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転生編
Report02. AIロボットは異世界へ転生できるのか?
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しんと静まり返った日比谷研究所の実験室。
その部屋の中央に一体の男性型AIロボットが鎮座していた。
とはいっても、見た目は人間と全く変わらない。AIロボットであることを知らなければ、若い男性が目を閉じて座っているようにしか見えなかった。
「やっぱりいつ見ても人間にしか見えねぇんだよなあ。」
羽倉は感心しながら、今しがた出来たばかりのAIロボットをまじまじと見つめた。
それを見た日比谷は、少し得意げになりながら自身が作ったAIロボットの紹介を始める。
「紹介しよう羽倉。これが異世界転生用自律型AIロボットの試作第133号機、その名も『133』だ!」
「びっくりするぐらいそのまんまだな。」
日比谷のネーミングセンスの無さに羽倉は呆れていたが、日比谷は全く気にしていない様子で紹介を続ける。
「こいつはすごいんだぞ羽倉、私の最高傑作と言っても過言ではない。まずはその耐久性能!軽量かつ最強硬度を誇る合金を防具に使用したことで、あらゆる敵の攻撃や衝撃に耐えうることができる。
そして攻撃面では10種類の武器を標準装備し、様々な戦況において柔軟に対応することができるのさ!はっきり言って戦闘においては、ほぼ向かう所敵なしと言っても良いだろう。さらにー」
「ちょっと待った、日比谷。」
目を輝かせながら説明を続けようとする日比谷を羽倉が制止する。
「どうした、羽倉?」
「イサミの素材データの資料を俺に見せてみろ。」
「ギクゥッ!!」
日比谷はとっさに手に持った資料を背中にサッと隠した。
「あーどこやったっけかなー?すまんがすぐに見つかりそうにないなー。」
「すぐバレる嘘でごまかそうとしてんじゃねー!今てめーが後ろに隠した資料を寄越せっつってんだよ!」
「うわあああーー!羽倉やめろーー!」
今まで運動という運動を一度もしてこなかった虚弱な日比谷は、羽倉の前になす術なく力づくで資料を強奪されてしまった。
「えーと何々…?防具素材がガンパニウム合金に、武器がアルヘイム社の高性能重火器などなど…それで総合計費用が一、十、百、千…………………1,000億円……だと……?」
日比谷は、羽倉が素材データの額面を見て青ざめている隙に実験室からの脱出を試みようとした。しかしその作戦はすぐに失敗してしまう。
「どこへ行く、日比谷?」
「あ、いや…ちょっとお手洗いに…」
「この金額は一体どう説明するつもりだ?ああ⁉︎」
羽倉は鬼の形相で日比谷に問い詰める。
「…どうしても必要な素材だったので、私がこっそりと発注した。でもこれは実験を成功させる為の必要経費なんだ!わかってくれ羽倉!」
「開き直ってんじゃねぇぞ日比谷ぁ!この一機のAIロボットの為に1,000億円だぞ1,000億円!総研究資金の3分の1がこいつに消えたんだ!それを、はいわかりましたで納得できると思ってんのかコラァ‼︎」
「私だってこんなに費用をかけたくはなかったさ。できることならロボットに任せず、自分を被験体にして異世界へ行く研究をしたかった…でも、それをお前は許してくれないだろう?」
「……当たり前だ!お前はこの世界におけるロボット工学の権威なんだぞ。異世界なんかに勝手に飛ばれた日にゃあ、この世界の大損失だ。お前はもう少し自分の立場というのを理解しろ!
この世界にはまだまだAIロボットを必要している場所がたくさんある。お前がそれを投げ出しちまったら、何十年実現が遅れるかわからねぇ。
お前はまるで理解しちゃいねーみてーだが、異世界に行くよりもこの世界を発展させることの方がはるかに大事なんだ!お前に憎まれようがなんだろうが俺はお前を全力で阻止するぜ。」
羽倉は強い決意を持った眼差しで日比谷を睨んだ。
「私もそれは十分に理解しているつもりだよ羽倉。私はこの世界に留まり人々の役に立つAIロボットを作り続ける、それが私の仕事であり使命だ。
だからこそ私の悲願を、私が開発したAIロボットに託すことにしたんじゃないか!
