきっかけで離職してしまい、学校側は欠員がでてしまうという事態となってしまったのである。

こんな厄介な生徒はもう面倒見切れないから、とっととどっか行ってくれ。
それが学校側の切に願う本音であった。

それを聞いた日比谷兄弟の父、日比谷 定春ひびや さだはるはこの学校側の申し出を承諾。

その事実を知らされた時の兄弟の反応は対照的であった。

兄の誠一は、家の中で小躍りし喜びをあらわにする一方、
弟の恭二は、自室のベッドにこもり一晩中泣き続けた。
初めてできた友達との不本意な別れは、わずか10歳の少年に大きな傷を残す結果となった。


そして、学業を免除された二人はついに専門分野となるロボット工学の世界へ足を踏み入れる。


兄は偉大な科学者である父を目指すために。

そして弟は幼少期からの夢を叶えるために。


二人はAIロボットの研究にのめりこんでいった。
こうして、同じロボット工学の道を進み始めたように見える二人であったが、その各々の目的から少しずつズレが生じ始める。

そして、全く互角であったはずの実力にも、少しずつ差が開き始めるのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!

杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!! ※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。 ※タイトル変更しました。3/31

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...