研究資金を大量に使い込んでしまったことは本当に済まなかった。だが、この実験は私にとってこの世界を発展させることと同じぐらい大事なことなんだ!」
日比谷も負けじと強い眼差しで羽倉を睨んだ。
日比谷の強い決意に羽倉は根負けしたと言わんばかりに、大きなため息を吐いた。
「はあ…わかったよ。今回の件は俺の監視が甘かったっていう部分もある。だからまあ…今回は大目に見てやる。だが、次からは監視体制をさらに厳しくするから覚悟しておけよ!」
「ふっ…ありがとな羽倉。だが許してもらうだけではフェアじゃない。私も一つけじめをつけよう。今回の実験が失敗したら、この異世界転生プロジェクトを凍結させる。それでいいか?」
「俺はそれで構わないが…お前はそれでいいのか?研究資金が底をついてもやり続けるって言ったろ?」
「ああ。というか、恐らく今の私にはこれ以上のAIロボットを作ることはできない。最高傑作のこのロボットでダメだったら、当分はできる気がしないんだ。」
「…そうか。じゃあ悔いが残らんよう、せいぜい頑張るこったな。」
「ああ、そうさせてもらう。じゃあ、早速イサミを起動させるぞ。」
そう言って日比谷はイサミの起動スイッチを押した。
フイィーーーーーーン
起動音とともに、イサミの身体に取り付けられていた接続プラグが一本、また一本と外れていく。
全てのプラグが外れ、イサミの目がカッと見開いた。
スクッと立ち上がったイサミは自身の生みの親の前まで歩み寄り、深々と頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます、マスター。」
「ああ、おはようイサミ。」
「イサミ?それが俺の名前でございますか、マスター?」
「ああ、そうだ。気に入らないか?」
「いえ、名前をいただけるなんて光栄の極みでございます。マスターからいただいた名前、最重要記憶の中に保存させていただきました。」
イサミはその言葉とは裏腹に、無表情のまま再び深いお辞儀をした。
「ふっ、表情はまだまだ固いな。まあ、これから徐々に慣れていけばいい。
さて、イサミ。起きて早々に悪いが、ひとつミッションをこなしてもらおう。」
「承知致しました。何なりとお申し付けください。」
「イサミ、お前には異世界に行ってきてもらう。そこで得た経験や知識を帰還後、我々に共有するんだ。」
「承知致しました。このイサミ、必ずやミッションを成し遂げてみせます。」
「おい日比谷。こいつは本当に内容を理解しているのか?」
二つ返事で了承したイサミに不安を覚えた羽倉は、日比谷にそっと疑問を投げかけた。
「もちろんだ。異世界の知識についてはあらかじめイサミにインプットしてある。ま、私がラノベで読んだ知識ではあるがね。」
「……不安しかねぇ。」
「まあそういうな。それよりも実験を始めるぞ。イサミ、そこの扉から強化ガラスの向こう側に行ってくれないか?」
「はっ、承知致しました。」
日比谷研究所の実験室は一枚の強化ガラスによって隔てられており、実質二部屋のようになっていた。
そして、その強化ガラスの向こう側には先程AIロボットを木っ端微塵にした黒い巨大な鉄の塊が佇んでいるのであった。
「今からイサミとこの鉄の塊を思い切りぶつける。」
「うげぇ…やっぱ何度見ても慣れねーな…人型だし…人身事故現場を間近で見せられてるようで、気分が悪りーったらありゃしない。お前はこんなん繰り返しててよく平気だよなぁ。愛着ってもんは無いのかよ?」
「無いと言えば嘘になるが、悲願を成就させる為の犠牲だと思って割り切ってる。感傷に浸ってる時間が惜しいのだよ。」
「ったく、サイコパス野郎が。しっかし俺にはわからねぇ。AIロボットと鉄の塊をぶつけることが、何で異世界につながるんだよ?」
「羽倉、お前私が貸したライトノベルを全く読んでいないだろう?勉強不足だと言わざるを得ないな…しょうがないから私が一から説明してやろう。
異世界に行くには、二つの手段がある。それは転移と転生だ。
まず転移というのは、生きたまま異世界に飛ばされることをいう。よくあるパターンとしては、自身の足元に転移魔法陣が突然現れそのまま異世界に飛ばされる、というのが鉄板だな。これは比較的安全な手段であると言えるが、いかんせん転移魔法に精通している者がこの世界にはおらず、いつ現れるかもわからない魔法陣を待っててもキリがない為、この手段は非現実的だと言えるだろう。」
「お前、真面目な顔でバカなこと言ってるって気づいてる?」
「せっかく親切に説明してやっているというのにバカとはなんだバカとは。
人の話は最後まで聞け、ここからが本題だ。転移は難しいと考えた私はもう一つの手段、転生に賭けることにした。
転生というのはこの世で死んだ魂、あるいは肉体そのものが異世界に飛ばされるパターンだ。これは漏れなく現世での死が伴う、非常にリスキーな手段だ。当然生身の人間で実験をする訳にはいかない。そこで私はAIロボットを使うことにしたんだ。」
「つまりこのでっかい鉄の塊と衝突させて、AIロボットを死なせるっていうことなのか?」
「そういうことだ。多くのライトノベルを読んで統計を取った結果、転生に至るまでの死因として最も多かったのが、大型トラックとの衝突による人身事故だ。
そして、この黒い鉄の塊は大型トラックと同じ質量を持っている。つまり、この実験装置は大型トラックの人身事故を再現する装置なのだ。」
「まあ、理屈はわかったけどよ…だがそもそもAIロボットに死の概念なんかあるのか?」
「そう!そこが今回の実験のポイントだ。今まで私は多くのAIロボットを闇雲にぶつけてきただけだったが、今回は新たに一つの条件を加える。」
「一つの条件…?」
「ああ、衝突の瞬間にイサミの全機能を完全停止させる。つまり擬似的に死んだ状態にさせるのだ。」
「……そんなんで、異世界に行けるのか?」
「わからない。だが、もうこの方法しかない。
イサミ、地面に書かれたマーカーの位置まで移動しろ。実験を始めるぞ。」
イサミは日比谷の指示どおり、地面にバツ印が書かれた位置まで移動した。そして、そのイサミの真正面には大型トラックに見立てられた黒い鉄の塊がそびえ立っている。
「ふぅ…とは言っても毎回この起動スイッチを押すのはやはり辛いな。イサミ、すまないがこれから目の前にある鉄の塊とお前を衝突させる。だが、何があってもそのマーカーの位置から動かないでくれ。」
「承知致しました。」
「これから自分の身に何が起きるのかを知りながら、一切躊躇しないのか…俺ぁなんか見ててかわいそうになってきたよ。」
「やめろ羽倉。私の判断を鈍らせるようなことを言うな。」
「構いません。俺のことは気にせず、実験を始めてください。」
イサミは恐怖や不安の表情を一切見せず、ただただ鉄の塊だけを見据えたまま、日比谷たちに実験を始めるよう促した。
「くっ…なんて健気なやつなんだ…!頑張れイサミ!俺ぁお前が無事に異世界転生できるように応援してるからな!」
羽倉は涙目になりながら、イサミに声援を送った。
「ありがとうございます、羽倉殿。ではマスター、よろしくお願いします。」
「……わかった。では今から第133回異世界転生実験を始める。衝突装置を起動させるぞ!」
日比谷は声の合図とともに、衝突装置の起動ボタンを押した。
『発動10秒前、9、8、7、6、』
機械音声が発動までの10カウントを数え始める。
羽倉は祈りながら、日比谷は様子をじっと見つめながらカウントを聞いていた。
『5、4、3、2、1、発動。』
機械音声の発動の合図とともに、黒い鉄の塊がイサミに襲いかかる。
「……来い。」
それに対してイサミは何をするでもなく、鉄の塊を受け入れるように小さく呟く。
その衝突の瞬間ーー
実験室全体が閃光に包まれた。
ガッシャーーーーーーン‼︎
謎の光によって視覚を奪われていた日比谷であったが、音で衝突を確認するや否や、咄嗟に手に持っていたイサミの全機能を停止させるスイッチを押した。
突如として発生した光は一瞬で消え、
視力が回復すると、黒い鉄の塊の前でイサミが横たわっているのが見えた。
「日比谷!今の光は一体なんなんだ⁉︎」
羽倉は、今起きた出来事の説明を日比谷に求める。
「……わからない。こんなことは今までなかった。この現象は私にも説明ができない。」
「…そうなのか。それでイサミは…無事なのか?」
「外傷は問題ないようだ。だが衝突の瞬間、私の方でイサミの機能停止ボタンを押した。だから今、イサミは実質死んでいる状態になっている。
ただ、衝突の瞬間に発生した光以外は何ら変化が見られない…くっ、またしても失敗なのか…!」
「!いや待て日比谷!イサミの身体が…!」
悔しさで顔を滲ませている日比谷をよそに、羽倉はイサミを見て何かに気づく。
「光に包まれていく…!」
強化ガラスの向こうで横たわっていたイサミの身体が急に発光を始め、その光は徐々に強くなっていった。
それを見た日比谷は全力でイサミの元に走り寄り、その発光現象を間近で見物する。
「これは…!イサミの身体が、少しずつ光の粒子となって消えていく…。一体何が起きているんだ…!」
やがて、イサミの身体は全て光となって消え、実験室には日比谷と羽倉だけが取り残されるのであった。
その部屋の中央に一体の男性型AIロボットが鎮座していた。
とはいっても、見た目は人間と全く変わらない。AIロボットであることを知らなければ、若い男性が目を閉じて座っているようにしか見えなかった。
「やっぱりいつ見ても人間にしか見えねぇんだよなあ。」
羽倉は感心しながら、今しがた出来たばかりのAIロボットをまじまじと見つめた。
それを見た日比谷は、少し得意げになりながら自身が作ったAIロボットの紹介を始める。
「紹介しよう羽倉。これが異世界転生用自律型AIロボットの試作第133号機、その名も『133』だ!」
「びっくりするぐらいそのまんまだな。」
日比谷のネーミングセンスの無さに羽倉は呆れていたが、日比谷は全く気にしていない様子で紹介を続ける。
「こいつはすごいんだぞ羽倉、私の最高傑作と言っても過言ではない。まずはその耐久性能!軽量かつ最強硬度を誇る合金を防具に使用したことで、あらゆる敵の攻撃や衝撃に耐えうることができる。
そして攻撃面では10種類の武器を標準装備し、様々な戦況において柔軟に対応することができるのさ!はっきり言って戦闘においては、ほぼ向かう所敵なしと言っても良いだろう。さらにー」
「ちょっと待った、日比谷。」
目を輝かせながら説明を続けようとする日比谷を羽倉が制止する。
「どうした、羽倉?」
「イサミの素材データの資料を俺に見せてみろ。」
「ギクゥッ!!」
日比谷はとっさに手に持った資料を背中にサッと隠した。
「あーどこやったっけかなー?すまんがすぐに見つかりそうにないなー。」
「すぐバレる嘘でごまかそうとしてんじゃねー!今てめーが後ろに隠した資料を寄越せっつってんだよ!」
「うわあああーー!羽倉やめろーー!」
今まで運動という運動を一度もしてこなかった虚弱な日比谷は、羽倉の前になす術なく力づくで資料を強奪されてしまった。
「えーと何々…?防具素材がガンパニウム合金に、武器がアルヘイム社の高性能重火器などなど…それで総合計費用が一、十、百、千…………………1,000億円……だと……?」
日比谷は、羽倉が素材データの額面を見て青ざめている隙に実験室からの脱出を試みようとした。しかしその作戦はすぐに失敗してしまう。
「どこへ行く、日比谷?」
「あ、いや…ちょっとお手洗いに…」
「この金額は一体どう説明するつもりだ?ああ⁉︎」
羽倉は鬼の形相で日比谷に問い詰める。
「…どうしても必要な素材だったので、私がこっそりと発注した。でもこれは実験を成功させる為の必要経費なんだ!わかってくれ羽倉!」
「開き直ってんじゃねぇぞ日比谷ぁ!この一機のAIロボットの為に1,000億円だぞ1,000億円!総研究資金の3分の1がこいつに消えたんだ!それを、はいわかりましたで納得できると思ってんのかコラァ‼︎」
「私だってこんなに費用をかけたくはなかったさ。できることならロボットに任せず、自分を被験体にして異世界へ行く研究をしたかった…でも、それをお前は許してくれないだろう?」
「……当たり前だ!お前はこの世界におけるロボット工学の権威なんだぞ。異世界なんかに勝手に飛ばれた日にゃあ、この世界の大損失だ。お前はもう少し自分の立場というのを理解しろ!
この世界にはまだまだAIロボットを必要している場所がたくさんある。お前がそれを投げ出しちまったら、何十年実現が遅れるかわからねぇ。
お前はまるで理解しちゃいねーみてーだが、異世界に行くよりもこの世界を発展させることの方がはるかに大事なんだ!お前に憎まれようがなんだろうが俺はお前を全力で阻止するぜ。」
羽倉は強い決意を持った眼差しで日比谷を睨んだ。
「私もそれは十分に理解しているつもりだよ羽倉。私はこの世界に留まり人々の役に立つAIロボットを作り続ける、それが私の仕事であり使命だ。
だからこそ私の悲願を、私が開発したAIロボットに託すことにしたんじゃないか!
研究資金を大量に使い込んでしまったことは本当に済まなかった。だが、この実験は私にとってこの世界を発展させることと同じぐらい大事なことなんだ!」
日比谷も負けじと強い眼差しで羽倉を睨んだ。
日比谷の強い決意に羽倉は根負けしたと言わんばかりに、大きなため息を吐いた。
「はあ…わかったよ。今回の件は俺の監視が甘かったっていう部分もある。だからまあ…今回は大目に見てやる。だが、次からは監視体制をさらに厳しくするから覚悟しておけよ!」
「ふっ…ありがとな羽倉。だが許してもらうだけではフェアじゃない。私も一つけじめをつけよう。今回の実験が失敗したら、この異世界転生プロジェクトを凍結させる。それでいいか?」
「俺はそれで構わないが…お前はそれでいいのか?研究資金が底をついてもやり続けるって言ったろ?」
「ああ。というか、恐らく今の私にはこれ以上のAIロボットを作ることはできない。最高傑作のこのロボットでダメだったら、当分はできる気がしないんだ。」
「…そうか。じゃあ悔いが残らんよう、せいぜい頑張るこったな。」
「ああ、そうさせてもらう。じゃあ、早速イサミを起動させるぞ。」
そう言って日比谷はイサミの起動スイッチを押した。
フイィーーーーーーン
起動音とともに、イサミの身体に取り付けられていた接続プラグが一本、また一本と外れていく。
全てのプラグが外れ、イサミの目がカッと見開いた。
スクッと立ち上がったイサミは自身の生みの親の前まで歩み寄り、深々と頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます、マスター。」
「ああ、おはようイサミ。」
「イサミ?それが俺の名前でございますか、マスター?」
「ああ、そうだ。気に入らないか?」
「いえ、名前をいただけるなんて光栄の極みでございます。マスターからいただいた名前、最重要記憶の中に保存させていただきました。」
イサミはその言葉とは裏腹に、無表情のまま再び深いお辞儀をした。
「ふっ、表情はまだまだ固いな。まあ、これから徐々に慣れていけばいい。
さて、イサミ。起きて早々に悪いが、ひとつミッションをこなしてもらおう。」
「承知致しました。何なりとお申し付けください。」
「イサミ、お前には異世界に行ってきてもらう。そこで得た経験や知識を帰還後、我々に共有するんだ。」
「承知致しました。このイサミ、必ずやミッションを成し遂げてみせます。」
「おい日比谷。こいつは本当に内容を理解しているのか?」
二つ返事で了承したイサミに不安を覚えた羽倉は、日比谷にそっと疑問を投げかけた。
「もちろんだ。異世界の知識についてはあらかじめイサミにインプットしてある。ま、私がラノベで読んだ知識ではあるがね。」
「……不安しかねぇ。」
「まあそういうな。それよりも実験を始めるぞ。イサミ、そこの扉から強化ガラスの向こう側に行ってくれないか?」
「はっ、承知致しました。」
日比谷研究所の実験室は一枚の強化ガラスによって隔てられており、実質二部屋のようになっていた。
そして、その強化ガラスの向こう側には先程AIロボットを木っ端微塵にした黒い巨大な鉄の塊が佇んでいるのであった。
「今からイサミとこの鉄の塊を思い切りぶつける。」
「うげぇ…やっぱ何度見ても慣れねーな…人型だし…人身事故現場を間近で見せられてるようで、気分が悪りーったらありゃしない。お前はこんなん繰り返しててよく平気だよなぁ。愛着ってもんは無いのかよ?」
「無いと言えば嘘になるが、悲願を成就させる為の犠牲だと思って割り切ってる。感傷に浸ってる時間が惜しいのだよ。」
「ったく、サイコパス野郎が。しっかし俺にはわからねぇ。AIロボットと鉄の塊をぶつけることが、何で異世界につながるんだよ?」
「羽倉、お前私が貸したライトノベルを全く読んでいないだろう?勉強不足だと言わざるを得ないな…しょうがないから私が一から説明してやろう。
異世界に行くには、二つの手段がある。それは転移と転生だ。
まず転移というのは、生きたまま異世界に飛ばされることをいう。よくあるパターンとしては、自身の足元に転移魔法陣が突然現れそのまま異世界に飛ばされる、というのが鉄板だな。これは比較的安全な手段であると言えるが、いかんせん転移魔法に精通している者がこの世界にはおらず、いつ現れるかもわからない魔法陣を待っててもキリがない為、この手段は非現実的だと言えるだろう。」
「お前、真面目な顔でバカなこと言ってるって気づいてる?」
「せっかく親切に説明してやっているというのにバカとはなんだバカとは。
人の話は最後まで聞け、ここからが本題だ。転移は難しいと考えた私はもう一つの手段、転生に賭けることにした。
転生というのはこの世で死んだ魂、あるいは肉体そのものが異世界に飛ばされるパターンだ。これは漏れなく現世での死が伴う、非常にリスキーな手段だ。当然生身の人間で実験をする訳にはいかない。そこで私はAIロボットを使うことにしたんだ。」
「つまりこのでっかい鉄の塊と衝突させて、AIロボットを死なせるっていうことなのか?」
「そういうことだ。多くのライトノベルを読んで統計を取った結果、転生に至るまでの死因として最も多かったのが、大型トラックとの衝突による人身事故だ。
そして、この黒い鉄の塊は大型トラックと同じ質量を持っている。つまり、この実験装置は大型トラックの人身事故を再現する装置なのだ。」
「まあ、理屈はわかったけどよ…だがそもそもAIロボットに死の概念なんかあるのか?」
「そう!そこが今回の実験のポイントだ。今まで私は多くのAIロボットを闇雲にぶつけてきただけだったが、今回は新たに一つの条件を加える。」
「一つの条件…?」
「ああ、衝突の瞬間にイサミの全機能を完全停止させる。つまり擬似的に死んだ状態にさせるのだ。」
「……そんなんで、異世界に行けるのか?」
「わからない。だが、もうこの方法しかない。
イサミ、地面に書かれたマーカーの位置まで移動しろ。実験を始めるぞ。」
イサミは日比谷の指示どおり、地面にバツ印が書かれた位置まで移動した。そして、そのイサミの真正面には大型トラックに見立てられた黒い鉄の塊がそびえ立っている。
「ふぅ…とは言っても毎回この起動スイッチを押すのはやはり辛いな。イサミ、すまないがこれから目の前にある鉄の塊とお前を衝突させる。だが、何があってもそのマーカーの位置から動かないでくれ。」
「承知致しました。」
「これから自分の身に何が起きるのかを知りながら、一切躊躇しないのか…俺ぁなんか見ててかわいそうになってきたよ。」
「やめろ羽倉。私の判断を鈍らせるようなことを言うな。」
「構いません。俺のことは気にせず、実験を始めてください。」
イサミは恐怖や不安の表情を一切見せず、ただただ鉄の塊だけを見据えたまま、日比谷たちに実験を始めるよう促した。
「くっ…なんて健気なやつなんだ…!頑張れイサミ!俺ぁお前が無事に異世界転生できるように応援してるからな!」
羽倉は涙目になりながら、イサミに声援を送った。
「ありがとうございます、羽倉殿。ではマスター、よろしくお願いします。」
「……わかった。では今から第133回異世界転生実験を始める。衝突装置を起動させるぞ!」
日比谷は声の合図とともに、衝突装置の起動ボタンを押した。
『発動10秒前、9、8、7、6、』
機械音声が発動までの10カウントを数え始める。
羽倉は祈りながら、日比谷は様子をじっと見つめながらカウントを聞いていた。
『5、4、3、2、1、発動。』
機械音声の発動の合図とともに、黒い鉄の塊がイサミに襲いかかる。
「……来い。」
それに対してイサミは何をするでもなく、鉄の塊を受け入れるように小さく呟く。
その衝突の瞬間ーー
実験室全体が閃光に包まれた。
ガッシャーーーーーーン‼︎
謎の光によって視覚を奪われていた日比谷であったが、音で衝突を確認するや否や、咄嗟に手に持っていたイサミの全機能を停止させるスイッチを押した。
突如として発生した光は一瞬で消え、
視力が回復すると、黒い鉄の塊の前でイサミが横たわっているのが見えた。
「日比谷!今の光は一体なんなんだ⁉︎」
羽倉は、今起きた出来事の説明を日比谷に求める。
「……わからない。こんなことは今までなかった。この現象は私にも説明ができない。」
「…そうなのか。それでイサミは…無事なのか?」
「外傷は問題ないようだ。だが衝突の瞬間、私の方でイサミの機能停止ボタンを押した。だから今、イサミは実質死んでいる状態になっている。
ただ、衝突の瞬間に発生した光以外は何ら変化が見られない…くっ、またしても失敗なのか…!」
「!いや待て日比谷!イサミの身体が…!」
悔しさで顔を滲ませている日比谷をよそに、羽倉はイサミを見て何かに気づく。
「光に包まれていく…!」
強化ガラスの向こうで横たわっていたイサミの身体が急に発光を始め、その光は徐々に強くなっていった。
それを見た日比谷は全力でイサミの元に走り寄り、その発光現象を間近で見物する。
「これは…!イサミの身体が、少しずつ光の粒子となって消えていく…。一体何が起きているんだ…!」
やがて、イサミの身体は全て光となって消え、実験室には日比谷と羽倉だけが取り残されるのであった。
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